第33話:それぞれの計画、それぞれの対処

『――って、ことがあったんだよ』

『すげぇ情報』


 連理れんりは思わずそう返した。

 それは明里あかりからの通信で、彼はあの部屋で起きたことの一部始終を聞くこととなったのだ。

 それに、天音あまねがどこかにいってしまったことも。


 天音からは、事前に連理たちにも通信が来ていたが、あの通信のあとにそんなことがあったことを知り、二人は驚いた。


『までも、まずは明里が生きてるみたいでよかったよ。問題は、天音さんの行方かぁ』

『うん。また、一人で抱え込んでるみたい』


 悲しげな声が通信越しに聞こえた。


『……また抱え込んでいる?』


 零夜れいやが訊き返した。


『そっか。二人は知らないもんね。私が前に天音ちゃんと一緒に地下に落ちた時のこと。あのときも、私になんの説明もしないで、全部一人でどうにかしなきゃ、って思ってる感じだった』

『そういや前にも通信があったが……そん時もこう、自分は大罪を犯したから、それを自分で清算しないと、みたいなことを言い出しそうな勢いだったな』


 あの時すでに異常さの片鱗へんりんは見えていた。

 彼女からしてみれば、自分は取り返しのつかないことをしてしまった上、誰かのためを思ってした行動も、すべて裏目に出ていたのだ。


 そのせいで、強い自責の念に駆られていたのだろう。


『別に、罪だとかなんとか、こっちは微塵みじんも考えてないのにさ』


 不服そうな声が通信越しに聞こえた。

 明里にしてみれば、天音は物事を勝手に悪い方向に解釈し、勝手に行動しているようにしか感じない

 それはまるで、自分たちのことを信用していないと言われているようで、気分が悪かったのだ。


『そうだな。さて、それにしてもどうするかだな。とりあえず捜索は一旦後回しで、まずは装置の停止をしなきゃだろ』

『天音ちゃんはどうでもいいってこと?』


 明里の怒気が混じった声が聞こえてきた。

 連理があまりにも軽い声色でそう言ったことに対して反応したのだろう。


『いや、そういう意味じゃなくてだな――もし装置が起動したら天音も俺達も、全員お釈迦になるだろ? 助けるにしろ助けないにしろ、まずは装置を止めないと。だからまあ、ただの優先度の話だ』


 それに対し、連理は丁寧に言葉を並べて説明した。


「気持ちが落ち着かないのは分かるが、それで連理にあたってもしょうがないだろう。誰かにあたるんじゃなく、本人が戻ってきたときにでも思いっきり叱ってやってくれ」


 さらに、零夜も明里をなだめるようにそう言った。


『……分かった、ごめん』


 一拍置いて、小さな声で謝罪が聞こえてきた。

 一気にたくさんのことが起きて、ひどく動揺しているのだろう。


「後で捜索もするが、今は無理だ。それに、天音さんだって強いから、そう簡単には死なんだろ。信じるって意味でも、まずは装置を止めよう」

『そうだね、ありがとう』


 どことなくトーンダウンした声だった。

 天音の安全が確定したわけでもなければ、ケテルのこともある。


 さまざまなことが急に起きて、明里も落ち着けていないのだろう。


『とりあえず、もうすぐ着くから切るぞ』

『分かった。じゃあね』


 返事を聞くと、連理は通信を切った。

 さて、これからどうなるか。装置の停止に、ケテルの討伐に、天音の捜索。三つもやることができてしまった。

 ケテルに関しては無視できる可能性もあるが、依然として危険であることに変わりはない。


 連理は一抹いちまつの不安を感じながら、下層へと降りていった。


 ◇


 巨大な円柱と緑の球体があった部屋にて、連理、零夜、明里の三人が合流した。

 事前に通信機で情報交換は行っており、すぐにでも動ける状態だ――が、まずは連理が例の兵器について観察するようだ。


「これがその『兵器』か……うわマジでヤベェなこれ」


 連理は緑色の球体を見てそう呟いた。

 彼の眼前には説明のウィンドウボックスが表示されており、それはそれは長い文章だった。


 作られた目的から、機能についての詳細、取り扱いの説明。注意点などなど。

 目的に関しては、異世界に存在した頃の話らしく、今は特に意味をなさない文章だろう。敵対者を有効活用するためといった趣旨しゅしのことが書かれている。なかなか恐ろしい文言もんごんだ。


 機能については『周囲に存在する対象となった人間の魔力、生命エネルギーを吸い取り、すべてのエネルギーをリアクターに溜める装置』と書かれていた。

 さらに、そこから下の操作パネルで操作すると、別室にてエネルギーカプセルとして排出される、とのことだ。


 ケテルはこのエネルギーが目的なのだろう。


「具体的にはどうなんだ?」

「大体秋花先輩が言ってた話と同じだな。人のエネルギーを吸い取って、このリアクターとやらに溜める。んで、パネルを操作すれば別室からエネルギーカプセルが生えてくるってワケだ」

