第30話:秋花との再会
◇
一方、
階層と階層をつなぐ、エリア端の小さな階段を二人は降りていく。
「この階段を降りた先の通路から分岐した大部屋に、秋花しゅうか先輩が居る可能性が高いようです。警戒を強めますよ」
「……うん」
明里がどこか緊張した
それから階段を
壁や天井が黒い金属でできており、どこか近未来的にも見えるせいかもしれない。
また、本来ならこの通路には魔物も存在するはずだが、今は居ないようだ。
しばらく歩くと、横に少し大きな通路が見えた。
天音が体を隠しながら奥を見てみると、ここが目的の大部屋であることが分かった。
「……進みますよ」
天音はゆっくりと歩み始め、明里もそれに着いて行った。
通路の中から部屋の様子を観察してみると、、部屋の中心には巨大なホログラムの地図があるようだ。さらに、その周囲には無数のコンピュータのような機械もあるようだった。
壁側には、コンピュータの他に封がされているコンテナのようなものがいくつか置かれていた。このダンジョンにおける宝箱のようなものだろう。
他にも金属製の棚やテーブルなどが置いてあり、大部屋ながら遮蔽は多かった。
とはいえ、今は魔物も見えないため、遮蔽物として使うことはなさそうだが。
「すごい……」
「確かに、このような巨大なホログラムは他では見られないでしょうね」
明里が漏らした言葉に対して、天音が小さな声で反応した。
そしてさらに辺りを観察すると――居た。
鮮緑色の髪をした、一人の女子生徒。
そう、
背中には
普段は少し値の張る長剣と魔術拳銃をメインに据えながら、小物を多く使って戦うのが彼女の戦闘スタイルだが、今回は随分本気なようだ。
「しっ――居ました。まだ気がついていないようです」
どこか緊迫した状況に緊張しているのか、明里は必死な顔でこくこくと頷いた。
この空間自体大きく、ホログラムからは小さなノイズのようなものが常に聞こえている。そのため、まだ音でバレるような事態には発展していないようだ。
「静かに近づいて、銃を突きつけ尋問します。失敗したら、カバーをしてください」
「わ、分かった」
天音の並々ならぬ真剣さに、明里は少し気圧されながらショットガンを構え直した。
どうやら、秋花は無数にあるコンピュータのうち一つを弄っている最中のようだ。
そして、後ろ姿だけでも分かるほどに彼女は焦っていた。
「――ああもう! ほんとなんなのこの遺跡! というか、どうせアイツが何かイジってるせいでこんな大変なことに……」
秋花は何やら叫びながら熱心に普通のコンピュータよりかなり大きなキーボードを叩いている様子だった。そのキーボードは、遠目で見た限りでも知らない言語で配列されていることが分かった。やはり、普通のコンピュータではないということなのだろう。
天音は一歩一歩秋花に近づいて、ついに目と鼻の先の距離まで到達した。
そして、銃を構えた。
「――止まってください、秋花先輩」
「天音ちゃ――」
驚きと嬉しさの混じった表情で振り返った秋花は、眼前にあった死が射出される穴を見て背筋が凍りついた。
それから、彼女はゆっくりと手を上げながら息を吐き、こう言った。
「一体、これは、どういうこと?」
「こちらこそ、聞きたいことが沢山あります――今回の事件の首謀者である異世界人の『組織』と、いつから、なぜ結託したのか、とか」
天音は
「……ああそういうこと。アイツ、そこまで用意周到だったんだ」
秋花は諦めたような表情で、乾いた笑いを漏らした。
天音は意図の読めない、その言葉と表情に対して恐怖感を抱いた。
なぜなら、それは『自分の予想がどこかで間違っていた』ということを証明しているかのように思えてしまったからだ。
「こっ、答えてください!」
天音は不安から声を荒らげる。
一方、明里はショットガンを構えたまま、どうすればいいのか分からずおろおろしていた。
「まず、私はケテルとは結託していないわ」
それから、淡々と彼女は語り始めた。
「……やはり、彼女のことを知っているんですね」
天音は幾分か冷静さを取り戻し、銃を構え直した。
結託していないとは言っているが、ケテルの存在を知っていることは分かった。だから、秋花はシラを切っているのだ、と天音は認識していた。
いや、単にそう思いたかっただけなのかもしれない。
「ええ。彼女を止めるために、ね」
「……騙されませんよ」
「むしろ、騙しているのはケテルの方なんだけどね。キミは、長い付き合いの私より、アイツを信じるのかな?」
しかし、秋花も
「それは――いえ、だって、証拠があるんです。ダンジョン管理局の取引記録の中には、
「そこまで、ケテルが介入していると言ったら?」
秋花の鋭い視線が天音に突き刺さる。
