Prologue10
俺の提案に他の3人は驚きの反応を見せる。それもそのはず、実力行使で大型の人質救出作戦を行う場合の第1条件として、まず犯人よりも多くの人数で行うことが絶対条件である。理由としては、人質救出作戦で一番優先するべきことは当たり前だが人質の命である。それを守るためには作戦開始から迅速に犯人を始末、または無力化しなければならない。そのため、一呼吸で犯人を制圧するには必ず1人につき1人以上の人数が必要になってくるので犯人よりも多くの人数で作戦に臨むことがセオリーになっている。他にも、仕留めきれなかった犯人が人質を盾にした時に、人数が少ないと味方同士で射線の
「奇襲攻撃には賛成だが、まだ明日の午前9時までは時間がある、その前にできるだけテロリストと交渉して1人でも多くの人質を解放してから作戦を行えばいいのではないか?」
ロバート隊員が腕組みをしながら意見を出す。ロバート隊員の言う通り、人質救出作戦はいきなり武力行使せず、人質を解放してもらえるよう犯人と交渉するところから始める。交渉で人質解放できない場合や人質を殺された時の緊急時のみ武力行使に移行するのが普通である。
「さっき警察から聞いたが、奴ら、一部のイギリス軍経由での女王陛下としか交渉せず、警察サイドにいたっては交渉すらしていないらしい。2人も女王陛下から聞いていると思うが奴らの狙いはこのセイナだ。そしてその唯一交渉材料として奴らが使えるのがリリー王女ただ1人。それ以外の人質は奴らにとっては生きていても死んでいてもどちらでも問題ない存在になるってわけだ」
「なるほど、こちらも向こうも交渉材料は1つと限られているというわけか。それでは確かに交渉の余地が無いな」
交渉したところでセイナを囮にリリー王女を助け出すことが仮にできたとしても、他の人質は救出できず用済みになる可能性が極めて高い。
ロバート隊員は腕組みしたままふむふむと頷く。
「幾ら何でも4人でやるのは無茶だぜ。それに、仮にやるとして、
いまだにこの前、俺が
「例え4人でも、作戦と連携でいくらでも上手くいくさ、突入方法はダイナミックエントリーで行こうと思っている」
あまり乗り気でないジェームス隊員に俺が答える。
突入方法は大きく分けて2つある。1つは「ステルスエントリー」これは立てこもり犯にバレないよう建物に潜入し、できる限り近づいてから犯人を無力化するという方法で建物をなるべく壊さず、発砲も少ないので人質、犯人ともに確保できるという利点があるが、欠点としては犯人と人質の人数が多ければ多いほど実行が難しくなる。2つ目が俺の提案した「ダイナミックエントリー」こっちはステルスエントリーと違って壁や窓を爆破や破壊しながら一斉に突入するというもので、利点としては複数人犯人がいても実行できるが、犯人との激しい銃撃戦をしなければならないので味方または人質が負傷する可能性が高くなる欠点がある。
「確かにこっちの人数も少ないし、ダイナミックエントリーの方がアタシも良いと思うけど、
「大まかな場所は考えてあるが、細かい場所については今から決めようと思っていた。
提案した作戦に乗り気なセイナが突入場所について聞いてきたので、俺は地図をもらって細かい突入ポイントを決めようとする。
「テロリストはここの部屋に立て籠もっていて正確な人数は不明だが、警察の情報では7~8人だそうだ」
テロリストの情報と一緒にロバート隊員が電子デバイスで地図を出してくれた。
(礼拝堂周辺は北側に建物があるだけであとはほとんど何もない広場か……)
俺は出された地図を見て「んー…」と唸りながら作戦を練っていると、他の3人が俺の顔を覗き込んでくる。セイナはともかく、あとの2人はガスマスクをつけたままなので表情が全く読めず、なんか威圧感がすごい……
「よ、よし、決まったぞ」
3人の視線鋭い視線に若干の気まずさを感じながらも、細かい突入場所をなんとか決めた。
「そんな簡単に決めてホントに大丈夫なんでしょうね……?」
突入場所を俺が短時間で決めたことに対して、セイナが疑いのジト目をこっちに向けてくる。
「問題ない、俺たちが息を合わせてやることさえできればな。あと作戦前に電話したい人がいるから、ちょっとここで待機しててくれ」
俺は他の3人にそう伝え、ランドローラーウルフから離れてスマートフォンで電話をかける。
「もしもし、エリザベス、俺だ」
「どちら様?私に息子はいないですよ~」
俺が女王陛下にスマートフォンで電話をかけると、電話にでた女王陛下はオレオレ詐欺の電話がかかってきたかのようなよく分からない返事をしてきた。着信表示に絶対「フォルテ」て書いてあるだろ!
