第15話 錬金術の特訓
イリカの来訪から2日が経過した。
模擬戦まで残り5日。
今日はちょうど祝日という事もあり、学校は休みであった。故に柊、ニコ、アイギス、ティナ、ルカ、彩祢、真奈……そして来攻の8人は、ニコの住む屋敷の庭に集まり、模擬戦の対策をするべく中庭に集まっていた。
学校には及ばない物の、屋敷の中庭部分には広い運動場が常備されており……中庭で、各々が特訓を続けていた。
アイギスは肉体を鋼鉄に変える錬金術を以て、素手の来攻と共に格闘戦を行っている。
ティナは拳銃を構えて遠くにある的を狙い撃ちをする射撃訓練をしており……
ルカの方は、顔に冷水を含んだタオルを顔に被せて木の下で休んでいる。
各々、それぞれが特訓をしているが……
「こんのクソ帚がァあああぁぁッ!!」
そんな中、中庭の中央にて柊の叫び声が響いた事で全員の視線が柊へと向けられ、手が止まる。
全員が視線を向けた先……それは地上ではなく、空。
良く晴れた昼間の青空だが……その青に一つ、赤く輝く物体が地上に向けて物理法則にしたがい、落下している。
ドォン!! という凄まじい衝突音と共に、地上に小さなクレーターが生まれる。
「おーい、生きてるー?」
砂煙を捲き上げ、クレーターの中央からむくりと起き上がった人影に対し、心配さの欠片もなく声を掛ける真奈。
そして、その声を掛けられた中心人物はというと……
「こんのクソ箒!! テメェよくもやりやがったな!?」
クレーターの中央では、長い黒髪に僅かに火が付いた事でチリチリになった柊が、同様に穂の部分に火を付けた箒を掴んで怒りのまま箒をへし折ろうとしていた。
「動くぬいぐるみなり空飛ぶ箒なり、俺ン周りの無機物共は自己主張が激しいんだよこの野郎!!!」
ぐぐぐ、と全力を注いで箒を折ろうとする柊だったが、隙を突いて柊の手から脱出した箒が、そのまま脱出と同時に柊の鳩尾に一致劇を入れる。
「ぐへぇ!?」
そのまま腹を抑えて蹲る柊。その周囲をふよふよと浮き続ける。
「派手に落ちたねぇ……怪我はない?」
箒と睨み合いを続ける柊を見て、今度は心配そうに声を掛けるニコ。
「めっちゃ熱いし痛いけど、大丈夫!!」
髪に引火した日を手で払って沈下しながら、無事を伝える柊。
「というか、なんで燃えてるのよ」
「このクソ箒に空中でライター使って火を付けて、この前の仕返しをしようとしました。そしたら振り落とされました」
「馬鹿?」
柊が燃えていた理由の一端を知り、ドン引きする彩祢。
「どうして準備体操でそこまで本気出すのよ」
そう……事の経緯を説明すると、それは特訓を始めた直後の事である。
それぞれが身体をほぐすために各々の準備運動を開始したのだが……柊が運動を開始しようとした途端、前日にイリカに渡された箒が柊の前に現れ、まるで自分を使えとでも言うかのように柊の周囲を浮遊していたのである。
柊自身も僅かに何かを考えた後、ライターをポケットに入れて箒を手に取ったのである。
そうして箒は柊を連れて凄まじい速度で空へと上昇を開始し……その数分後、柊の悲鳴と共に落下してきたのである。
「いやだって……本気出すための準備運動でしょ? なら本気を出さなきゃそりゃウソってもんさ」
「いや意味わかんない」
ドヤ顔の柊の言葉に、辛辣な言葉を返すニコ。
ちなみに、柊は人間時代の体育の授業の準備運動も滅茶苦茶本気でやっていたりする。
当然、その親友である瑛大や謙介も同様に本気でやっている。
具体的に言うと、身体をほぐす準備体操で運動会の応援並みの声量を出し、ランニングでは短距離を走るが如く序盤から飛ばし、終盤で果てる。
そんな体育の授業をしているため、当然同じクラスメイトの女子たちからは「うるさい」と文句を言われていたりする。
閑話休題
「それで、俺の訓練って何するの?」
一度燃えた服を脱ぎ、体操着に着替えた柊はニコと彩祢、真奈を見ながらそんな事を聞いた。
模擬戦まで残り5日となった現在、柊は来攻に鍛えて貰えないかと頼み込んだのだが……
「そんな数日で体術を伸ばした所でたかが知れてるし、俺の稽古は今回ナシだ」
と、伝えられてしまい……そのまま来攻は、アイギスとの格闘訓練に入ったのである。
