第22話 異変
吸血鬼の名家とされる4家が一つ、ウォード家。
4家の中でも、特に武力に特化した錬金の家系とされており、長い歴史の中で武具の扱いや戦術、独自に磨かれた戦技などが存在するとされている。
その名家ウォードの分家が一つ……デニス家。
そんな分家の一つに生まれた俺、グラ・デニスはどこまでいっても平凡な吸血鬼でしかなかった。
生まれたその時から本家であるウォードに仕えるため、両親からはあらゆる事を仕込まれてきた。だからこそ、基礎を教えるだけなら、同年代の誰よりも適任になるように調整されたのだ。
その事に別に抵抗はない……と言えば嘘になる。
本家に仕える事も、その為に両親に〝駒〟として育てられた事も、俺は誇りに思う部分はあるが……何一つ、自分で決められない部分に、多少の不満があるのも事実だ。
「アンタがオレのジュウシャ?」
そんなオレが、ひとつ下の〝主〟という者に出会ったのは……本当に互いに幼い頃だった。
「俺は……貴方に錬金術の基礎を教えるように、と言われてます。グラ・デニスです」
両親から伝えられた言葉を、教科書の言葉を音読するかのように自己紹介をする。
……本来、本家の吸血鬼に錬金術を教えるのならもっと適任がいるとは思うが……そこは、俺の両親が色々と頑張ったらしい。
そんな仕組まれた出会いだというのに……赤銅色の髪色の少年は、輝くような笑みを以て名乗った。
「オレ、アイギス! よろしく!」
彼は不思議そうに俺の顔を覗き込み……それに対し、俺は貼り付けた営業スマイルを継続する。
「グラって、オレと歳あまり変わらないよな?」
「えぇ」
「ふぅ〜ん……」
何かを考え込むような顔をした後に……アイギスは、小さく呟いた。
「師匠っていうより……センパイ?」
「……は?」
小さなつぶやきとは言え、彼の言葉は確かに俺の耳に届いた。
届いたのだが……言葉の意図が理解できず、思わず変な声を出してしまう。
「師匠を紹介するって言われてたけど……師匠よりはセンパイの方がしっくりするな!」
まるで名案だとでも言いたげな様子で、彼は朗らかに笑った。
(なんか、本家の吸血鬼って聞いてたからイカレた野郎だと思ってたけど……普通だな)
四家の本家に連なる人間や吸血鬼がイカれているというのは、割と共通認識だ。
そもそも俺たち吸血鬼は、大昔の人間の錬金術に関する人体実験によって作られた種族だ。
……つまるところ、人間も吸血鬼も祖先は同じ。
故に、錬金術の更なる研究を大々的に行う四家にとって、研究素体は幾つあっても足りないのだ。そんな中、適当な理由をつけては実験動物にされるなどよくある事だった。
……この目の前の少年アイギスの兄や姉が、くしゃみをしたという理由で使用人を半殺しにしたという話も、最近聞いたばかりだ。
(……コイツ、本当にウォードの吸血鬼なのか?)
だからこそ、目の前の少年の纏う雰囲気は、意外なものだった。
「……アニキやアネキみたいに、オレは錬金術に興味ねぇからなァ。バカだし」
「!」
突然、彼に心の中で思っていた事を当てられたような気がして……そこでようやく、自分の取り繕っていた表情が溶けていることに気がつく。
「も、申し訳ございません……」
「ん? いいよ気にしてねェし」
そして一泊置き……アイギスは、俺の後ろを覗き込むように一歩を踏み出した。
「そんで、オマエはだれ?」
「っ!?」
俺の後ろに隠れていた少女が、突然声を掛けられた事で小さな悲鳴を上げる。
しかし、アイギスに声を掛けられたからには、彼女も応えなければならない。
俺と同じように両親にそう教育された彼女……薄いオレンジ髪色が良く似合う俺の妹は、勇気を出して俺の後ろから前へと一歩を踏み出した。
「わ、私……め、メア……メア・デニス……って言います」
恥ずかしそうに、それでも、確かに彼女……メアはそう名乗った。
「ふぅ~ん、よろしくな! オレ、アイギス!」
「は、はい……」
顔を赤くし、再び俺を盾にして逃げるように背後に隠れる
こんな姿、両親が見たら鬼の形相で怒鳴りつけて来そうなものだが……幸いにも、ここに両親はいない。
「よろしくお願いします、アイギス様」
「あー、いいよ様付けなんかしなくて。なんか……キモイ!」
形式にのっとって敬称を付けていたが……俺と妹の主となる方は、砕けた方が好みらしい。
それが……俺とアイギス、メアの3人の出会いであり、始まりだった。
――――――――――――
「あー……クソが、走馬灯なんて久しぶりに見たぞ……」
ようやく脳の再生が終わったのだろう。ガンガンと音を立てて痛む頭の中身のせいで顔を歪ませながら、俺はゆっくりと起き上がる。
(いや……頭つぶれて死んだから、走馬灯とは少し違うか?)
