第12話:落ちる

「ここに何かあるっぽくてさ? ……鍵穴?」


 一見ただの岩壁のくぼみなのだが、その奥に鍵穴らしきものがあった。


「おお、何かあったのか?」

「うん……あっ! これもしかして、前拾った鍵のヤツじゃない? ちょっと今持ってる? 試してみようよ」

「鍵か。場所は違うかもしれんが……面白そうだしやってみよう!」

(相も変わらず能天気な人たち……今回は学園紹介という形でやっているのに、変なことして大丈夫なのかな)


 天音はそう思いつつも、口には出さないでいた。


「おっけーい!」


 連理が懐から取り出した鍵を受け取り、それを掲げてからそこに突き刺した。


『また新エリアちゃんですか?』

『これは期待』

『一応オリエンテーション的な配信なのに大丈夫なのか?』


「あっ間違えた……え? あー、ここ?」


 何回かカンカンと壁に当たる音がした後、明里はついに鍵を回した。

 どうやら、使用場所は合っていたらしい。


 ……鍵を挿れるのが下手なだけで。


『下手くそで草』

『そこ苦戦するのか』


「おい、そこでミスるとか大丈夫か」

「だ、誰にでもミスくらいあるでしょ! 文句言うなー!」


 明里は若干耳を赤くしながら言い返す。


「ってコメントで言われてました」

「え?」


『は? 下手くそとしか言ってないが?』

『同じことはコメントで言われてないが? 責任転嫁やめてください』

『プロレス始まるの草』

『なんだここ治安悪いな』


「いやいや、リスナーの皆さんの総意を俺が代弁しましてね……」


 軽くコメントを読み上げながら連理は言う。


「……別にもういいけどさ」


 明里は不満げな顔で連理を睨んだ。


「総意を代弁というか、ただの押し付けですよね?」


 天音が横で呆れていた。


「というかこれ何も起きないの? 押したりしたら何か――うわっ!」


 明里は鍵をポケットにしまって、その壁をぐっと押した。すると、岩同士が擦れるような大きな音がした。

 岩壁が下に滑るように動いて収納されると、その奥に黒い金属の扉のようなものが現れた。その扉に水色の線が走ったかと思えば、そのまま奥側に開き、扉は溶けるようにして壁と同化した。


『すっげ。また新しい場所発見しとるやん』


「お、おお、なんか凄い動きだな。連理はここ知ってるのか?」

「いや、知らないなぁ。でもま、面白そうだし探索にはちょうどいいだろ!」


 連理は楽しそうに笑う。


「お前なぁ、今回一応青幻遺跡ダンジョンの広報なんだから……」

「そうですよ、あまり勝手なことをするとどうなるか……」


 そんな連理に、呆れる二人。


「おー、暗いね。何があるのかな?」


 その間に明里はずんずんと内部へ進んでいった。

 中は照明が存在せず、かなり暗い。その通路はコンクリートのような建材も使われているようで、先程の空間よりもさらに無機質に見える。


「待ってください! まだ安全確認もしていないんですから、前と同じてつを踏むかもしれませんよ?」

「んえ? まあそう――」


 キラリ、と奥で赤い瞳が輝いた。その時、天音はそれに気がついた。


「危ないッ!」


 天音が叫び、明里を突き飛ばす。

 それとほぼ同時、横の壁から小さな針金が風を切って二人の真横を通過する。


 それは近くを飛んでいた配信カメラにぶつかり、カンと音を立てて弾かれた。すると、カメラは地面に落ち、光が消えた。


「え――」


 明里はわけも分からぬまま、後退りながら壁に手をついた。

 ガタン、と大きな音が鳴ったかと思えば、通路の地面がしなやかな動きで下に開く。


 それから明里と天音の体を浮遊感が包むまで、そう長くは掛からなかった。


「明里! 天音!」


 珍しく声を荒げ、連理が叫ぶ。


 二人は、そのままどこかも分からぬ下層へと落ちていった。


 ◇


「う……」


 天音は目を覚ました。

 トラップで下層に落ち、連理と零夜の二人とはぐれてしまったことは覚えてる。


 気がつけば、体は冷たい液体のようなものの上に浮かんでいた。


 天音は『体が冷えるな』と一瞬思ったのだが、不思議なことに体は濡れていなかった。

 よく見るとそれはどこか粘性のある液体で、服に染み込んではいなかった。


 ふと上を見上げると、岩の隙間からその液体が漏れ出ているのが見えた。どうやら、この遺跡のどこかで作られたその液体がここに漏れ出て、結果的に助かったようだ。


(それにしても、腰ほどの高さしか無いのに落下の衝撃を防げるなんて)


