第14話:衝突、遭遇
「ねぇ! ちゃんと説明してよ!」
明里は天音の肩を掴んで、ぐっと振り向かせた。
その時明里が見たのは、黒い瞳に涙を滲ませている天音だった。薄暗い洞窟の中、唯一の照明である壁の遺跡産ライトが、彼女の顔をほのかに照らす。振り返るときに散った彼女の涙が、その光を反射して悲しげに
いつも冷静で、知的な光の宿るその瞳は、今はひどく淀んでいた。焦りや不安、迷いがその目から伝わってくる。
その瞳の色は、今は黒というより闇という言葉が適切にも感じる。まるで、この先の道のような、闇の色。
二人は放心したかのように、一瞬沈黙する。たった一瞬、けれどとても長く感じる時間。
「……説明はしています。それぞれ、意味があってしていることですから」
それから、天音ははたと気がついたように涙を拭って言葉を返す。
「なんでそんな顔してるのさ……別にいいよ。意味とか」
天音の肩を掴んで、明里は訴えかけるように彼女を見た。何が天音をそんなに急かしているのか、それは分からなかった。けれど、天音自身が楽しそうにしていない、それがとても嫌だった。
天音自身ですら嫌々やっていることを、自分もやるということは絶対に間違っていると思った。天音にとっても、自分にとっても、楽しいことをしたい。
明里にとってはただ、それだけの話だった。
けれど、明里のその純粋な眼差しに対して、ただ目を背けるだけだった。
「あなたを――地上に帰さないといけません。これは、大事なことですから。この先、必要なことなんです」
帰さないといけないと言う、その相手の目すら見ずに彼女は答える。震える手を誤魔化すように拳を握った。
「なんなの! 大事だって、必要だって。いっつもそうじゃん。私には何も教えてくれないくせに、連理と二人で大事そうな話ししてるのに」
珍しく声を荒げる明里に、天音の瞳が大きく揺れる。天音はずっと迷っていた。何が正しいのか、分からなかったから。
「ど、どうしてそれを――」
「どうせ私は知らなくてもいいって決めつけてたんでしょ? バカだから分からないって」
天音はその瞳に炎を幻視した。明里は、確かに怒りを抱いていた。
――バカだから分からないと思っていた。それは図星だった。
「わ、わたしは――」
「私達は、同じ年齢の、同じ人間でしょ……私を、見てよ……」
楽しく笑い合っていたかった。それだけだった。
最初はもっと単純だったはずなのに、どうしてこじれてしまったのか。明里には全く分からなかった。
彼女が何を考えているのか、明里には全く分からなかった。けれど、ただ楽しく生きていたいという思いに、嘘はなかった。
「あなたを、見る……?」
視線が持ち上げられると、二人の目が合った。
――それから、大きなエンジン音が聞こえたのはほぼ同時だった。
「危ないッ!」
天音の黒い
直後、白い一閃が迸る。地面にまで降り下ろされたそれは、岩を軽くえぐり、砂埃をあげながら突き刺さる。
「――えっ?」
振り返った明里が見たのは、巨大な鉄の塊――いや、鉄でできたゴーレムだった。機械的な人型をしており、左手には大きな銀の
およそ戦闘用とは思えない容姿のそのゴーレムは、肩から火花が散っており、体中に傷が走っていた。
そして、その殺意を表現するようにしてエンジン音をけたたましく響かせながら、ぎこちない動きでロックドリルを構えた。
「堅固なる壁よ、我が敵の猛攻に
天音が素手で発動した魔術がすんでのところでそれを防御し、ガリガリと工事音のような音を響かせた。
その間に天音は立ち上がり、急いで距離をとることにした。
「こんのっ!」
その声に振り向くと、起き上がった明里がそのゴーレムに向かってショットガンを撃ち込んでるのが目に入った。
マズルフラッシュとともに、その鉄の巨体に当たった弾丸が火花を散らせる。
明里自身をよく見てみると、頭に耳が生えており、すでにスキルを発動していることが分かる。
身体能力が向上する彼女のスキルは、強い敵に対して効果的だ。
しかし、そんな至近距離での攻撃にも関わらず、相手は怯むことすらなく明里を捉えた。
「うっそ……⁉」
ゴーレムは聞き取れない異音を発しながら、丸鋸を降り下ろす。
それを明里はすんでのところで転がって回避した。地面がえぐれ、小岩が飛び散る。
「一度こっちに!」
「りょ、了解!」
掛け声を上げながら、二人は合流する。
天音もスキルを発動する。天使の翼と光輪が現れた。
「その――私がヘイトを買いますから、後はお願いします」
「うん、分かった」
とはいえ、完全に和解ともいかないようだ。
ぎこちない会話の中、明里はゴーレムから離れるようにしながら、横に展開していった。
相対するゴーレムは、エンジン音を響かせながら天音の方へまっすぐ走る。その速度は身のこなしからは考えられないほど素早く、それを見た天音はその整った眉を寄せた。しかし、捉えられないわけではない。
無造作に突き出されたロックドリルを、天音は翼を動かしながら軽やかな身のこなしで回避する。
天音のスキルの効果は魔力量増加と魔術の威力上昇だ。だが、その翼も飾りではない。飛ぶとまではいかないが、体を動かす際の補助になる。
その間に、裏から回った明里が、肩の火花が散る部分へと攻撃を行った。
その瞬間、ゴーレムが異音を出しながら、その巨体を揺らした。
「ちょっと効いてる――!」
明里の瞳に光が宿った。
しかし、同時に天音の瞳から光が消えた。
それは、明里に対しての失望ではない。明里の後ろに、三体もの同じゴーレムが見えたからだった。
「逃げましょう! 明里さん!」
それを見ると、天音は素早く身をひるがえし、走り出した。
「はぁ⁉ 一体どうして――」
明里は疑問を抱き、彼女が見ていた方角に目をやった。すると、彼女も同じものを見てしまった。今戦っているのと合わせて、合計四対。
この火力、防御力、およそ勝てるとは思えなかった。
「あ、うん。無理だね――どわぁっ!」
体勢を整えた一番近くのゴーレムが、丸鋸を振り下ろした。桃色の髪の一部が切断され、ひらひらと宙を舞った。
そのままの勢いで後ろに飛びのきながら、天音が走っていた方へと彼女も走り出した。
あのゴーレムは、身のこなしは大したことがない。しかし、天音に向かって突進した時しかり、速さは折り紙付きである。
つまるところ、振り切るには少なからず工夫が必要だろう。
「ねぇー! あれどうすんの!」
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