いまだに振り続ける雨の影響で、身に纏っている服は全てびしょ濡れとなってしまった。
「クソが……アイギスの野郎、手加減もなしに人の頭を握り潰しやがって」
どこまでも自分を突き放すかのような態度のアイギスを思い出し……思わず、乾いた笑みが口からこぼれた。
「なにやってんだか……」
いったい自分は何がしたいのだろう。
始まりは確かに、絆があった。
俺もメアも、心からアイギスを慕い、主人として認めていた。
だが……メアがアイギスに殺されたと両親から伝えられたあの日に……俺たちの関係は終わってしまった。
「クソが……もう考えるな……」
自分に向けて、そんな台詞を吐く事でしか気持ちを誤魔化せない。
「ッ!!」
少しでも気持ちを奮い立たせるために、顔をバチン! と両手で叩く。そのまま顔についた泥を振り続ける雨で少しでも洗い流そうと顔を上げた……その時だった。
「とりあえず、柶音達と合流を――ん?」
一瞬……ほんの一瞬だったが、雨が降り続ける雨雲の中に……何かがいた。
「今何か……気のせいか?」
気のせいだ。その一言で済ませられれば楽なものだが……どうにも、胸騒ぎが止まらず、動きを止めて空を再び注視する。
そうして、3分程度の時間が経った頃……ソレは、確かに俺の視界に映った。
「!!!!!!!」
ソレを見た瞬間……俺は、ゴクリと生唾を飲み……
「や、やりやがったな鎖浄……こりゃあ、模擬戦なんて言ってる場合じゃねぇぞ!!!!」
怒鳴り声を上げると同時に、俺は駆け出した。
頭が痛む事で正常な思考ができているとは思えない……もしかしたら、今見たのは幻覚かもしれない。
それでも、アレを見たからには、吸血鬼である以上、俺は動かなくてはならない。
「このままじゃあ……間違いなく、全員死ぬぞ!!」
――――――――
「ハァ!!」
勇ましい声と共に、眼球を狙ってどこからか放たれたナイフを、柳は錬金術を発動させ、地面から急速成長を遂げた木の根でナイフを防ぐ。
しかし……
「ちっ!!」
次の瞬間、肩に走った痛みに顔を歪め……今度は全身を守るべく、自分の周囲に巨大な木の根を展開し、球体の形へと圧縮錬成をする事で殻へと閉じこもる。
「クソ! 本当に人間ですかアレ!?」
思わずそんな愚痴をこぼしながら、柳は肩の痛みの原因……深々と刺さったナイフを引き抜く。
そしてその数秒後……ドォン!!! ドォン!!! ドォン!!! と、絶え間のない凄まじい爆発音と衝撃が柳を襲う。
錬金術によって展開した木の根に籠っているおかげで、ダメージはないが……
(まさかここまで強いなんて……完全に予想外!!)
今度は、愚痴を心の内側に飲み込む事で、冷静に頭を使う。
「地の理はそちらにあるのではなくって? ほら、まだまだですわよ!!」
「クソ!!!」
殻に閉じこもったまま手を地面につけ、錬金術を行使する。
「『
叫ぶと同時に、自分を起点に半径100メートルの地形に大して錬金術を行使する。
地盤を歪め、泥を巻き上げ、その地下に埋まっていた木の根を急成長させ、暴れさせる。
「『大樹海』!!」
自分の周囲以外の全てを滅するべく、最大威力の錬金術の技を行使する。
技の発動と同時に爆発は止み……殻による防御を解除して外の様子を再び確認する柳。
周辺の地形はおおよそ自分が思い描いた通りとなっており、先ほどの森の面影はもうどこにもなく……周辺は、まるで土砂災害が起こった後のような惨状になっていた。
(り、柳……まさか殺したんじゃ……?)
「姉さまは黙ってて下さい……!」
頭の中から聞こえた姉の声に対し、苛立ちを混ぜながら答える柳。
その次の瞬間だった。
バン!! と、大きな銃声が響き、先ほどナイフが刺さった位置と全く同じ場所を、弾丸が穿った。
「ぐっ!?」
「あら惜しい、また5点ですわ」
背後からわずかに離れた位置から声が聞こえ、睨みながらも背後を振り向く。
こちらから30メートルは離れた位置にて、地面から急成長をして伸びた10mほどの木の頂上にワイヤーのようなものを引っ掛け、左手でぶら下りながらもこちらをリボルバー拳銃で狙撃したティナの姿が、そこにはあった。
「さっきから同じ肩ばっかり狙って……いつでも殺せるアピールでもしているつもりですか?」
「まさか。日頃の恨みを発散してるだけですので、お気になさらず」
睨みながら肩を即座に修復し、近くにあった泥を掴む柳。
それと同時に錬金術を行使し……投げた泥を、木の針へと錬成し、投擲する。
凄まじい速度で投げられた木の針だったが……ティナはなんの躊躇もなくワイヤーを手放し、そのまま木の後ろへと姿を隠す。
「あら怖い。当たったら死んじゃいそうですわ」
「よく言いますよ、一発も被弾するつもりなんて癖に……」
忌々しそうにそう言葉を紡ぎ、対照的に満足そうに笑うティナ。
戦闘開始から早くも10分が経過。
ティナVS柳&柶音の人間対吸血鬼の戦いは……現在、ティナが圧倒的優勢に立っているのだった。
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