第8話 鎖浄家のはじまり
「柊くん!!!!」
「わっ!?」
突然、放課後の食堂に現れたニコに肩を掴まれ、思わず驚いた声を零してしまう柊。
現在、柊は放課後の壊れた食堂にて、アイギス達が壊した食堂の修理に訪れていたのだ。
「大丈夫だった!? アイギス達に変な事されてない!? 来攻先生に体罰受けてない!?」
「「オイ」」
ニコの言葉に不満そうに声を出したのは、柊と同じく食堂にて修繕をしているアイギスと来攻の2人。
「あらニコ様。ご無沙汰しておりますわ」
「あ、ども」
ニコの来訪に気が付いたティナとルカの2人も、ニコへと一度挨拶をする。
柊やアイギス、ティナにルカ……来攻の手には石材や木材が握られており、5人は食堂の修繕に勤しんでいるのが見てわかる。
ちなみに、現場にいなかった来攻が来ているのは、担任としての監督不行き届きである。
食堂が壊されたという事実は学校中に知れ渡っており……別学科のニコが飛んできたのは、ある意味時間の問題であったのだ。
「ちょっとアイギス君! ティナちゃん、ルカ君! ついでに来攻先生!! 柊くんを変な事に巻き込まないでよ!!」
「巻き込んでないっすよ! むしろオレ達は巻き込まれた側なんですって!!」
ニコの言い方に不満があったのか、アイギスが文句を叫ぶ。
それと同時に、「んでオレまで……」と文句を口にする来攻。
そんなニコ達のやり取りを見て、柊はふとニコに尋ねる。
「ニコはアイギス達と知り合いなの?」
「知り合い……というか、アイギスくんたちの管轄はあたしの担当だから……」
「管轄?」
言葉の意味が呑み込めず、首を傾げる柊。
「そうね……本当は休み時間にでも話すつもりだったけど、色々あったからね」
そういうとニコは食堂の隅で文句を零しながら壁の修繕をする来攻を一瞥し……改めて柊に向き直る。
「一度、鎖浄家のことやこの学校の事を教えないといけないし……柊くん、どこかで一度ゆっくりと話そっか」
「うん、わかった」
ニコに誘われるのと同時に、手に持っていた修理用の器材や道具を、近くのテーブルに置く柊。
「あ、待て転校生!」
「私たちにこの修繕を押し付けて自分だけ帰るつもりですの!?」
「……眠い」
帰ろうとする柊を呼び止めようと、焦るアイギスとティナ。そして今にも眠ってしまいそうなルカ。
「なにか?」
「「ぐっ!?」」
しかし、そんな彼らの訴えは、ニコの睨みによってかき消されるのだった。
「ほら、行くよ柊くん」
「う、うん……」
そのままニコに手を引かれ、教室を後にする柊。
しかし、食堂を出る直前に一度振り向き、柊はアイギス達に声を掛ける。
「ご、ごめんね! 終わったら手伝いに戻るから!!」
去り際に言葉を残す柊。
そしてその日……柊が食堂に戻ることはなかった。
◆◆◆
「それじゃあ、まずは何から聞きたい?」
「今日のご飯」
「それは自分で決めなさいよ……」
学校を離れや柊たちは現在、ニコによって与えられた家へと帰っていた。
互いに鞄をリビングの机の上に置き。椅子に座って向かい合う。
「まぁ、話すとしたら……やっぱり、鎖浄家のことからかな」
机を挟んで向き合いつつ、ニコは鞄から少し新しそうな一冊の冊子を取り出す。
本にはタイトルらしきものはなく、無地の生地だけがやけに寂しさを主張しているかのように見えた。
「これは、あたしたち鎖浄家の歴史を綴った歴史的な書物……そのコピー」
「ほへぇ」
簡素な言葉を漏らしながら、机に広げられた本を覗き込む柊。
「まず、鎖浄家の始まりについてから説明するね」
「なるべく短く分かりやすくオナシャス」
柊の言葉に僅かに微笑みを浮かべ、ニコは説明を開始する。
「まず、鎖浄家の起源は紀元前7世紀ごろにまで遡るの」
「紀元前7世紀って……何時代?」
「弥生時代ね。渡来人とか、その辺りの人たちに紛れて吸血鬼が日本にやって来たの」
柊の質問に答えつつ、ニコは説明を続ける。
「その時に日本にやって来た吸血鬼……
「ほへぇ……すっげぇ古いんだなぁ」
先祖代々の名を綴った家系図のような物の一番最初に記された部分を指すニコ。
彼女が指した場所には、確かに鎖浄 盈月の名がある。