 天音は疑問に思った。おそらく、濡れていないところからも察せられるように、何か特殊な液体なのだろう。


「いたっ……」


 足が急に傷んで、改めて自分の体を見下ろす。落ちている途中にったのか、体に無数の傷がついていた。

 それから、天音は一緒に落ちたはずの明里が居ないことに気が付き、周囲を見渡す。


 すると、少し遠くに明里の姿があった。


「あっ、明里さん! 起きてください!」


 駆け寄り、体を揺する。


「うぅん、あとごふん……」

「……何寝ぼけたこと言ってるんですか。早く起きてください」

「いたいいたい! 分かったから! ギブ!」


 明里は頬をつねられ、たまらず飛び起きた。


「はぁ、まあいいですが……それにしても、マズいですね。こんな高いところから落ちるとは。早く――」


 言いかけて、天音はあることに気がついてしまった。


「だねぇ。までも、ダンガーあるし適当にダメージ受ければそのまま帰れるでしょ。心配させちゃうし、早くいこ」


 明里は呑気に歩き出した。


「待ってください!」


 天音はそんな明里の腕を掴み、制止を掛けた。


「うわぁ! どうしたの急に」

「この状況――ダンガーが発動しない可能性があります。慎重に動かなければ、どうなるかわかりません」


 真剣な表情で明里を引き止める。彼女には、この先の暗闇がとても恐ろしいものに見えていた。


「え? どうしたの? 別に、そんなことあるわけ――」

「いいえ。こういった状況下において、ダンガーが発動しない場合がある、という報告は数多くあります」


 掴んだ手を離し、天音は続ける。


「もちろん、同時に発動する可能性もありますが――だからといって、試すのはあまりに危険です」

「そうかなぁ……心配なのは分かるけど」


 どこか上の空な明里。今がどんなに危険な状態なのか分かっていない様子だった。


「今はとても危険な状態です。本来ならダンガーの効果を使って攻撃されて地上に戻るべきです――」

「うん、でもそれはできないって話でしょ?」

「はい。ですから、一刻も早く出口を探すべきなんです」


 天音は液体の海から出て、背負っている銃を取り出し、軽い整備を始めた。


「私の銃の方は――よかった、異常はないみたいですね」

「動き早いねぇ、もうちょっとゆっくりでもいいんじゃない〜?」


 その言葉とのろのろとした動きに、天音は苛立ちがつのる。

 なぜ、こんな状況でも能天気で居られるのか。なぜ、重要なシーンでも考えなしに行動するのか。


「あなたはもっと早く動いてください。今がどんな危険な状態にあるのか、ということも理解していないんでしょう?」

「えー、別にそっちが考えすぎなんじゃない?」


 プツリ、と彼女の中で何かが切れた音がした。自分と、明里の命のために動いているというのに、それが考えすぎだと? そんな考えが天音の頭をよぎる。


「――だから!」


 暗い洞窟の中に、怒号が響き渡った。


「え?」


 珍しく声を荒げる天音に対し、引きつった笑みを浮かべる明里あかり


「どうしてあなたはそんな能天気で居られるんですか! この状況だって、あなたが軽率な行動を取ったからなったことでしょう!」


 言葉に、明里は面食らう。そこまで彼女を怒らせていたとは思っていなかったからだ。

 真面目で小言の多い彼女をちょっと面倒だと思っていたのは事実だ。しかし、確かにこの状況になった原因は明里だ。


「わ、私はそこまで考えるタイプじゃないけどさ。でも、ダンガーだってあるし、大丈夫かなって……」

「ダンガーは万能ではありません。私達学生が探索を行うだけで、ただのアルバイトよりも高い報酬を貰えるのも、安全に見えて相応の危険が存在するからです。この状況、出口が見つからなければ――」


 彼女は一息呑んで、こう言った。


「私達は飢えて、死にます」

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