「確かに秋花さんの話と一致するな……それにしても、あの人はそれをスキルもなしによく知っていたな」

「まあ先輩は知識量がヤベェからな。なにげに、管理局内部でも重要人物だし」


 連理は『さて』と言ってから、合図した。


「それじゃ、早く出発――」


 その時、明里のポケットから可愛らしい通知音が鳴った。

 スマートフォンに入っている何らかのSNSアプリからだろう。


「……全然雰囲気ねぇな」

「ご、ごめんって! ――あれ? でもなんで繋がってるんだろう」


 明里はそう言いながらスマホを取り出した。


「上で電線の工事をしていたし、それの影響かもしれない。魔力が辺りをただよっている場所では、電波が変な方向に飛ぶということもまれにあるそうだからな」

「ふーん……」


 明里はそう言いながら、シャッシャッと画面をスクロールしながらSNSを見ているようだった。


「おい、早く天音を助けるって話は――」

「あーっ! そうだ!」


 連理が明里を止めようとしたところで、彼女の頭の上に電球が浮かんだ。

 もちろん、比喩ひゆとして


「配信しよう!」

「「……は?」」


 連理と零夜の疑問の声が重なった。


「いやほら、ちょうど今インターネット繋がってるでしょ? だから、配信しながら協力を呼びかけてみるのがいいんじゃないかなって。特に、天音ちゃんの捜索のこととかさ」


 明里は画面を見せながらそう言った。

 どうやら、今しがたインターネットが繋がったことで、情報共有を行おうとしている生徒が多く居るようだ。救助依頼を出したり、逆にそれを受理して救助に向かったり。

 狭いコミュニティ間でコミュニケーションが取れるSNSアプリには、そういったメッセージが多く送られていた。


 零夜がその通知量の多さに内心仰天していたのは内緒の話だ。


 ――ともかく、今回の騒動の中では、自ら行動しようとしている生徒が多く存在する、ということだ。それに加えて、鮮度と正確性の高い情報を欲しがっている生徒が多く存在している証拠でもある。

 さらに言えば、連理がここに戻って来る過程でも、その様子は観察できた。ステージ部屋はかなり落ち着いていて、その中で動ける生徒がそれぞれ救助活動などを行っていたことは知っている。


「解決に向けて行動してる人も多いらしいし、みんなは俺の配信をもとに情報共有だってできる――確かに、やってみる価値はありそうだ」

「でも大丈夫なのか? こんな大事件のことを勝手に配信して……」

「それはあれだ、ウチの学園の人と、その人が招待した人限定の配信にしよう」


 連理が使っているサイトの機能に、限定配信機能がある。

 大抵は投げ銭などをくれた特別なユーザーのみに対する配信を行う機能だが、一応プライベートな内容を流すための配信としても使うことができる。


 そのため、それを使えばあまり外に情報を流出させすぎることなく、生徒間での交流が行えるということだ。

 招待に関しては、まず連理の友人数名を招待し、さらにそこから配信を拡散してもらえれば、十分な数の視聴者が集まるだろう。


「ま、勝手に外に動画流すヤツは居るかもだが、それは知らん。そもそも、どうせこの事件のことは後で全世界に公開されるだろうしな。したかったのは、こういうことだろ?」

「そっ、そうだねっ!」


 同意を求めた連理に対し、明里は冷や汗を垂らしながら元気よく答えた。

 そこまで分かった上での提案というより、ただの思いつきによる提案といった方が正しそうだ。


「……分かってなかったのかよ」

「さ、さぁ! とっとと配信準備! 今は一刻を争う事態なんだから! 早く天音ちゃんを助けよう!」


 零夜に睨まれながら、明里は連理に催促した。

 正直いえば、彼女にとっては学園の名声なんて知ったこっちゃなくて、天音の身の安全の方が大事なのだろう。


 公開配信をする場合なら、自分たちの配信が後で証拠として集められて、警察の事情聴取に奔走したりなんてこともあるかもしれないが――それだって、最悪問題ないとまで言いそうな勢いだ。


「わーったわーった。とりま配信上では、事件の黒幕を追いかけてて、ソイツが遺跡のヤベェらしい兵器を起動しようとしてるから、俺の能力でそれを止めようとしてるって設定でいくぞ?」

