第20話:天音の回想、彼女との邂逅

 ◇


 数週間前。天音は、異世界人を名乗る少女と邂逅かいこうを果たしていた。


「どうか、キミたちの学園を――いや、鳴神なるかみ 秋花しゅうかを止めてくれ」


 麻でできた古臭いフード付きローブを着込んだ少女だった。

 青い瞳に、紫色の髪。その姿は、服装もあってかどこか薄汚れているような印象が残った。


「――え?」


 彼女は思わず驚きの声を上げる。


「彼女は、ある組織と結託してキミたちの学園の地下にあるダンジョンの掌握を狙っている――それを止めて欲しいんだ」

「いきなり何を――」

「キミはダンジョン探索部に所属しているだろう? だから、秋花のこともよく知っているはずだと思ってね」

「……一体、なぜそこまで知っているんですか?」


 先程までの困惑した表情から一転、天音は警戒を強めた表情で聞いた。


「ああすまない、警戒させるつもりはなかったんだが――知っている理由については『わたしはあそこの学園についてよく調査しているから』というのが答えになるかな?」

「調査して程度で分かることなんですか? それに――そもそもあなたは何者ですか?」


 胡乱うろんなものを見るような顔で、天音は疑問を投げかけた。


「まだ名乗っていなかったね――わたしの名前はケテル。異世界から来た人間だよ」

「異世界……?」


 予想外の答えに天音は眉を寄せる。


「信じられないかもしれないけど、そうさ。おそらくダンジョンの影響だと思うが、気がついたらこの世界に転移してしまってね」


 彼女――ケテルと名乗った少女は、悲しげに目を伏せた。


「そう……ですか」


 それを感じ取ったのか、さっきよりはいくらか緩んだような顔で天音は呟いた。


「もともと、一人でこちらに来て、言語や常識も分からないままだった。当然何もうまくいかなくてね。あの組織を止めるために、ここまで一人でやってきて――いや、身の上話は今はいいか」


 ケテルは小さく笑った。


 しかし、彼女の話の端々から、その人生の凄惨さが伺えた。何も分からない場所で、自分と同じか、それ以下の年齢の少女が一人。それは想像を絶する辛さだっただろう。


 少しだけ同情心が芽生えた天音は、話を聞いてみることにした。


「……話だけなら、聞いてあげましょう」

「もちろん! 本当にありがとう……」


 彼女の肩の力が抜けたような微笑みを見て、天音は少し警戒を緩める。


「まず、秋花はある組織と結託して、キミたちの学園の地下にある遺跡の掌握をしようとしている」

「さっきも言っていましたが、その『組織』とは何ですか? それに、どんな目的で動いているんですか?」

「あの組織は、わたしと同じ異世界人の組織だよ」

「それはまたどうして敵対を?」

「わたしと彼らの信念は合わなくてね――」


 彼女はそう言うと顔を歪めた。


「……分かりました、それ以上は聞きません」


 それを見て、天音は深い言及は避けることにした。


「彼らの目的は詳しくは分からないが、この地に異世界人の楽園を作ることだと聞き及んでいる。そのために、あのダンジョン地下にある優秀な技術群を盗みたいのだろう」

「確かに辻褄は合いますが……」


 天音は、秋花の話を思い出しながら頷いた。

 裏で誰かがあのダンジョンを狙っているのであれば、交流祭の動きがおかしいというのも納得がいく。


 今はその秋花が何かを企んでいるという話をしているのだが。


「さらに言えば、ダンジョン管理局も同じさ。何にそそのかされたのか、利益を求めて遺跡の掌握をしようとしている。ただし、秋花とは別の動きをしながらね」

「そこの二人が敵対しているということですか?」


 顎に手を当て、訊いた。


「その通りだ。キミも、もしかしたら秋花から『ダンジョン管理局には気をつけろ』なんて言われたんじゃないかな?」

「それは――」


 図星をつかれ、たじろぐ天音。


「どうやらそのようだね――それも、おそらく管理局を囮にするための言葉だろう」

「ど、どうしてそこまで知っているんですか!」


 身じろぎ、驚愕の声を上げる天音。


「わたし達異世界人は、キミたちと違って、どうやら外でも魔術が使えるみたいでね。心が覗けるわけではないが、そうやって収集した情報から推測することはできる」


 そう言ってケテルは手の平から小さな炎を出した。


「あの組織と、秋花の動きを止めたい。そのためには情報が必要だが、わたしだけでは限界があった――だから、キミにお願いしたいんだ」


 天音は考えた。


 秋花の話と、ケテルの話。

 照合すれば、今回の交流祭で何かが起こることは間違いないと言えるだろう。

 だからこそ、目の前の人間が信用できるにせよできないにせよ、それを避けるためになんらかの行動を起こす必要があると思った。


 ――加えて何より、目の前の少女はひどく可哀想な存在に見えたのだ。今まで一人で戦ってきたケテルに対して、天音は同情していた。


「――分かりました。協力します」

「本当かい? ありがとう! キミにはダンジョン管理局の内部の話、組織との取引の証拠、秋花と組織の動きについて調べて欲しい。当然、わたしも尽力する」


 ケテルは年相応の笑みを浮かべた。


「ええ」


 何にせよ、秋花からの話もあってもともと行動する予定だった。だから、その詳細な動きについての指示をもらえるのは彼女としても願ってもないことだ――という解釈もできる。


