7話 とおくにきたもんだ

 というわけで、とブランが手を叩く。

「今日は朝から遊びまくるぞ」

「やったー!」

 先日買ったエプロンドレスを着せられて、紫苑は張り切った声を上げた。そんな紫苑を片手で抱き上げて、「さーて最初は何をしようか?」とブランは思案顔だ。


「遊園地に行くか。やっぱり」

「ゆーえんち……シオン、しってる。とおくにある」

「ちびちゃん、その“遠く”はここだ」

「うそ! ほんと!?」


 紫苑がしみじみと「はぇー……とおくにきたもんだ……」と呟き、ブランは吹き出した。


「フローストはもっと遠いぞ」

「もっと? そんなにとおくだっけなー」

「あきれるくらいかもしれないが、覚悟はいいかい?」

「いいよ」

「君はなんにでも“いいよ”って言うね」


 部屋を出ると、ホテルのスタッフが「お出かけですか」と声をかけてきた。

「ああ、遊園地にね。他に子供が喜びそうなところはあるかな」

「もちろんです。当ホテルの中にはプールがありますし、グロースウェの中でいえば、街の東には年中サーカスがショーをしていますよ。毎夜広場でダンサーやアーティストが演奏し、花火が打ち乱れるのも一度は見ておくとよいでしょう」

「本当に眠らない街だな」

「ええ。ぜひ隅々までお楽しみください」

 礼を言って去ろうとすると、「お客様」とスタッフに呼び止められる。


「失礼ですが……悪魔祓いでいらっしゃる?」

 そう言ってスタッフがブランの腰にぶら下がった手斧を指さした。ブランは肩をすくめて、「悪いね。こういうのを持ち歩かないと落ち着かない性分で」と答える。

 スタッフは深々と敬礼し、「私たちの平和をありがとう」と言った。

「差し出がましいことを申し上げました。これは私の個人的な気持ちです」

「ありがとう。僕たちも君らのおかげで楽しい時間を過ごしているよ」

「光栄です」


 歩きながらブランは「“悪魔祓い”ってのはいい肩書だ」と小声で呟く。

「何か高尚なことをしているような響きがある。『悪魔壊し職人』とか名乗ったほうが正確に実情を伝えられるだろうが」

「あくまこわししょくにん」

「しかも大抵悪魔が現れてから呼ばれて、いつも一足遅く役立たずだ」

「シオンのことたすけてくれたのはブランじゃないの?」

「……どうだろうな」

 そんなことどうでもいいんだ、と言いながらブランは苦笑した。


 テーマパーク行きのバスに乗り、ホテルを後にする。妙に明るいバスの添乗員が、「パパと遊びに行くの? いいねえ」と紫苑に話しかけていた。







 こんな時代にこれほど豊かな街は他にない。グロースウェは誰もが夢見る楽園だ。

 街の中心には大きな、見上げるほど大きな教会がある。その周りを煌びやかなホテルが囲み、広場は車を使って横断しなければならないほど広い。そんな広場では毎日催事が行われて賑やかで、教会の西にはこれまた大きな遊園地がある。


 遊園地に着いてすぐ、ブランはチケットとキャラクターの耳付きカチューシャなどを購入し、紫苑につけさせた。紫苑がまだ遊園地の楽しげな音楽と可愛いキャラクターのオブジェに目を白黒させているうちに、手を引いていってまずメリーゴーランドに乗せる。

 三周回って戻ってきた紫苑を連れて、ブランは大きな海賊船に乗れるアトラクションに並んだ。

 十分程度並んでいるうちに、ようやく紫苑が「わ、わーっ」と声を出す。


「どうした?」

「わかんない……いまちょっとおそらにいってた。たのしすぎて……」

「楽しすぎて幽体離脱を?」


 順番が来て海賊船に乗り込む。中には海賊の格好をしたスタッフたちが右往左往していて、船長らしき男が「早くしろーっ、早くしろーっ、帆を上げろーっ」と声を上げていた。海賊たちは「アイアイサーッ」と返事をする。

「こら新人、そんなところで突っ立ってないで手伝え! お前はこっちで帆を上げろ! お前はこっちで望遠鏡を覗け!」

「おーい、誰か舵をとれーっ」

「そこの! こっちで舵をとれ!」

 指名された紫苑がパッと顔を上げる。思わずブランの影に隠れようとするが、ブランは紫苑を抱き上げて舵の前まで連れて行った。

 おそるおそる舵を握ると、海賊が「右に回して」と耳打ちする。


「面舵いっぱぁぁぁい」

「面舵いっぱぁぁぁい」


 思い切り右に回せば、海賊船がゆっくりと動き出す。陸が離れていった。紫苑は目をキラキラさせて、「わあああ」と感嘆の声を漏らす。

「よーし、交代だ。お嬢ちゃんは向こうで望遠鏡を覗きな」

 そう言われて舵取りから離されても、しばらく呆然としていた。

 時間にすれば十分程度だろうか。人口の池をぐるっと一周しただけだが、どの子供も一つの冒険を終えたように放心していた。


 海賊船から降りた紫苑が「こんどあれ! あれのりたい!」と走っていく。「おじさんのこと置いていかないでくれ」とブランは急いでついて行った。




 あっちこっち走り回って、気づけば夕暮れ。観覧車に乗って、ブランは頬杖をつく。


(疲れた……。あんまり疲れて休憩のために観覧車に乗ってしまった)


 紫苑はいまだ目をキラキラさせて「ね、みてーっ」と外を指さしている。

 瞬きして、ブランはガラスに額をくっつけた。







『ちょっとは楽しいところに連れて行ってくれないの?』

『そうはいっても仕事がなー』

『仕事仕事って、あとから後悔しても知らないわよ。この子が五歳でいる時間は一年しかないんだからね。六歳も一年しかないし七歳も一年しかないわけよ、パパ。一緒に旅行なんてしてくれるのも今のうちよ』

『もうちょっとゆっくり大きくなってくれてもいいのにな』

『残念だけど、幸せな時間っていうのは早く過ぎ去るもんなの。いつもそう』


 いつもそう。本当に。君の言うことはいつだって正しかった。







「きいてる?」

「ああ」

「みて! たくさんおはなある!」

「本当だ。あんなところに花畑がある」

「あそこいく?」

「君が行きたいのなら行ってみよう。この街を出てからね」


 ワクワクしたときの癖で、紫苑は足をぷらぷらさせる。楽しみなことがたくさんあっていいね、とブランは目を閉じた。


 観覧車から降りても元気な紫苑は止まらない。ひと際明るい音楽と光を見て、「あれなに!?」と叫ぶ。

「パレードだな」

「ぱれーど!」

「あれを見たら帰ろう」

 しゅんとした紫苑が「そっかぁ……」と唇を尖らせた。拳を握ってパレードの方へ走っていきながら、途中ブランを振り向く。


「また来たいっ!」


 笑顔が眩しい。

 紫苑はすぐにまたパレードの方を向いて、駆けていく。


 立ち止まったブランは、その姿をじっと見た。頭を掻いて、そのまま両手をポケットに突っ込み「何やってんだろうなぁ、俺は」と自嘲気味に呟いた。

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