「おい……あんまふざけてると許可なしに勝手に暴れるぞ……」
「ふふっ冗談よ。ダメよフォルテ、常に心は余裕は持っておくものよ。で、要件はなに?」
女王陛下の淑やかな笑いと共に繰り出されたつまらないジョークに、俺は少しイラっとしながらも要件を伝える。
「ダイナミックエントリーによる突入作戦を実行するから、イギリス軍と警察の方に協力を要請したい。あとケンブリッジ大学の所有者に連絡だけしといてくれないか?器物破損の恐れありってな」
この作戦のバックアップ要因としてイギリス軍と警察は必要になってくる。直接頼みに言ってもいいのだが、それをするとまた責任だの許可だので時間がかかりすぎてしまう。なので手っ取り早く一番上の人に頼んでもらったほうが早いと判断した俺は電話でお願いをする。
あと、勝手に壊したらそれこそテロリストと同じになってしまうので、あくまで配慮としてケンブリッジ大学の所有者に連絡してもらうよう同時にお願いをする。
「細かい作戦内容はあとで伝えるからよろしく頼む」
「分かったわ。ところで、その建物の請求は誰につければ良いのかしら?」
「俺で構わない。俺が勝手に壊して勝手に人質を救うんだからな」
「あなたが思っているよりずっと高いわよ?ホントに大丈夫?」
女王陛下は心配そうに聞いてきた。確かに500年以上も前の建築物となるとその額は想像できない。だが、幾らだろうと人の命には変えられないし、例えそれが一生をかけても返せない額だったとして俺はやるつもりだった。
「一応貯金はあるからなんとかなるだろ。もし足りなかった時は貸してくれ」
「良いわよ。人質を救ってくれるのであればいくらでも貸してあげるわ」
マジかよ……バックに女王陛下とは心強いな。
「よろしく頼む。ああ、あともう1つ、エリザベス、さっきの言葉そっくりそのまま返すぜ」
「さっきの言葉?何のこと?」
電話の向こうからエリザベス3世の
「さっき俺に、心に余裕を持てって言ってたけど、本当に余裕がないのはエリザベス3世、お前なんじゃないか?」
「…」
図星か。
人間だれでも焦りやストレスで心に余裕がない時、普段やらないような事を無意識にやってしまうことがある。女王陛下のさっきのつまらないジョークがまさにそれだ。娘達や人質の心配をしすぎて心に余裕のないエリザベス3世が自分の気を紛らわすため、普段だったら絶対に言わないようなジョークが無意識にでてしまったのだろう。
「安心しろ、娘達と人質は俺が必ず守るからよ」
「一言多いのよ、バカッ」
ツーツーツー
電話を切られた。俺なりに励ましたつもりだったんだが、ちょっと言い方が悪かったらしい。だが、何はともあれ許可は取れた、これでようやく人質救出作戦を実行できる。
俺はスマートフォンをジーパンのズボンに閉まって、ランドローラーウルフで待っているセイナたちのところに向かおうとした────
「ッツ!?」
殺気、辺りには誰もいないはずなのに、どこからか殺気のようなものを向けられていると感じた俺は、脳で考えるよりも先にHK45と村正改に両手が伸びていた。
周りは、警察のサイレンの音が一定間隔で聞こえてくるくらいで他の音はしない、辺りには人はおろか、他の動物すら見えない。
(ふぅぅぅぅ……)
俺はいつどこから仕掛けられてもいいように殺気を向けられている方向を何となく見ながら心の中で息を吐く。敵の位置が分かっていないのがバレないよう、辺りをキョロキョロと見渡すことができないのでその場でじっと敵が仕掛けてくるのを待つ。冷や汗が顔の左側にある、過去につけられた傷跡を沿って、頬から一滴垂れた。
「あんた、何してんの?」
「ッ!?」
いきなり後ろから声をかけられ俺が咄嗟に振り返ると、いつの間にいたのか、セイナが後ろに立っていた。
「バカッ!?お前この殺気が分から────」
あれ?