「それじゃあ、次の集合三日後のはここにしよう。そのときは、もっと細かい指示も出せるはずだ」


 そう言ってケテルは一枚の紙を取り出した。普通の白い紙で、その上には手書きの地図らしきものが書かれていた。

 今どき紙の地図なんてなかなか見ないものだが、天音も位置の把握はできた。


「ここですか、いいでしょう」

「本当にありがとう――それと、この話は口外無用で頼む」

「どうしてですか?」

「異世界人の存在が広まると、動きにくくなる。それに、前のような差別を受けるのもごめんだからね」


 彼女はそう言って肩をすくめた。


「……分かりました、善処します」

「本当に、頼んだよ?」


 ケテルはその青い瞳を天音に向け、言い寄った。その深淵のような瞳に、思わず天音は一歩後ずさる。


「……まあ、最悪言ってしまってもいいさ。キミにとって、その行動が最善だと思ったのならね。でも、なるべく言わないようにね」


 すると、ケテルは今度は表情を崩し、そう言った。


「っ……はい、分かりました」

「それじゃあ、また三日後だね」


 彼女はそう言うと、蜃気楼のように姿を消し、どこかへ行ってしまった。


 ◇


「マジでそんなことあったんか……よし、配信のネタになりそうだな」


 連理はぽん、と手を叩いてそんなことを言い出した。


「流石にダメですよ!」


 それに対して、天音がガタッと椅子から立ち上がって大声を上げた。


「この話、別に私は信じるけどね。天音ちゃんが嘘つくとも思えないし」


 精神科発言は冗談だったのか、軽い様子でそう口にする明里。


「それにしても、こんなところで話してよかったのか?」

「周りから見たらただの戯言にしか聞こえないしいいんですよ。それに、むしろ人が多いから小さな声で話せばかき消されて誰にも聞かれません」

「確かにそれもそうか……」


 零夜は納得したのか、口を閉じた。


「私が話せることは以上です。私は彼女の話を一時的に信じ、言う通りにしました――が、もう隠すのも無駄だと思ったので、皆さんにお話しました」

「口外無用とはいえ、一応『良いと思ったなら』つって許可も出てるしな」


 連理が補足した。


「ええ――そして、私はあの後も何度か合流し、ある程度は指示通りに動きました。そのような彼女の指示の甲斐もあり、私は先程お話した管理局の情報を得たのです」

「なるほどねぇ……協力者が居たってことなんだね」


 明里がうんうんと頷いた。


「これを聞いたみなさんが、行動を起こすのか起こさないのかはお任せします。そして、その答えを私に聞かせてください」


 三人の目を見て、天音は言った。


「よし、俺はやるぞ。手をこまねいていても仕方ねぇし、何よりやれば配信のネタにも――いやうん、ワンチャン大々的にバレた時はな?」


 連理はそこまで言いかけて、訂正した。


「俺も協力する――この話を聞いて、何もしないっていうのは、少し気分が悪いしな」

「要は何か楽しくないことが起きるんでしょ? でもそれは嫌いだから、協力するよ! ……難しいこと考えるのは任せるけど」


 三人はそれぞれの形で承諾することしたようだ。


「ありがとうございます……!」


 天音はそう言って破顔はがんした。


「それでは、改めてこれからの予定について練っていきましょうか」

「え⁉ そ、それじゃあ私はちょっと用事ができたので……」


 天音が話を切り出すと、明里は急に席を立った。

 よほど計画を練ることが嫌らしい。


「ダメです。話だけでも聞いてください」

「うえーん!」


 引き留められ、嘘泣きする明里。


「……どうしてもというならあとで通達するだけにしますが」


 それから、少し申し訳無さげに天音は提案した。


「あ、別に本気じゃないからいいよ」

「そ、そうですか……」


 天音が困惑気味に返した。


「……計画、やらないのか?」


 連理がなんとも言えない表情で訊いた。


「や、やります! ――コホン、計画といっても、情報から相手の動きを予測し、それに対処する方法を複数作成する、マニュアルのようなものになると思います」


 天音は気を取り直し、話を切り出した。


「つまり『相手がこうしたらこうする』ってのをたくさん考えていくということか?」

「はい。加えて、それに必要な物資についても勘案していきます。地道な作業になると思いますが、よろしくお願いします」


 そうして、四人は計画を練り始めた。


 ◇


 ~あとがき~


 最後までお読みいただきありがとうございます!


 え~、まず言わなければならないことがありますね。そう、二週連続で更新が遅れ、連続で月曜日に投稿していることですね。

 もうね、本当に申し訳ない限りございます……


 一応言い訳をしますと、最近何かと気を取られることが多くてですね……なかなか小説の投稿に意識を向けられていません。なんなら推敲の時間もそこまでなんですよね……

 完ぺきとは言い難いですが、同時に私の中のDone is better than perfectおじさんが「しのごの言ってないで締め切りは守れ」と言ってくるので、投稿そのものはなんとか続けられております。


 来週! 来週こそは日曜日に……!

 ということで、こんなヤツですが次週もお読みいただけると嬉しい限りです。

 それではまた来週~

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