帝国のスパイマスター
シャーロック
プロローグ
パンゲア歴3560年 6月
@連合軍移動司令車 大陸南東方面戦線
「おいっ!! ダイスケ・モロカド中将は居るかっ!!」
様々な防衛ライン、重要防衛拠点の位置が示された南東方面戦域を映し出した
それなりに広いはずの司令室全体に響き渡るがなり声で呼び出されているのはモロカド中将――つまり、私だ。
「はぁ……、まったく困った御方だ」
私は思わず、厄介な人物のご登場にため息が漏れた。
現在、私が居るのは大陸南部および一部の東部の国々の協力により開発された、高度な魔導技術による高炉を利用した巨大な魔導移動司令車。
これから実施される西方最大の国――、グラム皇国への反撃作戦の詳細を詰めなければいけないというのに、無能な味方に足を引っ張られるとは――。
「すまない。私をお呼びのようだ」
私は、先ほどまで作戦の詳細について話していた下仕官に詫びを入れ、司令室入り口へと足を向けた。
「はっ!! 」
その若い下仕官は見事な敬礼で私を見送ってくれる。
私の所属はこの惑星の唯一大陸パンゲアの極東、最も東に位置するために朝日の国と呼ばれる”アンシャン帝国”。階級は将官。細かく言えば、上から数えた方が早い”中将”だ。
ついでに言うと、この”連合軍南東戦線司令長官”も兼任している。私のこの面倒な肩書きは、パンゲア大陸の複雑怪奇な国際情勢のためだ。
パンゲア大陸西方にて、南下政策の姿勢が強いグラム皇国に対抗するために組まれた南方国家たちによる同盟。正式名称は『パンゲア大陸南方国家連合』というのだが、今では大陸東方の国もいくつか加わり、ただの”連合”と呼ばれている。
大陸西方で小国を次々と下し、覇を唱えんとするグラム皇国はまさに強靭無敵。グラム皇国の半分にも満たない国力の国々は協力しなければ対抗できない。
ちなみに我がアンシャン帝国は、グラム皇国の東に位置する。
しかし、かの大国との間にいくつかの国々を隔ているとはいえ、その影響力はいずれ東方にも到達するだろう……と、いう政治的な意向によって、南方国家中心で形成されるこの”連合”に参加しているのだ。
そして現在――、今しがた指令室に乱暴に入ってきた男についてだが、その見た目はまるで丸い腹を抱えた信楽焼の狸が軍服を着込んだかのよう。
まさかそんな人物が前線を指揮する重要な将官のうちの一人だとは思えないが――、そのまさかだ。
私がアンシャン帝国から派遣され、連合軍司令長官に着任して数か月。連合に加盟する数少ない東部の国の一つ、”チャン大国”派遣のムーン・ノウ中将は同じ将官階級ながら、私の下の連合軍副司令官という階級に納得いかないのか、ことあるごとに怒鳴り散らす悪癖の持ち主だ。
チャン大国は、いったいどうしてこんな無能を国の代表として連合軍司令部に送り込んできたのだろうか……。
無論、私に心労を掛けるためだというのなら、大成功といえるだろう。
「どうしました。ムーン・ノウ中将殿」
「どうしたも、こうしたもあるかっ!! 貴様、なぜ私のいる左翼戦線から第三魔導戦車大隊を引き抜いたっ!! そもそも君はだな――」
はぁ……。まったく面倒くさいお人だな。
この南東戦線において部隊の配置や移動権限を持っているのは、司令長官である私であり、指示するのは司令部の佐官の仕事だ。ノウ中将のような副指令官達は、あくまで左翼、中央や右翼といった個別方面の部隊指揮のみの権限で、部隊配置については司令部へ要望を出せるに過ぎない”限定された権限”持つのみだ。
それをノウ中将は、堂々と、そして頻繁に部隊配置について直接司令部に口出しをしている――。
非常識にもほどがあるが、司令室に居合わせた周りの佐官達の呆れたような目線に気づかずひたすら唾を飛ばして捲くし立て続けるのはある意味、才能だな――と、ノウ中将の飛び散る唾を見ながら私は思った。
「あー……。はい。ノウ中将の仰りたいことはわかりましたから。ここでは部下の気が散りますので、奥の長官室へどうぞ」