「殺気?別に感じないけど?」
セイナは辺りを見渡しながらキョトンとした表情をする。
俺がこの殺気が分からないのかとセイナに言いかけたところで、さっきまで向けられていた殺気が全く消えていたことに気づいた。
「あんた、緊張して変なもんでも見えてるんじゃないんでしょうね?」
セイナは残念そうな人を見る目で俺の顔を見上げながらそう言ってきた。確かに、
「ちげーよ!ホントに誰かに殺気を向けられたんだって!」
俺は全力で否定したが、セイナはまるで
「まあいいや、そんなことより電話は終わったの?」
そんなことと言われて思わず反論しようとしたが、これ以上言っても余計に信じてもらえそうにないので、俺はぐっと喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「ふぅ……終わったよ。あとはランドローラーウルフに戻って作戦の詳細を説明するだけだ」
俺は自分の装備から手を放し、息を吐きながら張り詰めていた気持ちを落ち着かせてセイナにそう答えた。
「そう、じゃあ早く行きましょう。こんなところで油を売ってたら時間がもったいないわ」
セイナはそういうと、きれいな長い金髪のポニーテールを揺らしながら足早にランドローラーウルフの方に行ってしまう。
「…」
俺はセイナを追いかける前に、もう一度背中の方を振り返る。あの殺気、ほんとに気のせいならいいんだけど…
遠くの木の陰から一人、話しをしていた男女二人を見ていた。
あの男、こちらの一瞬の殺気を瞬時に察知してこっちを睨んできていた。
幸い女の方が話しかけてくれたおかげで、ギリギリバレずに済んだようだが、やはりあの男は侮れない。
「流石、伝説の部隊の隊長を務めていただけのことはあるな」
木の陰からポツリとそう呟く。
『どうした?何か問題でもあったか?』
独り言を聞かれていたのか、耳に着けていた小型インカムから声が聞こえる。
「こちらの殺気を感じてターゲットが気づきそうになりましたが、計画に支障はありません」
『そうか、では引き続き計画を実行せよ』
「はっ!」
インカム越しに短く会話を済ませて、誰かに傍受されないように通信を切った。
(さて……)
そろそろあちらが仕掛けてきそうなので、こちらも準備をするか。
木の陰にいた人物はそのまま闇へと消えていった。
ここに囚われて何分、何時間経過したのだろう。私は周りの恐怖に怯えている人質たちを見渡しながらそんなことを考えていた。午前9時頃、テロリストにここに連れてこられ、スマートフォンなどの電子デバイスや時計などは全て没収されているせいで正確な時間は分からない。
一日がこんなに長く感じたことが、今までにあっただろうか?もう何日もここに閉じ込められてると言われても私は信じるだろう。さっきお母様に電話したことさえ、遠い昔のことのように感じる。
変わらない状況に心が挫けそうになる。早く助けてほしい。ここから一秒でも早く逃げ出したい。お風呂に入っておいしいものを食べて、家族と過ごしながらぐっすりと自分のベッドで眠りたい。
いっそのこと大声を上げて助けを呼びながら泣き叫んでしまいたい────
(それは……)
それはダメ、今ここで王女である私の心が折れてしまったら、確実にここにいる人質たちは恐怖によって支配され、感情を制御できなくなってしまうだろう。そうなってしまったら最後、テロリストに全員皆殺しにされておしまいだ。
(私が弱気になってどうするのよ!みんなの為にも今はなんとか耐えないと、きっと
心の中でそう思いながら、私は恐怖に怯えている自分の心を奮い立たせる。
とその時だった!