「柊ちゃんがやるのは、錬金術の訓練だよ」
そう言いながら柊の前に出て来たのは……手に大量の食パンは入ったビニール袋を抱えた真奈だった。
「えっと……錬金術の訓練で、どうして食パンがでるんですか?」
真奈が持って来た食パンは、特別……という訳ではなく、市販で売っているありふれたものだった。
無言で柊は食パンの袋を開け、口に咥えると……
「いっけね、遅刻遅刻~! ……的なことやればいいんすか?」
表情を一切変えず、それでいて声だけはノリノリな様子で真奈に尋ねた。
(ま、そんなわけないか)
自分でやっておいて反応がなかった事に多少気恥ずかしさを覚えたのか、柊が加えたパンを千切り、呑み込もうとした……その瞬間だった。
「うん、大正解!!」
いつの間にか手にしていたクラッカーのヒモを引き、パンっ! と小さく音を鳴らす真奈。
「え、マジ?」
適当に言った事が当たっていた。その事実に、思わずぽかんとする柊。
「ま、走り込みはしないんだけど……ちょっと見ててね?」
驚いた様子の柊を無視し、柊が開けた食パンの袋から一枚を取り出す真奈。そのまま小さく口を開け、咥える。
「ん~~」
小さく籠った声を零す真奈。その様子を柊がジッと注視する。
そうして待つこと数秒後。
「あ!!」
真奈が咥えていた食パンの色が、あるタイミングで銀色へと変色したのだ。
「っとまぁ、こんな感じで錬金術を発動する練習をしてもらいます!」
どこか自慢げな顔をしながら、銀色に変色した食パンを地面に落とす真奈。
それと同時に、カランッ! と硬い物が地面に落ちた時特有の金属音が響く。
「どう? しっかりと金属に代わってるでしょ~?」
「は、春坂さんって吸血鬼だったの!?」
「あ、そっち?」
柊が驚いた点が違う事に、おもわず突っ込む真奈。
「でも、なんで食パンを使うんですか? 別にそこらへんの石ころなりなんなりを拾てやればいいんじゃ……」
「ま、それでも良いけど……そうだなァ、どこから教えたもんか」
少し悩んだような様子の真奈。
「柊ちゃんって、吸血鬼に対してどんなイメージがあるの?」
「9割がクソ!!!!!」
「おいコラ。吸血鬼本人を前に元気良く答えるじゃないか」
元気よく答えた柊に対し、ツッコミを入れる真奈。
「う~ん、吸血鬼のイメージといえば……噛んで人を吸血鬼に変えるとか?」
「そうそれ!!」
望んだ解答が出た事で、再びクラッカーを鳴らす真奈。
「吸血鬼が錬金術を発動する上で一番重要なのは心臓だけど……自分の体内に宿る錬金術を外に放出するための器官が密集している場所。それが……」
口に手を入れ、白い歯……否、白い牙を見せてくる真奈。
「吸血鬼の牙にはね、錬金術を発動させるための神経が一番多く密集してるの。ちなみに、その次に多いのは手の平ね」
順を追って説明をする真奈。
「それに、錬金術で一番重要なのは構造の理解! 多少中身のスカスカの物体で練習した方が上達へ繋がるの!」
「なるほど……だから食パン?」
「そ。錬金術初心者なんだから、まずは発動させる事からはじめないとね」
そうして説明を受けた柊は、しっかりと納得をした後に……先ほど口にした食パンを加える。
(牙から、錬金術を発動する……錬金術、黄金のイメージ……」
あの時、セオと戦った時の事を思い出し、食パンを黄金に変えるイメージを思い浮べる柊。
しかし……
「なんもかわんね」
どれだけ黄金のイメージを練っても、食パンが黄金に変化する様子はなかった。
「ただ咥えてるだけじゃダメだよ~。しっかりと身体の中でエーテルを練り上げて、その上で牙に流し込むの」
「エーテル……?」
それがおそらく、錬金術を発動するために必要なエネルギーなのだろう。
そんな考察をしながら……柊は、自身の心臓に手を当てる。
(セオと戦ったあの時は、凄いエネルギーが出てたなぁ……)
どうにかしてあの時の感覚を思い出し、錬金術の発動を試みる。
ドクン、ドクンと動く心臓の鼓動を感じ、心臓内のエネルギー的な物を意識する。
そのまま牙の形を思い浮べ、咥えている食パンに対して黄金化を念じる。
それと同時に、熱にも似た感覚が心臓から口に目掛けて駆け上がってゆく。
(…………いけるッ!!)