「まぁ、苗字の制度は平安時代が起源だから、正確な鎖浄家の始まりは平安時代からなんだけどね」
「……え!? 弥生時代から平安時代って、すっごく間がなかったっけ!?」
「まぁ、吸血鬼って致命傷を負ったりしなければ不死だし」
「すごっ!!」
「この時代に吸血鬼を追うハンターが日本に居なかった事も大きいわね」
サラリと明かされる衝撃の事実に、鎖浄家の歴史以上に驚く様子を見せる柊。
「錬金術は物体の錬成だけじゃなくて、魂や肉体の錬成も対象だから……初代当主の盈月様は、鎖浄家を当時では貴重な医療を扱う家系として、人間社会で確かな地位を獲得したの」
「……錬金術、すげー」
アホ丸出しな柊の解答に、思わずクスクスと笑うニコ。
「だから、今でも鎖浄家は代々、優秀な医者の家系ってなってるの」
ペラペラとページを捲りながら、ニコは説明を続ける。
ふと、だから鎖浄家が運営する学校に医学科があったのかと納得する柊。
「そして、日本だけでなく、同じように人間社会に溶け込んだ吸血鬼は世界中いる」
ニコが次のページを捲る。
そこには、4つの家紋のような物が、2ページにわたって記されていた。
一つは、鎖とハーブを混ぜた家紋。
一つは、盾と剣に傷が付けられたような家紋。
一つは、宝石に薔薇の棘のような物が巻き付いた家紋。
一つは、炎と水がハートの形を象ったかのような家紋である。
「上から順に、鎖浄、ウォード、ノリス、エリントン。この4つが人間社会において確かな地位を築いた名家とされていて……四大吸血鬼の家系として知られるようになるの」
「ん? ウォードにノリスに……エリントン?」
どこかで聞き覚えのある苗字に、僅かに首を傾げる柊。
「あ、気が付いた? アイギスやティナ、ルカの3人は名家の生まれだよ」
「へぇ……」
ふと、柊は今日の日を過ごしたアイギス達の様子を思い浮べる。
『回れ右して土に帰れこのドブ野郎』
『さぁ、次の生贄はどなた?』
『テメェも敵だ死ねェ!!』
つい先ほどの、食堂での攻防を思い出す柊。
「め、名家?」
「あははははは……」
柊の疑問に察しがついたのか、苦笑いをするニコ。
「まぁ、訳アリだからあの子たちはウチにいるんだけど……」
小さな補足をするニコ。
「……さて、話を鎖浄家に戻しましょうか」
脱線しかけた話を戻すニコ。
比較的最後のページを開くニコ。
「鎖浄家の始まりの説明はここまでとして……ここからは、最近の話よ」
「最近?」
その言葉に、僅かながら困惑する柊。
「本当に最近のことなんだけれど……大体10年くらい前の出来事ね。鎖浄家の本家に当たる吸血鬼や人間が、全員皆殺しにされちゃったの」
「み、みなごろ!?」
日常でまず聞くことのない言葉に戸惑う柊。
「これ、ここ見て!」
本に記された、鎖浄家当主の名前を一覧の内、最後の部分を指すニコに釣られ、柊も自然と目を向ける。
「この26代目の当主、鎖浄
載っているのは当主の名前だからなのか、輝夜の名はなく……だからこそ、その名前を口頭で説明したのだろう。
「だから今、鎖浄家ではどの分家が当主になるのか……当主を決めるための後継者選抜戦ってのが10年前から続いてるの」
「後継者選抜戦……それってもしかして、ニコも参加してるの?」
「まぁね。29代目当主候補、それがあたし、鎖浄ニコ!」
胸を張り、改めての自己消化をするニコ。
「ま、まぁ……当主候補の中では一番立場が弱いんだけどね……」
どこか落ち込んだような笑みを浮かべる柊。
「他の当主候補の人達って、優秀な人材を確保してるし……あたし、普通の人間だから、下手に吸血鬼を従者として迎え入れられなくて……」
「……ん?」
ニコの言葉に、僅かに首を傾げる柊。
「そういえば、ニコって人間なんだよね?」
「? そうだよ」
柊の質問の意図が分からず、きょとんとするニコ。
「あれ? 鎖浄家は吸血鬼の家系……あ、あれ?」
そんな言葉を聞いて、何度も頭をひねらせる柊。
「あぁ、そういうことね」
柊の疑問が分かったのか、ポンと手を叩く柊。
「確かに、鎖浄家は吸血鬼の家系だけど……必ずしも、その間に生まれるのは吸血鬼って訳じゃないの」
