第27話:思わぬ再会
燃えるユニコーンから射出された炎の球体は、真っ直ぐ天音の背中目掛けて飛翔する。
明里はそれを止めようと手を伸ばすが、この距離ではまったく届きそうもない。
今まさに着弾するというその時、明里は恐怖からぎゅっと目を瞑る。
がしかし、明里の耳に聞こえてきた音は、火球の爆発音ではなく、甲高い金属音と氷の割れる音だった。
「どっせーい!」
明里が目を開けた時、そこに居たのは
彼女は
「先輩カッコいいーっ!」
そして、以前蓮華のお迎え(?)をしていた茶髪の女子生徒が、まるでファンクラブかと言いたくなるような黄色い悲鳴を上げた。前は蓮華のことをバカにしていたようにも見えたが、どうやら彼女のファンというか、付き人というか、物好きというか――ともかく、そういう
「蓮華……さん?」
それから、後付け感満載の敬称で明里が呟いた。
「蓮華さん!? どうしてここに――それに、あの魔物はいったい?」
いまいち状況を飲み込めていない天音が困惑気味に話しかけるが、蓮華は天音を手で制し、こう言った。
「さぁね、どこからか迷い込んだみたい――でも、詳しい説明は後よ。少し待ってて」
「そういう仕草も素敵です先輩! ――っと、私もやることやらなきゃね!」
すると、隣のメガネを掛けた女子生徒も同じく声を上げ、詠唱を始めた。
「我命ず、彼の者の動きを封じ給え。《バインド》ォ!」
掛け声と共に何か杭のようなものをユニコーンの足元に向けて投げたかと思えば、その杭とユニコーンの足を結ぶように光の輪が生成され、相手の動きを封じた。
バインドの魔術自体、強い拘束力はないため、その場しのぎだが、蓮華にとってはそれで十分なのだろう。
「ナイスアシストよ!」
バインドの呪文を数秒掛けて無理やり振り払ったユニコーンは、蓮華を睨みつけて口の端から炎を覗かせていた。
「先輩! ブレスです! 気をつけてください!」
「了解!」
掛け声を聞くと、蓮華は剣に纏わせた冷気をさらに増幅させ、一度立ち止まって力を込めてから剣を振りかぶった。
その瞬間炎のブレスが発射されるが、蓮華の長剣はまるでそれを切り裂くかのようにしてブレスを霧散させた。
さらに、その中で一歩ずつ前進していたのだ。
「冗談でしょ……?」
天音のもとへ駆け寄った明里が顔を引きつらせる。自分も前衛だからこそ、目の前の状況は信じられなかったのだ。
明里もあのブレス程度ならば避けられるだろうが、霧散させながら突き進む、なんて芸当はできない。無詠唱魔術の使い手だからこそのことだろうが、明里は内心身震いしていた。
「理論上は可能ですが……あれはやはり無詠唱だからこそできることなのでしょう」
天音はそう分析し、驚きながらも関心している様子だった。
「ガラ空きよ!」
ブレスの中ユニコーンの間近へと接近していた蓮華が、相手へ一撃を叩き込み、ユニコーンは大きく後退した。
それから、蓮華は天音の方へ向き直り、こう言った。
「天音……だったかしら? ここは私がどうにかするわ。あなたは私を置いて先へ!」
「! ――ありがとうございます!」
一瞬上の空になるが、すぐに意図を理解し、ハッとして天音は立ち上がった。
しかし。
「きゃー! 別に先に行くかどうかも分からないのにカッコつけるためだけにそう言ってしまう先輩のポンコツなところが好きです!」
「う、うるさいわね! こう言ったらハマりそうな雰囲気だったじゃない! 全部ぶち壊しじゃないの!」
黄色い悲鳴とともに正論をぶちかました女子生徒に、蓮華が顔を赤くしながら文句を言った。
「ごめんなさい!」
表面上謝っているが、彼女はずいぶんと楽しそうにけらけらと笑っていた。
「……何してるのあの二人」
「……さぁ?」
天音と明里は二人して首を傾げていた。
「ともかく! 先に行きたいなら、ここは任せて。別に、一人でもなんとかなるわ」
またユニコーンに向き直り、今度は真剣な声色で彼女は言った。
「――本当にありがとうございます。蓮華さん。またいつか会いましょう」
「ええ、またね」
彼女は顔だけ見せるようにしてふっと微笑んだ。
「きゃ――!」
同時に、枕詞として『黄色い』が付く悲鳴をあげようとした茶髪の女子生徒の口を、《バインド》の無詠唱魔術で塞いだ。
「い、いきましょうか。明里さん」
「う、うん」
そうして彼女たち二人は深層へ向かった。
幾多もの魔物をくぐり抜け、生徒達を無視することに一抹の罪悪感を覚える。
少し走り込んでいき、文化祭のエリアでないところまで出ると、急に魔物の数が少なくなったのが分かる。やはり、何か異常が起きていることは間違いないだろう。
それから、明里が口を開いた。
「結局、蓮華……さんはどうしてあんなとこに居たんだろうね」
「まず年上なんですから敬称はちゃんとしてください」