「嘘……は吐いていないが、本当のことを話すわけでもない、ということか」


 あごに手を当て、神妙しんみょうな顔で頷いた。


「余計な情報を話せば、混乱を招くだけだからな。こっちの方が向こうはもっと幸せになれる」


 嘘は吐いていないが、本当のことも言わない。

 なんというか、配信者らしい嘘の吐き方とも言えるだろう。


「あまり気分のいいものではないが……そうも言っていられないな」


 それから、零夜は決意を固めたような表情で顔を上げた。


「あと、配信の中では天音ちゃんの救助依頼を出すのも忘れずにね!」

「おうよ。あとはそれ以外にも魔物討伐だとか、ケテルの居場所の確認とかも依頼すっか」

「ケテルについては、警戒しろということはしっかり伝えるんだぞ」


 三人とも、軽く意見を出し合いながら話を進めた。

 どれも、忘れてはならない大事なことだ。


「ああ、じゃあ――配信始めるぞ!」

「「了解!」」


 ◇


 ――――

 ――


「はっ、はっ……」


 天音は、必死にある場所へ向かっていた。


 別に、単身生身でケテルに挑もうだとか、そういうことを考えていたわけではない。

 それが無駄死にになることくらい、彼女だって理解していたから。


 しかし、倒せるであろう方法がこの遺跡に存在するなら?

 彼女が知っている遺跡の施設の中には、やりようによってはあのケテルさえ殺せてしまうのではないかという設備がある。


 ――例え、それによって自らの身が危険に晒されるとしても、ケテル討伐が成し遂げられるのであれば? また、話は変わってくるだろう。


(私が、止めないと。アレを使えば、絶対にケテルを殺せるはず……)


 天音は以前、秋花から遺跡の設備については色々と聞き及んでいた。

 中には、『人間の生命エネルギーを丸々遺跡に吸収させ、遺跡内に存在する光学兵器の動力源とする装置』があると聞いた。

 また、その設備がある場所では、同時に他エリアの光学兵器を操作することもできると聞いた。であれば、狙いをつけてから、設備の起動と同時に兵器の発射をすれば一人でそれをケテルに当てることだってできるはず。


 とはいえ、その設備は危険なため、現在は魔術的な封印を施されているそうだ。

 しかし、秋花は『天音ちゃんにすら解除できちゃえる程のずさんな封印だけどね』と言っていたのだ。


(それでアイツが死ななくても、最悪みんなが装置の停止できる時間さえ稼げればそれでいい)


 天音はそう考えて、ただ突き進んだ。

 自らが犠牲になってでも、止めてみせると。


 このことをみんなに言ったらどうせ反対されるだろうから、自分一人でさなければならないことだった。それに、今回の事件の原因はすべて自分にあるのだから、自分一人ですべて解決するのが妥当だとうなのだ。

 彼女はそう思っていた。


(私が起こした問題だから。私の責任だから、私がどうにかしないと)


 チリ、と首筋に何か違和感が走った。


(気の所為せい――)


 その瞬間、違うと気がついた。その違和感は、大きな魔力の反応だった。首筋に向かって伸びる、強力な攻撃魔法の予兆。

 直前まで隠されていたせいで、気が付かなかったのだ。


 唐突に、殺気が膨れ上がった。今まで、ダンジョンの魔物との戦闘では感じたことのない、恐ろしいものだった。

 ぞわりと悪寒おかんがして、天音はとっさに超短縮した詠唱で防御魔法を展開しながら横に回避を行った。


 普段は行えないような短縮詠唱のはずだが、さしずめ火事場の馬鹿力と言ったところだろうか。


「――守れッ! 《フォーティス》!」


 何が来るか分からなかったからこそ、回避と防御を同時に行った。

 物理的な攻撃であれば、防御魔術で攻撃を減速させ、回避を行うことで被害を最小限に抑えられる。

 そうでなく物理的な要素が比較的薄い、エネルギー的な攻撃だとしても、防御魔術で威力を軽減しつつ、回避をすることによって急所を避ける。


 ――しかし、その攻撃は予想よりもずっと速く、そして強かった。


「ぐっ――!?」


 体勢を崩すこともいとわず横に跳んだはずだったが、その攻撃は天音の肩をかすめ、肉をえぐった。

 ヒリつくような、かゆみとも痛みともしれない感覚が肩に一瞬走る。それから数秒経った後、まるで体が本来の痛みを思い出したかのように、じわりじわりと激痛に変わっていく。


(これは比較的エネルギー的な攻撃……純粋な魔力による攻撃? ――違う、単に純度が高いだけの炎の光線だ!)


 だが、この痛みは何か、今まで感じたことのないものだった。単に『火力が高い』というだけでは説明のつかない、異常さ。

 違うのだ、いつものそれ攻撃と。


 体を起こし、何が、あるいは誰がそれを撃ってきたのかを確かめるべく、彼女は目を凝らした。

 いや、本当は誰が撃ってきたかなんてはなから分かっていた。


 だから、その予測が正しいかどうかを確かめるだけの行為こうい、とも言えるだろう。


「いやぁ、やはりキミも戦闘では・・・・なかなかやるね。今の攻撃が致命傷にならないとはね」


 通路の奥から悠々と歩いてきたのは、ケテルだった。


(どうして、こっち側に――)


 そう思ったとて、今目の前にケテルが居る事実は変わらない。

 どう切り抜けるべきか――天音は自身の頭をフル回転させた。

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