天音は一瞬納得してしまった。確かに、そこまでの改ざんができていたなら、秋花が黒幕でないこともあり得るのではないか、と。
しかし、すぐに天音は反論した。
「それは、無理でしょう! 彼女にそこまでの介入ができるとは思えません」
思わず大きな声が出た。
「できるのよ、できたのよ。だから、私が彼女の介入を止めようとしてたんだけどさ。まったく、完璧じゃなかったみたいだね」
押し殺すような、悔しさの混じった声色で彼女は言葉を紡いだ。
秋花も、天音がケテルに騙されていることは予想外だったのかもしれない。
「アイツは、私が邪魔になることをなんとなく予想してたんだろうね。だからこそ、彼女はキミを騙すなんて回りくどい手まで使って、私の動きを阻害しにきた」
自嘲するように秋花は言った。
「何が、言いたいんですか」
嫌な予感がしていた。
天音の脳裏には『最初から自分が騙されていただけ』という最悪の結論がちらついていたのだ。
「ケテルは、ダンジョン管理局のことだけなら一人でどうとでもできたんだ。でも、私が邪魔だったから、私の動きを阻害するためにキミを使ったってことさ」
「私が、騙されていたと……?」
「うん、そうだよ」
秋花の返答に対し、天音は表情を歪めた。
確かに、それが一番辻褄の合う結論だったからだ。
しかし、それを認めたくなくて、なお彼女は反論した。
「で、でもっ! 私は明らかに秋花先輩を妨害する指示を引き受けるのは避けていました。なら、阻害だってほとんど達成できてはいなかったはずです……」
実のところ、天音もケテルを完全に信用していたわけではなかった。彼女から得た情報は、自身で裏取りをしていたし、指示も受けるものと受けないものを選別していた。
完全に秋花が黒幕だと確信してなかった故の行動だ。
しかし、もしそれらの情報ソースも全て改ざんされていたもので、選別した指示も、もとから全て秋花を妨害するものだったとしたら?
「いやぁ、私が管理局を介して用意したアイテムのほとんどが
「あれは、秋花先輩が用意したもの……? 情報だって、本当のことを言った、はずなのに……」
気がつけば、天音の銃口は段々と下がっていっていた。
「それも、ケテルの手のひらの上だったんだろうね。私には正しい情報を伝えるだろうと踏んだ上で、その『正しい情報』を改ざんする。よくできた手口だよ」
天音は言葉を失った。
「ダンジョン管理局員も一部動いてたけど、ソイツらはケテルの指示で動いてたんだろうね。局員はケテルの傀儡で、証拠は彼女の捏造。そして、私は彼女に敵対していた」
「それが、事件の真相――」
絶望と驚愕、不信がないまぜになった声色で、天音は呟いた。
「状況が飲み込めたみたいね。とりあえず、銃は下ろして欲しいかな」
く、と銃口を手でどける秋花の動きに対し、天音なされるがままに銃を下ろした。
「私は、最初から全て間違っていて――」
よろよろとその場に倒れ込みそうになったときに、天音は明里に
「天音ちゃん! ……大丈夫?」
明里は心配そうに天音の顔を覗き込んだ。
「ええ、大丈夫。大丈夫です。なんとかしないと。ケテルを止めないと――」
天音がそう言ったその瞬間、大きな地鳴りが聞こえた。
「これは、起動フェーズ転移の音? それとも――ああもういいや。とりあえず、相手さんの計画は順調に進んでるみたいだね……こっちからしたら最悪だけど」
それを聞いて、秋花は頭を抱えた。
どうやら、今回の事件で起きていることについてある程度は把握しているようだ。
「天音ちゃん――と明里ちゃんだったっけ? 着いてきて。ケテルの居場所は見当がつく。これから、かなりマズいことが始まるハズだから、止めに行こう」
「……分かりました」
天音は秋花と顔を合わせられず、俯いたまま返事をした。
「はっはい!
緊張からか、明里は敬礼と共に変な挨拶をした。
「細かい説明は走りながらする。ここにショートカットがあるから、そこから行こう」
秋花はパチパチとキーボードをいじると、隣りにあった赤色に発光した鍵マークのついた扉が、今度は緑色の光に変わった。
おそらく、鍵が開いたのだろう。
秋花は扉を押して開くと、奥の階段を駆け降りた。
「わーお、博識」
「秋花先輩の知識量は、昔からかなりのものでした。ここも、解き方を覚えていたのでしょうね。この遺跡の言葉だって、全て読める方ですから――行きましょう。私が、なんとかしないと」
先に走っていった秋花の後を追うように、天音も走り出した。
対して、明里はそんな天音の後ろ姿を眺めて、呟いた。
「……一人で抱え込まないでって、言ったのに」
それから、明里も二人に着いて行った。
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます