悪夢
ドッドッドッドッドッド
心臓がいつもの数倍早く脈を打つ。
ジメジメとした暑さが、僕の体をこんがりと焼く。
プルプルと腕が震える。
(...よし。やれることは、やった。)
ゴクリと唾を飲み込む。
そして、さっきまで地面と睨めっこしていた顔をゆっくりと起き上がらせ、僕が呼び出した相手の顔を見た。
「それで、話って何かな?翔太。」
今まで何十回といろんな人から受けているのだから、なんとなく分かるだろうに、彼女はわざとらしく首を傾けながら、質問をしてくる。
「ぼ、僕は...」
緊張から、続けようとした言葉をうまく発せない。こんな時くらいシャキッとしたかったが、やはり僕みたいなやつには無理だった。
「ゆっくりで良いよ。私、逃げたりなんかしないから、ね?」
そう、僕の幼馴染であり、僕の想い人である京子は優しく微笑みながら僕を励ましてくれた。
...なんだか心が落ち着いてきた気がする。
(ふぅ...)
不安やら、焦りやら、そういった負の感情を一気に吐き出せるように、心の中で大きく息を吐き出した。
「僕は、京子。君のことが、異性として好きです。これから先の人生を、君と歩んでいきたいと思ってます。だから、だから、どうか...
僕と、付き合ってください!」
そう言いながら、僕は腰を90度曲げて、手を京子の方に差し出した。ピーンと伸ばした腕は、やはり緊張から、プルプルと震えてしまっている。でも、これが僕の精一杯だ。
「....」
「....」
少しの間の沈黙。
それが、僕にとっては数時間のようにも感じたし、一瞬で過ぎたようにも感じた。
「...ひとつ。質問、しても良いかな?多分、それの答えを聞ければ、私、決めれる気がするの。」
申し訳なさそうな、弱々しい声だった。
京子がそんなふうになるのは珍しくて、慌てて顔を上げ、彼女の方を見た。
京子は、僕から少し目を逸らしている。
きっと、僕の想いを質問次第では踏み躙るのが申し訳ないのだと思う。
でも、彼女の選択に、僕は嫌な感情を持ってない。むしろ、僕にチャンスをくれたことに感謝しているくらいだ。
「質問って何かな?」
「...ありがとう。」
彼女の質問を受けると決めたからといって、緊張しないわけではない。何が来るか分からない、どう答えるのが正解か分からない。
そういった難点を抱えることになったことから、僕の心臓は、先ほどよりも早く、大きく脈を打っていたし、手から汗が滝のように出ていた。
「ねぇ、翔太。私に、"隠してること"ない?」
瞬間、彼女は首をグワンと動かし、僕をギロリと睨んできた。その瞳には、光がなく、深夜のトンネルのように真っ暗だった。
恐怖から、ビクリと体が反応する。
さっきまで、暑かったはずなのに、急に、冷気が全身を覆った。急激な温度差に、体がガタガタと震えだす。
「...なんで、そう、思ったんだ?」
まともに動かなくなってしまった口をなんとか動かす。
「質問に質問で返さないでよ....」
「っ!?」
ギロリとまた睨まれる。でも、先ほどとは違い、明確な怒りが滲み出ていた。
これ以上怒らせてはいけないと思い、慌てて何か言おうとした時だった。
「...ま、良いよ。教えてあげる。まだ、翔太が"おしおき"確定ってわけではないもんね。ごめんね、睨んじゃって。」
京子はコロリと表情と声色が変わり、最初の時と同じような優しい彼女に戻っていた。
客観的に見れば、今の彼女を見れば、なんとか少しは落ち着くことができるのかもしれない。
でも、
"おしおき"
その言葉を聞き、僕の恐怖心は最高潮に達し、ガタガタガタと体がより早く震え出した。
"もう治った"はずの傷がズキズキと痛み出し、痛覚がだんだんと全身を蝕んでいく。
激しい痛みのせいで息が詰まる。
今の僕には、呼吸をするので精一杯だった。
....って訳だよ。分かった?」
気づけば、京子は説明をし終わっていた。
でも、僕には内容が何も入ってきていない。
ただ、聞いてなかったなんて言ったら、彼女がどんなことをするか分からない。もう痛い思いをするのは嫌だった。
だから、僕は「うん。」と頷くしかなかった。
「じゃあもう一回聞くね。私に何か隠し事、してない?」
そう先ほどと同じ質問をする京子の声は、さっき聞いた声よりも優しい声だった。ニコニコと笑ってもいる。
でも、真っ黒な感情を隠しきれていない。
嫉妬、怒り、それから殺意までもをひしひしと感じる。
そして、それらの感情が、僕にだけに対してのものではないというのも、
なんとなく分かっていた。
「隠し事なんて、するわけないだろ?」
だからこそ、僕は、佐藤のことを隠し通さないといけない。
彼女は僕を応援してくれているのだから。
彼女は、大切な後輩だから。
彼女は、大切な友達だから。
「………」
時が止まったかのように、周りがシーンと静まりかえる。
いつもは静かな場所が好きだが、今だけは騒がしくあって欲しかった。
草木がカサカサと揺れる音すらしない。そんな静寂が、僕の不安を煽る。