「それって……なんかこう、ハーフヴァンパイア的な?」
「……なにそれ?」
ファンタジーアニメに偏り過ぎたのか、パッと思いついた言葉を口にする柊。そんな柊に、ニコは困惑しているようだった。
「歴史が長いからねぇ……当主の吸血鬼が、人間と結ばれる事なんてザラにあるわ。というか、初代当主の盈月様の奥方だって人間だもの」
再び歴史の長い家系図のページを開くニコ。
「ほら、こうして見ると当主が人間で、人間の人と結婚したのに吸血鬼が生まれるってパターンもあるし、吸血鬼と吸血鬼の間に人間が生まれることもあるわ」
「おぉ……」
家系図の名前の端には、当時の当主などが人間だったか、吸血鬼だったか等が記されている。そうして見ると、確かに人間と吸血鬼の間の子供は、必ず吸血鬼か人間のどちらかで生まれていた。
どうやら、混血だからといって両方の特性を持って生まれるということはないらしい。
「まぁ、鎖浄の歴史についてはこんなところかな。他に何か聞きたい事はある?」
「んー、何から聞いていいのか分からないから、今はいいや」
元々深く考える事はしない性格なせいか、首を横に振ろうとする柊だったが……
「あ、そういえばさ……人間でも錬金術って使えるの?」
ふと、食堂ですれ違った、ニコと同じ鎖浄の性を持った少年を思い出す柊。柊の知る限り、彼は白い制服を着ており……白い制服は、あの学校では人間である事の証明のはずだった。
「まぁ、条件さえそろえば……使えるわよ。というか、そんな事を聞くって事は……やっぱり、
「りゅう?」
改めて名前を聞き、首を傾げながら反芻する。
「あの学校で人間なのに錬金術を使う人って言ったら……あたしと同じ鎖浄の姓を持った、鎖浄 柳だけだもの」
どこかため息を吐きながら告げる柊。
「大方、柊くんが見た錬金術を使う人間って、少し背の小さい男の子でしょ?」
「あ、そうそう!」
的中したニコの予想に、驚く柊。
「あいつも、ニコと同じ当主候補なの?」
「あー……まぁ、厳密には、あの子の姉ね」
「姉?」
柊の説明に答えるべく、ニコは鞄から新たな本を取り出す。
「それは?」
「錬金術の本。あたしの家から持って来た」
そう言って新しく本を目の前に広げ、説明を始めるニコ。
「まず、錬金術を使えるのは吸血鬼だけ。物を道具も使わずに動かしたり、形を変えたり、まったく違う物に作り替えるなんて真似、人間にはできないでしょ?」
「う、うん」
確かに、なんの道具もなしにそんな芸当は、人間には不可能だろう。
「錬金術を使えるのは吸血鬼だけ。その上で、人間が吸血鬼のような錬金術を使う方法は……大きく分けて、3つある」
そう言いながら、ニコは錬金術の本のページを捲る。
「一つは、吸血鬼の心臓を加工して作られた専用の道具を使う方法」
「心臓を……加工?」
人の倫理感から外れた言葉に、思わず口を挟みつつ、顔を青くしてしまう柊。
「吸血鬼が錬金術を扱うために必要な器官……それが心臓だからね。だからこそ、錬金術で作られた吸血鬼は、心臓を破壊されると死んじゃうの」
淡々と説明を続けるニコ。
心臓を加工するというパワーワードに、柊は思わず自分の胸を抑える。
(オレ、あの時心臓を刺されてよく生きてたな……)
あの地下空間での戦いを思い出し、僅かに息を吐く。
「そしてもう一つが、吸血鬼と融合している場合」
「融合?」
「高位の吸血鬼になると、自分の身体を分解して、人間と融合する事ができるの」
「身体を分解!?」
「えぇ。人間と融合すれば、日中でも活動ができるしね。でも、錬金術の出力が吸血鬼と人間の相性次第で下がったり上がったりもするから、誰もが使えるって訳じゃないわ」
「なるほど」
メリットがある分、デメリットもある。なんとも分かりやすい説明に、柊は自然と頷いていた。
「ちなみに、鎖浄 柳もこのパターンよ。あの子は、吸血鬼である姉と融合をする事で、人間でありながら吸血鬼のように錬金術が使えるの」
「あぁ……道理で人間なのに錬金術が使えた訳か」
抱いていた疑問が解消され、心に抱えていたモヤモヤが晴れる柊。
