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山道を降りて住宅街に出るまでの間、わたしたちはずっと手を繋いで他愛もない話をした。女の子は特に学校生活に興味があるらしく、クラスメイトの話をせがまれた。彼女が年下だからか、クラスの知り合いと話すよりもずっと肩肘張らずに話すことができた。初めて、会話を楽しいと思えたかもしれない。
「家はどこ? 送るよ」
わたしが尋ねると、女の子はピタリと足を止めた。まだ住所を尋ねるのは早かっただろうか、と友達という存在の扱いが覚束ないわたしは不安になってしまう。
「覚えてないの? みーちゃん」
その声の低さに、年下の女の子が相手だと言うのにわたしは寒気がした。覚えてないも何も、まだ住所を教えてくれてないだろうに。それに、どうしてアカウント名じゃない、わたしの本名――ミヒロ――からくる小さい頃のあだ名を知ってるの? その呼び名はアイナしか使ってなかったのに。
「本当に覚えてないの? みーちゃん」
その声の低さに、年下の女の子相手だというのにわたしは少し怯えてしまう。
「わたしは覚えてるよ。みーちゃんがわたしの家に遊びに来てくれたことも、わたしがみーちゃんの家に遊びに行ったことも。そうそう、みーちゃんの部屋に家の鍵を忘れたこともあったよね。すぐに追いかけて渡してくれたの、嬉しかったなあ」
子供らしくない、懐かしさを噛みしめるような表情をする少女。そんな穏やかな表情とは真逆に、わたしの頭は混乱で埋め尽くされてしまう。
たしかに、アイナとは唯一、互いの家を行き来するような仲の友達だった。しかし、アイナは同い年で、この子のような小さな子のはずがない。
「おはようって言ったのに、気不味そうに顔を背けたことも。一緒に帰ろうってお願いしたのに、毎日毎日、用事があるからって見え透いた嘘をついて逃げたことも。わたしが助けてって泣いたのに、ごめん、わたしには何もできないよ。って言って見捨てたことも。全部、覚えてるよ。それなのに……」
わたしの誰にも話したことのない、話せるはずのない過去をまるで見てきたかのように話しながら、女の子がジリジリと迫ってくる。逃げ出したいのに、手が子供とは思えない力で握られていて振り解け無い。
そんなはずはない。ありえない。恐怖を追い出すように、何度も頭の中で唱えて否定する。懇願する。
だって、アイナはとっくに死んでいる。死人と口をきけるはずがない。ありえない。
それなのに、
「みーちゃんは忘れちゃったの?」
女の子が顔を上げた。電灯の下、わたしの目に映ったのは、間違いなくあの頃のままの、小学三年生のアイナの顔だった。アイナが不安そうな顔でこちらを見上げている。
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