またもさん付けを忘れかけていた明里に、天音が呆れ顔でツッコんだ。
「いやだってほら……あんまり敬意を抱けないと言うか……ドジっ子というか……」
「気持ちは分か――こほん、彼女が今回の合同文化祭でどこの催し物を担当していたのかは知りませんが、今回はたまたま私達のことを発見した、といったところでしょうね」
何かを言い掛けながらも、蓮華があそこに居た理由について推察する天音。
「あ、うん。なるほどね」
それをスルーしながら、明里は頷いた。
「それにしても、あのボスがあそこに居たことは驚きですが……」
「だねぇ。これもやっぱり、誰かの企みってことなのかな」
どこか現実味がない、と言いたげに明里が呟いた。
「それも、チョークポイントをすべて回れば分かることでしょう」
「ま、それもそっか。スキルは残してるし、前線は任せてね」
チョークポイント、というのはケテルとの情報交換の結果、秋花とその配下が高い確率で訪問するであろうことが分かった場所のことだ。
そこを目指して、二人は下層へと降りていった。
◇
『――ええ、そういうわけで、外には魔物が溢れているようです』
『そりゃまた面倒なことになったな』
通信機越しに、連理の声が天音の頭に響いた。
下層に向かっている道中、例の青い宝石型の通信機を握りながら天音と明里は走っていた。通信機は
が、実際に言葉を発してはおらず、思念でのみ会話しているため傍目から通信しているとはあまり想像できないだろう。
『それに、入口も塞がれているみたいですし、ダンガーの発動は避けるべきでしょう。当然、防御能力は依然としてあるのでしばらくは大丈夫でしょうが……』
『そうだな……うし、ステージの混乱が収まったらそっちにも行くか』
『うん。こっちはケテル? さんの言っていた通り、下で秋花先輩と愉快な仲間たちを止めてくるから。大変だろうけどお願いね』
『愉快な仲間たちってな……』
明里の言葉に、零夜が呆れているのが通信越しに感じ取れた。
『それにしても、ケテルという名前はどこかで聞いたことある気がしてならないな……』
それから、どこか不安げな零夜の声が三人の頭に響いた。
『それは……不思議ですね。どこかで彼女と会った――というわけでもないでしょうし』
『やっぱり、ケテルはどこか怪しく思えてしまうな――もともと、掴みどころのない人間だし、警戒は死たほうがいいかもしれない』
『ええ、分かっています。ですが、今は彼女を信用すること以外の選択肢がありませんから』
零夜の言葉にも、天音は
『……まあ、そうだな。そっちも頑張ってくれ――っと、こっちも仕事が来たみたいだ。もう切るぞ』
『了解です。健闘を祈ります』
天音の言葉と同時に通信機は輝きを失った。
それから、二人の目の前には、いつも通りの黒い金属質な素材でできた、巨大な門が見えてきた。
それと同時に、ガシャガシャというエンジン音のようなものが近づいてくる。その音の源は、どうやらその門の中のようだ。
そして、その下には『生徒立入禁止エリア』と書かれた警告色のテープが切られ地面に落ちていた。
「……わぁ、ほんとに誰か入ってるみたい」
彼女の金の瞳が驚きと共に見開かれる。本当に誰かが悪さをしているんだ、という証拠を目の当たりにしたからだろう。
「一番目で当たりですか。幸先が良いですね」
対して、冷静な様子で天音は言った。
「生徒立入禁止エリア……」
それから、明里は床に落ちたテープを見て、不安の混じる小さな声を漏らした。
「魔導監視カメラはありますが、今は緊急事態ですし、入ったとてお咎めもないでしょう……心配ですか?」
「いや、大丈夫だよ。行こう」
明里はかぶりを振って、先程よりも幾分か強い語気でそう言い放つ。
そして、二人はそこに侵入した。
中は巨大な通路で、動いている無数のエンジンのような機械が壁に埋まるような形で存在していた。また、
どうやら、ガシャガシャという騒がしい機械音はこれが原因だったようだ。
さらに、一番奥には扉があり、天音はそちらへ向かって走り出した。
「本来、ここには魔物が居るはずです――何度か遺跡全体を探索したときにこの通路を横目から見ましたが、そうでした」
「でも、今は居ない――ってことは、やっぱり誰かが倒したんだ」
「ええ。直近でここに潜った人は居ないでしょうし、十中八九秋花先輩かその仲間が居るはずです」
そうこうしているうちに、扉の前に辿り着いた。
「――私が蹴破って突入するから、天音ちゃんは変なヤツが居たら捕獲して」
「分かりました。前は頼みましたよ」
天音の返事を確認すると、明里はこくりと頷いた。
「三、二、一――」
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