第6話 許さない
(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ)
眩暈がする程血の気が引き、昇太は半ばパニックになっていた。
相手はクラスメイトの
アゲハの友人のようで、大体いつもそばにいる。
物静かな印象で、喋っている所はあまり見た事がない。
スラリとした長身にアンバランスな巨乳が印象的な子だ。
知っている事と言ったらその程度である。
(とととと、とにかく、誤魔化さないと!?)
既に詰んでる気もするのだが、昇太は大慌てで服を着た。
「ねぇ昇太君。こんな所でなにをしてるの?」
ゆっくりと静の声が近づいてくる。
「こ、来ないで!?」
昇太は叫んだ。
まだパンツとズボンを履いただけだ。
上は裸で、靴下だって履いていない。
「どうして?」
「ど、どうしても!?」
靴下は諦めてポケットに突っ込む。
手が震えてベルトを上手くつけられない。
ベルトを引き抜き、跳び箱の隙間に隠す。
肌着に頭を通すが後ろ前だ。
パタパタと足音が近づいてくる。
構わず昇太は肌着を着て、くしゃくしゃになったシャツに袖を通す。
学ランの上を羽織り、必死になってボタンを留める。
跳び箱の向こうから、ヌッと静が顔を覗かせる。
昇太を見下ろす表情は、それだけで凍傷になりそうな程に冷え切っている。
「……ど、どうも……」
ギリギリで着替え終わり、引き攣った笑顔で昇太は言った。
「質問に答えて。昇太君は、こんな所で、なにをしているの?」
「え~と……」
昇太のくりくりとした目が涙に濡れて、ピンボールみたいに跳ね回る。
上手い言い訳なんかどこを探したって見つからない。
「く、黒森さんこそ……どうしてこんな所に?」
苦肉の策で聞き返した。
口から飛び出した声は自分でも呆れるくらいに震えている。
「アゲハちゃんとセックスしたでしょ」
「……………………」
昇太の口が酸欠の金魚みたいにパクパク開く。
喉の奥から声にならない悲鳴があがる。
「ま、まっさかぁ! ……そんなわけ、ない、でしょ……」
泣き出しそうな愛想笑いでそう言った。
苦しすぎる言い訳が白々しく響く。
静はつまらない物でも見るように、じぃっと昇太を見つめている。
息苦しく、破滅的で、気が狂いそうな沈黙の後。
「嘘」
静はポツリと呟いた。
囁くような声だったが、刀のように鋭く、岩のように重い一言だった。
「……嘘じゃないよ」
昇太は悪足掻きを続けた。
どんな手を使ってでもこの場を誤魔化さないと破滅だ。
「だって、そんなの、おかしいでしょ!? こんな所でエッチするなんて正気じゃないよ!?」
「だから?」
「だから……その……く、黒森さんだって知ってるでしょ? 僕は相沢さんに嫌われてるんだよ? エッチなんかするわけないよ! 大体相沢さん、彼氏持ちだし……」
「知らないと思うから教えてあげるけど、一応私、アゲハちゃんの親友なの」
静が呟く。
憎い相手の腹にゆっくりとナイフを突き刺すように。
「……そ、そうなんだ……」
「そうよ? 幼稚園の頃からずっと一緒なの。だから知ってるのよ。アゲハちゃんが本当は口だけの処女ビッチだって」
「………………」
言葉が出ない。
まるで、喉笛を鷲掴みにされているような気分である。
「それはいいの。アゲハちゃんが見栄っ張りなのは知ってるし。それくらい、可愛い嘘でしょう? むしろ微笑ましいくらい。本当、アゲハちゃんって可愛いわよね」
「そ、そうだね……」
「そうだねじゃないが?」
「ピギャァッ!?」
股間を踏まれて昇太が悲鳴を上げる。
潰れる程の力を込められているわけではないが、いつそうなってもおかしくない状況だ。
「く、黒森さん!? 止めて、許して!? これはその、ご、誤解なんだ!?」
「昇太君がアゲハちゃんに挨拶した時からなにかおかしいと思ってたの。だってアゲハちゃん、あんな意地悪言うような子じゃないんだもの。彼氏がいるって言うのも嘘なのに、昇太君に冷たくする理由なんかないわよね?」
「そ、そんなの分かんないでしょ!? アゲハさんは可愛くて優しいし――」
「黙りなさい」
「ピィッ!?」
静のつま先が力を増して、昇太は悲鳴を上げた。
逃げたいけど動けない。
動いたら潰れる。
「親友だって言ってるでしょう? アゲハちゃんの事ならなんでも知ってるの。好きな食べ物も、下着の好みも、生理の周期も、なにもかも。だから分かるの。アゲハちゃんは最近誰かとセックスした。だから調子に乗って今まで誤魔化してたエッチの話をみんなにしたの。いつものフワフワとした作り話とは全然違う。百パーセントリアルな実体験って感じだったわ。私だってまさか昇太君が相手だとは思わなかったけど。こんな精通もまだみたいな見た目の子がアゲハちゃんとエッチするなんて思わないでしょう?」
「……そ、そうだよ! ぼ、僕、まだ精通してないんだだだだぁ!? ごめんなさい嘘です小5の時にエッチな夢見て夢精しましたぁ!?」
「……そこまでは聞いてないんだけど」
汚物を見るような目で静が呟く。
昇太は死にたい気分になった。。
今すぐ頭上に隕石が落ちて殺して欲しい。
「……ごめんなさい」
「謝らないで。許さないから」
静は淡々と告げ。
「とにかく、私はアゲハちゃんの後をつけたの。挨拶の事もあるし、もしかしたらって事もあるでしょ? そしたらアゲハちゃんが体育倉庫に入っていくのを見た。物凄くワクワクした顔だったわ。そして暫くして、物凄く幸せそうな顔で出てきた。まるで一週間ぶりにお通じがあったみたいにスッキリした顔だったわ。だから私は扉を叩いた。なにかの間違いでありますようにって祈りなら。で、この通りよ。気付いてる? この部屋、すっごくエッチな匂いがする。アゲハちゃんのエッチな匂いと、それ以外のエッチな匂い。それにさっき昇太君、アゲハちゃんの事名前で呼んだわよね? あと幾つ証拠を並べたら認めてくれるの? 名探偵じゃなくったって答えは分かり切ってると思うのだけど」
パクパクと、昇太の口が空を噛んだ。
必死に言い訳を探したが、そんな物は世界中どこを探したって見つかりっこなかった。
そもそも最初から無理な状況なのだ。
「ひぐっ、う、うぇ、えっぐ……」
情けなく泣きながら、昇太は認めた。
「ごめんなざい……僕、アゲハさんとエッヂぢまじだぁああああああぁ……」
「知ってるわよ。可愛い顔してとんだ獣ね。虫唾が走るわ」
「ごめんなさい! 許してください! なんでもしますから!?」
「許さない。でも、なんでもしてくれるって言うのなら一つ命令するわ。そのつもりでここに来たんだから」
ニコリともせず淡々と、仕事に慣れた処刑人の顔つきで静は言った。
「昇太君。今ここで私とセックスしなさい」
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