「…そっか。」
突如として、静寂は破られる。
もちろん、破ったのは僕ではない。
「安心したよ。翔太とは、全部を共有したいと思ってたから。」
そう言いながら、コツコツと足音を立て、ゆっくりと近づいてくる。
なんとか僕の嘘を信じ込ませることができたことに、ホッと胸を撫でる。
ピタリ
靴とコンクリが奏でる音は止まり、京子は僕の目の前に来た。
あまり身長差がないため、必然的に視界に京子の顔がズームされてうつる。
バクンバクンと心臓が大きくリズムを刻む。
恥ずかしさから、慌てて顔を逸らした。
そんな刹那の隙を見せてた瞬間だった。
ギュっ
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
温もりや、柔らかな感触や、耳元から聞こえる静かな吐息。
それらの情報を、僕は今まで得たことがなくて、脳処理が遅れた。
コンマ数秒遅れて、やっと抱きつかれたのだと理解する。
そして、理解すると同時に、体がかちりと固まる。
緊張やら、恥ずかしさやら、感じる情報やらが頭の中を支配し、
思考を鈍らせる。
「き、京子?これって…」
なんとか口を動かし、京子に話しかけるが、変わらず静かな吐息のみが聞こえてくる。再び、数秒間、静寂がこの場を支配する。ただ、今回は不安なんて湧いてくることはなく、時間もあっという間に過ぎ去った。
そして、静寂を破ったのも、また先程とは違うものだった。
ビュウウ
(寒い…)
この季節に珍しい、冷たい風が大きく吹いた。
この時、根拠なんてなかったが、なんとなく嫌な予感がしたんだ。
そして、その嫌な予感は見事に的中する。
「嘘、だよね。」
「っ!?」
そう耳元で囁いてきた彼女の声は、人が変わったかのように低くなった声だった。
"危険"
その言葉が瞬時に頭をよぎる。しかし、警告が出るには、もうすでに遅すぎていた。
慌てて、京子から離れようとした時、首元にヒヤリとしたなにかが当たる。そして、それからその1秒も経たない間に、気がつけば、僕は地面に倒れ込んでいた。
「あがっ!?がぁあ!い"っ!!!」
痛い
熱い、痛い
痛い痛い痛い熱い熱い熱い
痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い
「ゴロゴロ転がっちゃって、汚いし、みっともないよ?そんなに痛かった?私、スタンガンの威力知らないからさぁ...もしかしたら調整ミスったかも!アハハ!」
京子は楽しそうになにかを話しているのがなんとなくわかる。でも、地獄のような苦しみを受けている僕には、彼女の言葉に耳を傾けるのは不可能だった。
「おかしいなあ。こんな事にならないように今まで飴と鞭を使い続けてきたんだけどな...そんなにあの子のことが大事になっちゃったのかな…ねえ、そこらへん、ぶっちゃけどんな感じ?あの子のこと、”本当“はどう思ってる?」
「嗚呼アああ!があああ!っ!」
急に声が出なくなり、息が詰まる。
長いこと、発狂し続けたせいで、呼吸を忘れていた。
カヒューカヒュー
それにやっと気づいた僕は、慌てて息を吸う。
「ゲホッ、ゲホゲホッ」
慌てて呼吸をしたせいで、むせてしまう。
まだ尋常な痛みも感じているはずなのに、どこかコレに慣れてしまっている自分がいた。
「...はあ。本当情けないなあ…アハハ!」
そんな僕を京子は罵倒し、笑いものにしている。
「はあー。あー笑った!機嫌いいし、さっきの質問話でいいや!てことで、じゃあね〜」
そういうと、彼女は後ろを向き、コツコツと
足音を立てながら歩き出した。
"待って"
そう叫ぼうとしたが、何故だか出来ない
彼女が離れていくにつれ、視界が歪んでいく
頭がグワングワンと変な感覚に陥る
そして、京子が見えなくなった頃、僕の意識は、完全に途切れた。
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「っ!待ってくれ!」
僕は、遠く離れていく京子を止めるためにガバっと起き上がった。しかし、目の前に広がる景色は、さっきまでいた場所とは全く違っていた。
「あれ、ここは....教室?」
辺りを見渡すと、そこには数人だけ人がいて、その人達は、僕の方に視線を向けていた。彼らや彼女らが僕に向ける目は、変な奴を見る時の目だった。
そんな冷ややかな視線を浴び、だんだんと落ち着いてきて、意識が現実に戻ってくる。
(あぁ、そうか。僕が告白するのは今からだ。)
そう自分の中で納得する。
あの日、佐藤の目の前で大泣きした僕は、あの後落ち着いてから、恥ずかしさで死にたくなった。だけど、気持ちは前までよりも断然軽くなっていた。
その次の日、佐藤から提案があった。
「先輩は自信が圧倒的に足りません!だからまずは、変わりましょう!身だしなみを整えてカッコ良くなるだけでも大分自信がつくと思いますよ!私がコーチになりましょう!」