「んん? おぉ、すまないな。大事な話は長官室でしなければなっ! はっはっはっ」
ようやく周りの視線に気づいたのか、それとも長官室に入れるのがうれしいのか……。ノウ中将は颯爽と長官室へ向かって歩き始めった。
私は、周りの佐官や将官たちに目配せで『すまないが、後は頼む』と、先ほどまでの仕事を彼らに託し、憐みの目を向ける部下たちの視線を背に感じながら、ノウ中将を奥の長官室へと案内した。
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「ノウ中将の戦車大隊ですが、グラム皇国の急襲部隊が我が軍の補給基地を狙っているとの情報を掴んだため配置転換いたしました。これは司令部での精査の結果で、戦力に余裕のある左翼と中央部隊からなら一部の部隊を引き抜いて迎撃対応に回してよいと判断した結果ですよ」
「そんな情報、私は受け取っておらんぞっ!! 」
一介の現場指揮官のノウ中将に一々司令部が作戦を報告するわけないし、お前が知らないのは当たり前だろ……と、言いたい気持ちを抑えてノウ中将に説明を続ける。
「今回のグラム皇国の作戦を拾ってきたのは、アンシャン帝国軍の私の知人でしてね。ノウ中将もお分かりだとは思いますが、我々東部の国は、南部の国が幅を利かせる連合では肩身が狭いでしょう? あまり
「うぅむ……。確かに東部の国は連合内では主流派ではないが……。だがしかし、栄えあるチャン大国の私が活躍できないなど、あってはならないし――」
ノウ中将がなにやらぶつぶつと独り言をいいながら、百面相よろしく表情を変えて私の前で思案し始めたところ(どうせろくでもないことであろうが…)、ちょうどよく長官室のドアがノックされた。
コンコン……。
「失礼します、長官殿。今しがた第三魔導戦車大隊の隊長より作戦成功の報告が入りました」
ふぅ……。良いタイミングで引き抜いた応援部隊から報告が来た。これでノウ中将を長官室から追い出せるな。
「どうやら作戦は成功したようだ。引き抜いた第三魔導戦車大隊については、補給が終わり次第、左翼へ戻しますからご安心ください、ノウ中将」
「ふむ…、本当にグラム皇国は奇襲を仕掛けてきていたのだな……。まぁ、戦車大隊を左翼に戻してくれるなら私も文句はない……。奇襲防ぐとはやるではないかっ、モロカド中将よ! はっはっは」
年齢的にはノウ中将の方が私より上だが、なぜ副司令官が偉そうに司令長官を労うのだ、まったく……。
自分の配下だった部隊が戻って来ることで、すっかり上機嫌になったノウ中将。陽気な声で「報告ご苦労!! 」と言いながら、ドア前で待機している先ほど報告にきた下士官の肩を叩いて颯爽と長官室を出ていく後ろ姿を、私は『やれやれ…』といった心境で見送るのだった。
あのうるさいノウ中将が長官室を出て行き、ドアが閉まると部屋には落ち着いた静けさが戻ってきた。
「……もう喋ってもよいかな? シノダ中佐」
長官室の周りに人の気配がなくなったことを感じた私は、報告後も長官室のドア前から微動だにしない下士官風の男に向かってそう呼びかけた。
「……いつからお気づきで? 」
下士官風の男はそう言うと、先ほどまでは特徴のない顔つきだった男の雰囲気が一変。まるでイリュージョンを見せられているかのように、その人物は男も見惚れるような整った顔で鋭い雰囲気を纏う人物へと、私の目の前で変化した。
「驚いたな……。君が我が国上層部のお御歴々に”
「……」
無言で私を見つめるシノダ中佐は無表情ではあったが、醸し出す雰囲気からその呼び名は不本意だといった意思を感じた。
我が帝国の”
「ふっ。この渾名はお気に召さないのか」
「以前使った
アンシャン帝国でも上層部しか知らぬ帝国諜報部の存在。中将である私でさえ、今回の連合軍への派遣が決まった際に初めてその存在を知らされたのだ。それも派遣の前日に、我が軍の総帥たる”