「そして最後。これは滅多にないパターンだけど……吸血鬼の心臓を、人間に移植した場合」
「そ、それはまた物騒な……」
相変わらず心臓を物のように扱う発想に、どこか引いた様子の柊。
「そう? 医療でも心臓移植はあるんだし、最初に説明したパターンよりは良心的だと思うのだけれど」
「た、確かに……」
「でも、成功率としてはすごく低いの。吸血鬼側と人間の相性が良いのは当然のこと、その上で手術をする腕の良い錬金術師が必要になってくるの」
「ほへぇ……」
呆気にとられつつも、空返事をする柊。
ニコの方も、そんな柊の言葉を聞いて彼の集中力が切れて来たのを感じたのか、本を一度閉じた。
「さて、今日の授業はここまで、かな? そろそろ説明も聞き飽きたでしょ?」
「あ、あはは……バレてた?」
苦笑いをしながら、頭を掻く柊。
「それじゃあ、あたしはそろそろ帰るね」
そういうと机の上の本を鞄に入れ、席を立つニコ。
「あ、待って! なんかご飯とか作ろうか?」
せめて何かお礼をしようと、ニコを呼び止める柊。
しかし……
「んー、遠慮しとく。あたし、これからやる事があるから。こう見えて、あたしって忙しいんだよ?」
「そ、そっか……」
少し残念そうな声を零しながら、下を向く柊。
ニコはそのまま玄関に向かい、脱いでいた学校指定の靴を履き……柊の方を振り向く。
「代わりに、また今度ここに来た時食べさせてよ! 朝ここに来た時、すっごく良い匂いがしたからさ!」
「う、うん!」
そんなニコの言葉に、嬉しそうに顔を上げて頷く柊。
ニコがまた来ると言った事が嬉しかったのか……それとも、年相応の友達らしいやり取りができた事が嬉しかったのか、どこか張り詰めていた糸がほぐれたかのようだった。
「それじゃ、またね。あ、そうそう」
ふと、何かを思い出したかのように言葉を紡ぐニコ。
「アイギスとティナ、ルカの3人には気を付けてね」
「3人に? どうして……?」
「う~ん、一応?」
どこか悩みながらも、ニコが言葉を選んでいるかのように感じる柊。
「……アイギスくんたち自体は、すっごく良い人たちだよ。でも……その親や立場ある人達は、柊くんの事をあまり良く思ってないからさ」
「………………そっか」
その親や立場ある人達。それはつまり、先ほどの説明にあったウォード家、ノリス家、エリントン家の事だろう。
そして、その3つの家が柊を心地よく思っていないのは……
(間違いなく、リリムのせいだ)
一体どれだけ恨みを買っているのか……そんな考えたくもないことを考えながら、柊はため息を吐く。
「それじゃ、またね」
「うん、また」
最後に簡素な挨拶を残し、ニコは玄関を開けて自身の家へと帰るのだった。
「…………なんだか、なぁ」
誰もいなくなった家の玄関に座り込み、顔を伏せて落ち込む柊。
(別に、家で一人は慣れてるんだけどなぁ)
なにしろ、状況が状況である。
どれだけ明るくふるまっても、胸の内側に押し込めた不安は拭うことなどできはしない。
「寂しいなぁ……」
小さく、そんな弱音を零してしまう柊。
そんな柊の足を、何かやわらかい物が触れる。
そうして頭を上げた柊の視界に入ったのは……クマのぬいぐるみを模した監視人形だった。
まるで柊を励ます様に、ポンポンと優しく足の辺りを撫でている。
「お前…………いつからいたの?」
柊のその言葉に、監視人形はどこかショックを受けたかのようなジェスチャーをした後に、玄関の奥……リビングに雑に置かれた柊の鞄を指さす。
どうやら、鞄に紛れていたらしい。
「……元気付けようとしてる?」
その言葉に、腕を組んでうんうんと頷く監視人形。
「そっか……ありがとね」
寂しさに寄り添ってくれた監視人形に感謝を伝える柊。
(……このぬいぐるみも、中庭の吸血鬼……琥珀に返さないとなんだよなぁ)
少し残念そうにぬいぐるみの頭を撫でる柊。
「ま、明日返せばいいか」
そんなことを考えながら柊は立ち上がっては監視人形を抱きかかえ、リビングへと向かうのであった。
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