ここは魔法の国?/改稿版- 第29回電撃大賞1次通過作

灰色 洋鳥

第1話

 彼が横たわるシートのディスプレイに赤色のメッセージが表示され、今日のノルマが終わったことを伝える。


「ゐノ伍號、今日はここまでにしよう」


 彼は、思考を言葉にしてプロセスの終了を宣言した。


『了解、タカユキ。オツカレサマ』


 相棒のイルカからの返事は、思考で帰ってくる。仮想粒子・シンメトリオン感受性を介した精神感応魔法の一種である。思考なので印象なのだが、ゐノ伍號は『了解』だけは流暢に返事する。それ以外の言葉はなんとなく片言に聞こえた。

 ややあって、表示が全て緑になりロックが解除された。

 もうすっかり身体に馴染んだジェネレータシートのプロテクトシェルをずらし身体を起こした。このシェルは事故が起きた場合に、彼を守るためのもので内部に各種情報を表示するようにもなっている。

 この部署に配属されて半年になる。首の後ろの生体モニタインターフェースもいまは体の一部として意識することもなくなっていた。ただ、無意識のうちに触ることが習慣になっていた。これで魔法を使っている間の脈拍・血圧など体調を監視している。


 彼はシートに腰掛けたまま、十メートルほど離れた場所にある水槽にまどろむ相棒に意識を凝らした。そこには全長二メートルほどのイルカが半覚醒状態で入れられている。イルカには色々な電線が取り付けられ収集された生体情報が側のモニタに表示されていた。

 相棒のイルカは、魔法適性と性質などから選ばれた個体の生殖細胞に遺伝子操作を行い魔法適性を向上させ生み出されたクローン個体だった。

 こいつは気のいいやつで、彼の勤務の開始前や休憩中にどこで聞いてきたのか冗談で笑わせようとしてくる。落ち込むことのあった日にはさりげない話題をふってきたりと、そこらの人間よりずっと人間らしかった。彼はすっかりそのイルカ『ゐノ伍號』を気に入っていた。



 彼らがいるブロックの向こうには十メートルの高張力コンクリートと厚さ一メートルの鋼鉄で仕切られた内径五メートルほどの空間がある。この空間が魔法炉の心臓部であり、その空間は先程までエネルギーの奔流に満たされていた。いまでは名残りの放射線がかすかに検知されるレベルになっていた。

 魔法炉の中心には量子時空のポテンシャル差異による他宇宙のエネルギーが流れ込む。この制御魔法(提唱者の名前を取りハラダ・タワラ・メソッドと呼ばれる)にはかなりの時空間干渉力魔法力を必要とし、不足する魔法力を補うため外部脳としてイルカを使用する技術が完成していた。この魔法炉の実用化で温暖化ガスの問題は解決でき、増え続けるエネルギー需要にも応えることができていた。しかし、今や人類が生み出すエネルギーそのものが地球環境に影響を与えるほどになっていた。

 ここは、国のエネルギー省管轄の外郭企業のエネルギー生産プラントのひとつ。魔法炉と彼らを守るプロテクトユニットと同じものがここにはあと十基ある。

 全国に同様なプラントが百ヶ所あり、一つのユニットは三交代で使うため、ざっと三千人の魔法使いがエネルギー生産に従事していることになる。もちろん交代要員、サポート要員などもいるため、総数では約一万人を越える魔法使いがエネルギー生産に関係していた。これは、日常的に魔法を行使できる人間の半数近かった。


『タカユキ、ドウシタ。ハラヘッタカ?』


 いつまでも動かない矢野のことを気にしたのか、ゐノ伍號が話しかけてくる。


「ははは。気にしてくれたのか、ありがとう。確かに腹が空いたな。それじゃ、ゐノ伍號また明日な」

「矢野! いつまでぐだぐだしている。ノルマをこなしたならさっさと退社しろ。残業代がかかるだろうが」


 プロテクトユニット内の通話装置から怒鳴り声が響く。上司の虎谷だった。


「おおかた、イルカと雑談でもしていたのだろう。雑談に金は出せん、さっさと帰れ」


 虎谷は普通の人だ。魔法使いは仕事の道具としてしか見ていない。管理能力だけで今の地位についた人物だ。だからなのだろうノルマと効率にはとても煩い。矢野は逆らいたくなる気持ちを抑えて素直に返事をする。逆らっても何の益もないことはとうに学習していた。