「僕も一応、若くして帝国中将まで這い上がった叩き上げの士官でね。この司令部付きの部下の顔と名前は、配属初日には全て覚えたよ。だから、覚えのない人物が、司令部員しか知らないこの作戦の結果を持って来たとしたら、うちの
「さすがですね。第104代帝国上級士官学校主席卒、モロカド中将閣下」
そう言うと、シノダ中佐はニヒルに笑った。
この、将官に対しても臆することなく、むしろ尊大とも受け取られかねないシノダ中佐の態度……。おそらく私が信頼に足る人物かどうか見極めるためにわざとやっているな。
残念ながら、我がアンシャン帝国にも先ほどのノウ中将のような無能や、身内で派閥や権力闘争に明け暮れる愚かな上官、情報漏洩を起こす愚かな将官がいないわけではない。さらにこの諜報部は”
故に、軍の指揮外に位置する帝国諜報部は異端であり、上意下達を尊ぶ帝国軍部において、好まれない。だから
まあ、私なら、使えるものは何でも使えの主義だがね……。
「はははっ。ありがとう。ちなみに、中級士官と下士官学校も主席かつ飛び級卒だよ……、あれ、ここ笑うポイントだったんだがね。っとまぁ、冗談はさておき。私はアンシャン帝国のためなら使えるものは何でも使う。今回のグラム皇国の作戦情報も大変助かった。」
今回の作戦で南東戦線はグラム皇国に対して一つ勝利した。小さな勝利だが、膠着した戦線において、この一つ勝利の差はでかい。グラム皇国の奇襲作戦失敗という綻びを私は見逃さず、今のうちに逆に戦線を押し上げる予定だ。
「諜報部の部下からの報告ではグラム皇国の南東戦線指揮官は、親の七光り貴族で無能者。皇国司令部からの指示で行った奇襲作戦が失敗したことで動揺しているでしょう。」
私の思惑を知っていたかのように情報をよこすシノダ中佐に、私は頬を緩ませた。
「私の想像以上に諜報部は優秀だな。てっきり君自身が彼の大国”グラム皇国”でスパイ活動をしているのかと思ったが……」
「もちろん私自身もスパイ活動は行いますが、主な仕事は
「スパイマスターか……」
我がアンシャン帝国でも憲兵部が国内のスパイ活動容疑者たちを摘発することはあるが、大国グラム皇国はさらに厳しい監視網が敷かれているはずだ。そこで暗躍できる実力者達を束ねる
「別件ですが、連合軍中部戦線にてグラム皇国諜報部によるスパイ活動の形跡がありました」
「なんだと……」
「モロカド中将閣下の連合軍南東戦線については防諜対策に問題ありませんが、念のためお気を付けください」
我がアンシャン帝国からの戦力派遣はここ”連合軍南東戦線”だけだ。中部戦線は南方国家の軍隊・将官が主戦力なのだが、この先、向こうの戦線から救援要請がきた場合の作戦方針も立てておく必要があるな……。
「情報助かるよ。きっと君との付き合いは長くなりそうだ。今後も帝国のためによろしく頼む」
「……、よろしくお願いします、中将閣下」
そう言うと、先ほどまでシノダ中佐が纏っていた鋭い気配が消え去り、その顔がまた出会った時の特徴のない顔の下士官へと変わった。
「失礼いたしました、長官殿! 」
声色さえも変わり、まるで長官への報告が今終わったかのような下士官らしい溌溂とした発声で長官室から出て行くシノダ中佐だった男。退出した彼は、司令室で忙しなく働く他の司令部員に紛れ、いつの間にか視認できなくなった。
私に見せていた、あの特徴的な鋭利な刃物のような雰囲気、強烈に印象に残りすぎる整いすぎた綺麗な顔……、きっとあれらも人を欺くためのシノダ中佐の仮面なのだろう。……それどころか、シノダ中佐という名前すら本当かわからないな。
無個性なものが個性的に変化する。個性的なものが無個性に変化する。その差が大きければ大きいほど、人はそれを関連付けられず、本質を捉えられない。それが彼が帝国のスパイマスター”
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