第30話:ラディナの森
「……マジでここなのかぁ」
「……嫌な思いでしかないんだよなぁ」
「……僕も」
「はいはーい! どうしたの、三人とも! 辛気臭い顔しちゃってさ!」
どんよりとした雰囲気を漂わせる三人を見てカイナが元気よく声を掛けると、太一が理由を説明した。
「実は俺たち、迷い人としてこの森に迷い込んだんです」
「えっ、そうなの?」
「その時にいきなり魔獣に襲われちゃいまして……ディーさんはデビルベアって言ってました」
「えぇっ!? ……タイチたち、デビルベアに襲われてよく生きていたわね」
カイナから生きていたことを驚かれてしまい、デビルベアがそれだけ怖い魔獣だったのかと改めて実感する。
「追いかけてきてくれたディーさんが倒してくれたみたいなので、もしかしたらそのおかげで追いかけられなかったのかもしれません」
「あー、なるほどねー。本当に運がよかったわねー」
「……なあ、太一。俺たちやっぱ、都市の中の依頼だけにしないか?」
「……僕もその方がいい気がしてきた」
なんだか軽い雰囲気のカイナを見た勇人がそう口にすると、公太も同意を示してくる。
「ちょっと! どうしてそうなるのよー!」
「それはまあ……魔獣が怖いから?」
「嘘だね、ユウト! なんだか私の顔を見ながら疑問形で答えてるもん!」
「あはは……でも、怖いのは本当ですよ? だって、魔獣なんだもん」
勇人と公太の意見が変わらないのを見たカイナは太一へ視線を向ける。
「うーん……まあ、せっかくここまで来たんだし、やれることはやった方がいいんじゃないか?」
「た、タイチ~!」
「でも、危ないと思ったら本当に俺たちは一目散に逃げだしますからね? カイナさん、マジで守ってくださいね?」
「もちろん! 三人を置いて私だけ逃げるなんてことは絶対にしないわ!」
胸をドンと叩きながらそう宣言したカイナを見て、太一は勇人と公太へ視線を向けた。
「今はカイナさんを信じて薬草採集、やってみようぜ」
「……まあ、太一が言うなら、それでもいいけどよぅ」
「僕もいいよ。……本当は怖いけど」
「俺だって怖いよ。でも、何もやらないよりはいいだろ?」
「私も魔獣がいなさそうな場所を選んで薬草採集のやり方を教えるからさ!」
「「……はーい」」
最初こそ雰囲気から薄暗いように感じていたラディナの森だが、こうして冷静な立場から見てみると、木々の隙間から日の光が差し込み、なんとも緑豊かで穏やかな雰囲気を感じ取ることができる。
太一は周囲に目を向けながら、自然と深呼吸をして新鮮な空気を取り込んでいた。
「ここ、いい場所ですね」
「そうなのよ! 他の場所も似たようなところなんだけど、私はラディナの森が好き。なんていうか、私自身の心が落ち着くんだよね」
「それは獣人だからとか、理由はあるんですか?」
「それはないと思うな。知り合いの獣人はラディナの森に来ても特に何も感じない人の方が多いしね」
単純にカイナがラディナの森を気に入っている、ということなのだと太一は納得した。
「そろそろ水場に出るんだけど、そこにポーションの元となる素材が生えているわ。でもまずは、魔獣が近くにいないか確認してみるから、ちょっとだけこっちに隠れていてちょうだい」
「わ、分かりました」
カイナが示した場所は大木の根元にある大きな窪みだった。
三人がすっぽり入ってもまだ余裕がある窪みに身を隠すと、それを確認したカイナは笑みを向けたあと、周囲の索敵へ向かう。
カイナが一緒にいた時は緑豊かな森を堪能していた太一も、彼女が離れただけで心細くなり、不安が胸を締め付けてくることに驚きを隠せなかった。
「……なんだか、怖いな」
「……だな」
「……カイナさん、大丈夫かな?」
自分たちも不安だが、一人で森の索敵へ向かったカイナのことも心配になってしまう。
それからしばらくは三人とも黙り込み、カイナが戻るのをひたすらに待った。
「――お待たせー!」
「「「うおっ!?」」」
「えぇっ!? ちょっと、どうしたのよ!」
どれだけ無言の時間が続いていたのか、突然カイナが窪みに顔を覗かせ声を掛けると、三人は同時に驚きの声をあげた。
「……よ、よかった~!」
「カイナさん、遅いよ!」
「心配したんですよ~!」
「えぇ~? 私の心配はいらないって。これでもDランク冒険者だし、ラディナの森には一人で何度も足を運んでいるんだよ?」
カイナは苦笑しながらそう口にしたが、それでも太一たちからすれば心配しないわけにはいかない。
何せ自分たちのことを考えて都市の外の依頼に誘ってくれているのだ。
そのせいでカイナにもしものことがあれば、この世界で生きていくうえで心の中に大きなしこりを作ることになるはずだから。
「とりあえず、近くに魔獣の気配はなかったわ。それじゃあ早速水場に移動して、薬草採集を始めましょうか!」
「「「よ、よろしくお願いします!」」」
三人が緊張していたのを察したカイナは誰よりも明るい声でそう口にすると、太一たちも気持ちを切り替えることができ、真剣な面持ちで返事をした。
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