「すいません、ブロック長。失礼します」

「まったく、動物と話をして何が楽しいのやら」


 上司の言葉は無視して同僚のイルカに挨拶をするのだった。


「バイバイ、お疲れさま。また明日な」

『バイバイ、マタアシタ』


 通話装置の音はゐノ伍號には聞こえない。彼は伸びをしてシートから立ち上がった。シートのシェルに表示されていた彼の名前『矢野貴之』の表示が消え『未使用』と変わる。

 ロッカーで私服に着替え帰宅するために施設を後にした。

 矢野はいつもなら公共自動運転タクシーで自宅までまっすぐ帰るのだが、今日は寄り道の気分だった。自宅に帰るとお見合の話をされる。いいかげんにして欲しかった。

 政府の方針は資源としての魔法使いをいかに増やすかだ。魔法適性のある人間は早婚が奨励されている。とはいえ、強制はできないので税を優遇している。魔法使いの子が結婚したなら、親たちの税金も十年間安くなる。特に魔法適性があるもの同士の婚姻の場合には、ほとんど無税に近くなるのだ。もちろん両親たちも同様だ。

 というわけで、矢野は高校を卒業しエネルギープラントに就職したとたん、見合いの話やら、結婚の話題でいい加減嫌になっていたのだった。




 魔法が物理空間における対称性に干渉する力だと物理的に説明され。その原理が応用されて、社会の基盤となっている世界。発見から百五十年をへて、人類はエネルギー問題を解決し繁栄を謳歌していた。


「今世紀前半で問題になっていた人類の活動に伴う地球環境破壊は、その人類の存在さえ危うくしていた。いや、魔法の応用無くして絶滅は避けられなかっただろう。温暖化による環境変動の暴走は後戻りできないところまで後一歩だった。核融合は技術的理由から間に合わなかった。魔法の応用により人類はギリギリで生き延びることができたのだ。

 いまやマルチバース宇宙間における量子時空のポテンシャルエネルギーの差異を魔法により取り出すことでほぼ無限のエネルギーを利用できるようになっていた。

 人類はいまや宇宙にも版図を広げつつあった」


 これは、人類の歴史としてよく用いられる説明文である。そしてこの説明には決して触れられない事実があった。

 魔法は物理空間における対称性に干渉する力だというのは事実であり。なぜできるか理由はわかっていない。魔法の作用の一部を表す物理方程式は見つけたが、理解はできていなかった。ただ、仮想粒子・シンメトリオンを介して干渉をする、と説明されている。


 仮想(有るとしたらと言う本来の意味での)粒子・シンメトリオンは意味と結びついており、魔法を行使するためには意味を理解できる脳と、魔法を行使する意思が必要であった。そして、その通り、物理的機械では魔法を行使することができなかったのである。つまりどんなに優れたAIでも魔法を使うことはいまだできなかった。クローン技術を利用した半機械脳も作られたが、倫理的問題と、原因不明(機械部分との接合部が仮想シンメトリオン粒子の制御に干渉すると考えられた)で不安定化し必ず破綻する(生体脳が発狂する)ため実用化されることはなかった。

 これがどういうことか、人類の繁栄を支えるためには常に誰か、魔法使いがその需要を賄うだけの魔法を行使し続ける必要があるということであった。


 生まれつきの魔法使い(魔法を使う能力をもった人間)は、自然ではごく稀にしか誕生しない。生まれながらの魔法使いは少ないのだ。

 人類は魔法使いの需要をこなすため、素質のある人間の発見法と効率の良い育成方法を開発した。素質のある人間は美麗字句の元、ほぼ強制的に魔法使いの能力を開発されていた。それでも全人口の二千人にひとりの割合だった。


 その中で、特に大きな魔法力(物理干渉力)をもつ高ランク魔法使いは社会の様々な分野で厚遇され、社会的地位も尊敬もそれなりにもっていた。それ以外の、魔法使いのほとんどを占める低レベル魔法使いは、それなりのレベルの生活は保障されているものの、エネルギー生産プラントで魔法能力をすり減らしその一生を終える運命を強いられていた。

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