「ッッ!!」
人質の中にいた一人の学生の男が、何を思ったのか急に
私も含めて他の人質たちは、彼がいったい何をしようとしているのか一瞬理解できなかった。
ダダダダダッツ!!
「ぐあぁぁッツ!!」
彼の一番近くにいたテロリストが、持っていたAK-47アサルトライフルをフルオートで撃つ。放った銃弾は、逃げ出した学生の男の
「きゃああああああ!!」
「こ、殺される!!」
「撃たないでぇ!!」
人質たちは学生の男の子が撃たれたのを見て、今まで我慢していた感情の
「みんなッ!!みんな落ち着いて!!」
こうなってしまってはもう誰が何をしようと抑えることはできない。テロリストに今ここで殺されるかもしれないという恐怖のなか、私が必死に声を上げて人質たちを落ち着かせようとする。
撃たれた学生の男の方に、テロリストの一人が近づいていく。
「ぼ、僕の足がぁぁぁぁ!!!痛ぇ!!痛えよぉぉぉぉ!!」
学生の男の子は大声を上げながら、撃たれた
(助けなきゃ……)
私は心の中でそう思っていたが、足は生まれたての小鹿のようにガクガクと震え、立っていることすらやっとの状態だ。
助けに行こうとしてなんとか身体を動かそうとしたが、同時に殺されるかもしれないという恐怖から足が言うことを聞かず、前のめりに倒れた。
「だめだ、助けに行ってはいけないリリー王女。あなたまで殺されるぞ」
倒れても必死に体を動かそうとする私の手を、少し前にテロリストに撃たれて横たわっていた警備員の男性が掴んできた。
「でも、助けに行かないと彼が殺されてしまう…!」
私は警備員の男性の静止を振り切って撃たれた学生を助けに行こうとする。
その時、テロリストが逃げた学生の男の頭にAK-47の銃口を突き付けたまま、低い声で短く言った。
「なぜ逃げた?」
テロリストの言葉に学生の男は、足の痛みのせいで上手くしゃべれないのか、途切れ途切れに泣き叫ぶように言った。
「さっき、お前らが電話してた時に、「王女以外は殺す」と言っていたのを、聞いたんだ!!こんな、ところで、助けを待ったまま殺されるくらいなら、いっそのこと、隙を見て、逃げたほうがマシだ!!」
「そうか、聞いていたのか、なら死ね」
テロリストの男が銃の引き金に指をかける。あとはその人差し指に少し力を加えるだけで、学生の男の頭蓋に大きな風穴を開けることができる。
「ダ、ダメェェェェ!!」
私は警備員の男性の手を振り解きながら、声を上げて、倒れた学生の男の子を庇うように上から覆いかぶさった。
怖い、銃口を突き付けられ、いつ撃たれてもおかしくないこの状況。
学生の男のものか、自分のものか区別がつかないくらい心臓がバクバクと鳴っているのが分かる。
「誰かッ……」
私は涙目の瞳をキュッと閉じて、身体を小さく震わせる。
誰か助けてッッ!!」
最後の力を振り絞って私は叫んだ。
誰にも届くはずのない言葉に私は自分の死を覚悟した。
「その願い、神に代わって、このフォルテ・S・エルフィーが貰い受けた!!」
黒のボサボサな髪、黒い長袖Tシャツとジーパンを履いた、左目に傷のあるその男は、空中で誰かを背中に背負いながら、右目の紅い瞳でこっちを見下ろしていた。男は誰だが分からなかったが、その背負われていた人物が誰なのか直ぐに分かった私は歓喜の声を上げる。
「
男の背中に背負われた、私と同じ金髪碧眼の少女、背中には神器グングニルを装備した正真正銘、
「ぐああああ!!」
撃たれたテロリストは大声を上げながら、その場倒れ込んだ。
地上から高さ15mくらいの頭上から私たちを見下ろし、男は不敵に言い放つ。
「さーて、作戦開始だッ!!」
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