気分屋の王子に婚約破棄された私は、王宮をクビにされた使用人と愛を育むことにしました。
星の国のマジシャン
第1話
「セルナ! 私はお前と今この時を持って婚約を破棄する!」
気分屋の王太子テレスが、またいつものように駄々をこね始めた、と最初は思った。何故ならテレスは普段から、カッとなるとすぐに極端なことを言い出したり、捨てゼリフを吐いてしまうような人間だからだ。一国の主となる人間がそんな調子ではまずいような気もするが、テレス王太子はこういう人なのだと、私を含め周囲の人間も理解していた。だからこの時も、はいはい出たよ、というように受け流すつもりだった。しかしそんな私が事の重大さに気づいたのは、テレスの顔つきを見た時であった。眉間に皺がより、緊張感を漂わせた艶やかな顔は真っ赤に紅潮している。彼は、本気だ。
「な、何をおっしゃいますか! オホホ…」
動揺しているのを悟られまいと、というよりテレスを少しでも落ち着かせようと無理して笑顔を作る私を、テレスは射るような目で睨みつける。私の言葉なんて耳に入らないようだ。
「テ、テレス様?」
「何度も言わせるな! 婚約破棄だ!」
その時、私のそばにいた侍女がイザモアが、クスッと笑った。嫌な予感がした。
「セルナ、お前が悪い。分かるな? お前は王宮からお前につけたイザモアをいじめたのだ! イザモアが泣きながら告白してきたぞ! 元平民のくせに、身分を得た途端にこれか! これだから平民は嫌なんだ! よくもやってくれたな!」
嘘だ。テレスは、彼は何を言っているのだろうか。冷静さを欠いていることは間違いないが、話の内容からして事実誤認だ。私はイザモアをいじめたことなんてない。神に誓ってそんなことはしていない。断言できる。それどころかむしろ、王宮から私たちバレンシア家につけてくれた使用人のタッカーと私の侍女イザモアは、私を含め私の両親も自分の家族のように愛していたはずだ。テレスの言うことが何から何まで理解できなかった。
それに、この状況でイザモアが笑っている理由もわからない。イザモアのか細く、不気味な笑い声は、この緊迫した状況にはまるで見合わない。やはり、何か知っているのか、もしくは黒幕は…。
5年前。つまり私が14歳の時、私はテレスと婚約した。王宮の周りを通りかかった平民の私をテレスは呼び止め、そのまま婚約を持ちかけてきた。世間知らずの私は断ることもできず(というより断る選択肢なんかないのだが)その場で承諾してしまった。こんなに大事なことなのに、両親には事後報告だった。それでも貧乏だった私の家族は、私が王対妃になれることを喜んだ。実際、テレスと婚約するまでの私の家の財政は、かなり追い詰められていた。もともと貧乏なため日々の生活を工面することですら大変だった上に、精神的なストレスと貧弱な衛生環境が原因で母が病を患っていた。それなのに病院にも通えず、余命幾ばくもない、といった状況。それでも病院に通うには、「お金」と「苗字」が必要だった。そう、私の家には苗字がなかった。そんな私たちを救ってくれたのが、テレス及びバルデン王朝15第国王、バルデン15世様だった。
国王は慈悲に溢れた方で、平民の私を可愛がり、愛してくれた。それに平民だった私の家を格上げしてくれて、今では私の父はバレンシア伯爵と呼ばれている。そんなバレンシア家に王宮より派遣されたのが、タッカーとイザモアだった。私は特に同性のイザモアとは素敵な関係を築いてきた、そのつもりだった。
テレスによる非情な宣告と、イザモアの不敵な笑みを目の前に、私は何を思えばいい。自分の今までの行いを恥じるべきか、自分の運命を呪うべきか。
テレスは私を情熱的に愛してくれた。ただ純粋な愛をもって接してくれていたのはほんの最初のうちだけだった。徐々にテレスは妙なことを言い出したのだ。
「フフッ。かわいそうな平民の少女を助けるために婚約を結び、彼女の家族のことまで援助してやっている、なんて優しい王太子だと巷ではもっぱらの噂らしいぞ」
「実際はそれが婚約の理由ではありませんのにね」
笑いながら聞いたが、本当は真剣だった。真剣に、テレスの愛を確かめたかった。しかしそれは叶わなかった。テレスは、自分の世界に入り浸っており、私の言葉など一切耳に入っていなかった。
その時から、私に対するテレスの愛はなかったのかもしれない。それに薄々気づいていながら、何もしなかった私は、なんて馬鹿だったのだろう。もっとも、何かできることなんて、果たして私なんかにあったのだろうか。そんなことを心の中でくよくよと考えていた、その時だった。
「私は、この哀れなイザモアと婚約することにした!」
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