不思議と、そう確信をした次の瞬間だった。
突然、食パンが黄金に輝いたかと思えば、パァァアアン!! と破裂音を奏でながら弾け飛んだ。
「ふがっ!?」
突然破裂した食パンの爆心地であった柊は、思わず顔を抑えて地面に転がる。
「い、いっでえええぇぇええ!?」
半泣きになりながら悶える柊を見て、どこか驚いた様子を見せる真奈。
「わお、まさか2回目で錬金術を発動できるなんてねぇ……」
「は、鼻がぁ、目がァ、口がぁ……」
顔を抑えたまま地面を転がっている柊だったが……真奈の言葉に、僅かな違和感を覚えた事で起き上がる。
「そ、その言い方だと……もしかして、失敗前提だったのにやらせたんですか!?」
「まぁね~」
まるで悪戯成功! とでも言いたそうに笑う真奈を見て、僅かに心の怒りのボルテージを上げる柊。
「おかげで歯が折れるかと思ったんですけど!?」
「まぁまぁ……実の所、物体の変質に関する錬金術は、少し先のステップでやる事なんだ~」
そう言いながら、先ほどとは別の食パンを手で持つ真奈。
それから数秒後、僅かに食パンが震えたかと思えば……突然、食パンがぐにゃりと歪み、ハートの形を形成したのだ。
「まず最初にやる事は、こんな感じで物体の変形から」
ハート型の食パンをそのまま齧る真奈。
一通り食べ終えると、真奈はそのまま両手を柊の目の前に広げる真奈。
「ちなみに、扱いが上達すると……」
未だに顔を抑えて痛がる柊をよそに、真奈は説明を続ける。
両手を使って顔をゴシゴシとこする動作をする真奈。
「な、なにをするんすか……?」
痛がる様子を見せながら、柊が視線を真奈に向け……
「え!?」
視界に入った真奈の様子に、驚愕の顔を浮かべる柊。
「どう? ちゃんと変えられてる?」
「に、ニコの顔になってる……!?」
顔から手を退けるとそこには真奈の顔はなく……柊の目に移ったのは、少し離れた場所にいるニコの顔だった。
なお、髪型や体格は変わっていない為、良く見ればニコではないと分かるが……
「ちなみにもう一度こすると……」
そう言いながら顔を再びこする真奈。
「げっ、今度はティナさん!?」
髪は金髪に染めた真奈のままだが、顔だけはティナになる。
「おっと、髪も整えなきゃね」
そう言った次の瞬間、真奈の紙がティナと同様の桃色に染まり、腰のあたりまで伸びる。
「さらに~!」
再び顔をこする真奈。それと同時に髪の色が桃から黒へと変わり、背中の辺りにまで縮みだす。更には背丈が僅かに伸びはじめ……
「じゃじゃ~ん、彩祢ちゃんになっちゃいました!」
「す、すげぇぇぇええ!!!!!」
見た目、背丈……更には、声まで完全に工条 彩祢を再現する真奈に、柊は思わず痛みを忘れて驚いた。
「これくらいなら、柊ちゃんでもすぐに習得できるんじゃないかな? センスはまぁあるみたいだし……それにその身体は素質と才能、文字通りの鬼才を宿してるんだからサ。」
「……っす」
自分の才能が褒められて嬉しい反面、リリムとしての身体を褒められて複雑な気持ち半分の微妙な表情をする柊。
柊のモチベーションは、少し低下した。
「とりあえず今日の目標は第一段階、食パンの変形! 模擬戦までに、第二段階の変質までやってみよう!!」
「うっす!!」
僅かに微妙なモチベーションながら、柊は元気よく頷くのだった。
「………………あれ、なんか忘れてるような?」
ふと、先ほどまで喧嘩をしていた箒を見て、何かを思い出しかける柊。
「う~ん……ま、いっか!」
考える事を放棄し、柊はそのまま食パンを齧る。
そして一方その頃
学校の2-V教室内。
「……………………」
祝日の教室内には人の気配はなく、明るい陽射しが教室内を僅かに照らしていた。
そんな教室の窓際にて。
柊の席にて、ただ動く訳でもなく……まるでただの人形のように、くまの監視人形は縄で縛られ、吊るされていた。
心なしか、その顔は涙を浮かべているように見えなくもない。
柊が未だに教室内で捕縛されている監視人形の存在を完全に思い出すのは……柊たちが特訓を終えた次の日となるのであった。
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