この時、僕は正直言って、無駄だと彼女の提案を心から喜んではいなかった。でも、佐藤が僕のために頑張って考えてくれたのだと思うと、なんだか心がポカポカして、その提案を拒否する気にはならなかった。
そして、そこから佐藤による訓練が始まった。上下の服のいい感じの合わせ方、髪を綺麗に整える方法、普段の立ち振る舞いなどなど、さまざまな事を学ばされた。
今まで、気にしてなかった事を学ぶのはとても大変で、彼女が教える全てを合格点までできるようになったのは3ヶ月経ってからだった。
結果的に、自信がついたかと言われれば、あまりいい成果だとは言えない。
でも、彼女との差に怯えて、ただひよっていた僕よりかは確実に前に進んでいる。
その証拠に、今日、僕は京子に自分の思いを告げる。彼女にはすでに告白する場所で待ってもらっている。準備は万端だ。これらは、前までの自分なら絶対にできない事だった。
そういう面で佐藤には本当に感謝しかない。
チラッと時計を見る。まだ、あの時間まで20分近くあった。しかし、逆に言えば、後20分で告白するともとれる。
そう考えると、だんだんと緊張や不安が心の中から湧き出してきた。バクバクと心臓が大きく脈を打ち始める。
ふうっ
(落ち着け、落ち着け僕。今日だけは、しっかりとしているべきだろ。頑張れよ。)
息を吐き出し、心の中で自分に喝を入れた。
そのおかげもあり、だんだんと心が落ち着きを取り戻してきていた。
このままいけば、なんとか本調子で人生の大勝負に挑める。そう思った。
でも、現実はそうはいかなかった。
「センパ〜〜イ!!!!」
急に、バタバタとうるさい音を立てながら、走って佐藤がやってきた。佐藤は、僕の目の前で止まると、疲れたのか、膝に手を乗せ、ゼェハァと荒々しく呼吸をし始めた。
何事かと思い、彼女の顔を覗き込む。
「っ!ど、どうしてそんなに顔色が悪...」
あまりにもの衝撃のせいで、心の声が勝手に漏れる。慌てて、自分の口を塞いだが、ほぼほぼ言ってしまっていた。
佐藤は、2、30秒で息を整えた後、呼吸がもたないのか、途切れ途切れに話をし始めた。
「せ、センパ、い。た、たいへ、んです。」
「お、落ち着けよ、一旦。な?」
そう提案しても、その提案を無視して、佐藤は話を続ける。
「さい、あ、くのこ、とが起、きました。」
「最悪?」
その言葉に、僕の心臓は、まただんだんと早い頻度で脈を打ち始める。不安やら、焦りやらがだんだんと湧いてくる。
何故だか、ここから先の内容は、聞いてはいけない気がした。聞いたら、もう戻れない苦しみを味わうような気がした。
「北里先、輩が、私と同、じが、く年の人と、つ、きあうこ、とに、なっちゃっいました...」
え?は?
誰が?誰と付き合った?
ちが、違う。そんなはずない。そうであるはずはない。だって、だって!
「っ!僕、彼女のところに行ってくる!」
気づけば、そんな事を言って、走り出していた。認めない、何かの見間違いだ。負の感情に支配されそうになっている自分を、そう説得して、なんとか落ち着かせる。
それでも、収まりきらないほどの焦りや不安やら、怒りやらが湧き続ける。
それらの感情のせいで、呼吸をする間も忘れて、僕は走り続けた。
あと少しで着く。そうなった時、やっとのことで息が辛くなる。そして、辛いと感じた瞬間に、今まで気づかなかったものが一気に気になり始める。
短期間での体の酷使。そのせいで、タイムロスを得ることになってしまった。
1分で慌てて息を整える。
そして、多少平気だと思った頃、僕は再び走り出した。
京子がいる場所まで、残り100m
大丈夫。きっと平気だ。
京子がいる場所まで、残り70m
夢の中でも告白はできたから。きっとこちらでもそれぐらいは叶うはずだ。
京子がいる場所まで、残り10m
じゃないと、じゃないと....
京子がいる場所まで、残り5m
このくらいの地点についた時だった。
僕の視界にとんでもないものが映り込む。
「え?あぇ?」
ある男女が密着していた。
簡単に言えば、男が女を抱きしめていた。
その光景を目の当たりにした途端。
視界がぐわんと歪み始めた
頭がグワングワンと変な感覚に陥った
意識がだんだんと遠くなっていく感覚
「あはは、そうか。そうだよな...」
この感覚は、さっきも味わった。
そう、"夢"を見ている時に。
だから、だからきっと、これは夢の延長で...
"悪夢"以外の、なんでもないんだ。
次の瞬間、僕の意識は完全にシャットアウトした。
_________________________________________
後輩ちゃんと、翔太の特訓は省かせてもらいました。書いて欲しいと要望があった場合は考えます。
よければ、星やハートなどの評価等をしてもらえると嬉しいです!誤字報告などもお待ちしております!
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