恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新

第1話

 私には、魔力量で素晴らしい未来が待っている。

 そう当初からしばらくずっと、今でさえ『魔力量があるから』と、勘違いしている者たちはとても多い。


 この国ではたびたび聖女と呼ばれる、属性のない純白のとても強力な魔力を持った女児が生まれた。生まれると名誉なことで、少しでもその可能性を期待し、貴族はもっぱら魔力量で結婚相手の価値を決めた。


 その次に、容姿もすぐれていれば尚、いい。


 魔力があっても、魔法を使う才能がなければ宝の持ち腐れだと思うのだが、平和が長らく続いている強大国ゆえか、貴族の価値観はそこにはない。


 ――そして私、エステル・ベルンディ公爵令嬢は、魔力量ランキングにより未来の王妃という席が決まった。


 国内第二位の魔力量だ。


 ちなみに第一位と第二位の下、第三位までは随分開きさえあった。


 もちろん堂々の魔力ランキング第一位は、王家の嫡男であるティファニエル王国の王太子、アンドレア・レイシー・ティファニエルだ。


 私に、と幼い頃に決まった未来の結婚相手でもある。



 私の婚約者は、両陛下のただ一人の息子である王太子アンドレアだ。


 誰もが私を羨んだが、私は恋をしてから、ずっと惨めな思いで過ごしていた。



 アンドレアはろくな魔法さえ使えない私を嫌っている。


 持て余す魔力。私に魔法の才能はからきしなく、魔力ランキング第二位なのに、婚約して間もなく私は暴漢に襲われて怪我をすることになった。


 相手もまさか、肩から胸、腹にかけて大きな裂傷痕を残すことになろうとは予想外だったろう。


 貴族にとっては常識にもなっている簡単な〝防壁の盾〟と言われている防御魔法。それも出ず、目の前で少女が無防備な姿で血飛沫を上げた光景は、トラウマを残したかもしれない。


 崩れ落ちる刹那、私はその暴漢の目に絶望と動揺を見た。


(――ああ、ごめんなさい)


 貴族なら誰もが使える、魔法。

 それさえも私は使えなかったことを、あの時の彼の様子を見て悔いた。


 公爵家を妬んだ者だろう。

 幼いながらにして私は貴族の世界の生きづらさを知った。


 そして私は――回復して目が覚めた時、三歳年上で当時十歳だったアンドレアから向けられた睨む目に、絶望したのだ。


 私の肩から、大きく消えない裂傷痕がついた。


 光熱に悩まされた私がようやく目覚め、診察を受けていた時、やってきた王太子が言葉もかけず去っていく後ろ姿に、私は『未来の王妃が、聞いて呆れる』という言葉を見て取った。


 私にとっても怪我の痛みはショックが大きくて、繊細になっていたから。


 それでいて私は、あの王子様に恋をしてしまっていたから。


 王家にとっては、私が婚約者であったため事件へ介入せざるをえなかった。あまり貴族同士のもめごとはよくなくて、そこに王家が入って個人的に助ける形に見えてしまうのも、よくない。


 私の父も、かなり奔走したとはあとで母に聞かされた。


『こちらでやっておく、君は気にしないでいい』


 二度目の訪問をしてきた時、アンドレアは目も合わさずそれだけ告げた。

 彼にとっては、婚約者が私であったために、自分もその事態収拾に巻き込まれてしまったことも煩わしかったのかもしれない。


 彼は、魔力量以外にも、王妃としての仕事の価値を求めたのだ。


 手間のかかる女――私という結婚相手を憎んでいると言ってもいい。


 私達の仲は、周りが察するほど冷めきっていた。


 私に取り入っても『お飾り王妃』になる可能性が高いと分かったのか、貴族たちも、事件のあとは波が引いていくように王太子の婚約者として私を構わなくなった。


 そもそも結婚するのかどうか、という噂が強まったのは、アンドレアが成人の二十歳の生誕式を迎えた日だ。


 彼は私を、パレードに出さなかった。


 表向きの理由は、かなりの日差しと暑さだった。

 彼の誕生日は夏で、大きな傷跡を完璧に隠すとしたらやや厚着になる。


 私も、醜い傷の一部を見た国民が同情などで胸を痛めるのは、祝いの場に相応しくないことだと思っていた。傷跡の一部さえ見えないようにした方がいい、と。


 けれど、その努力さえ不要だと彼は手紙で遠回しに伝えてきた。


 体調管理の魔法さえ使えない私を父は心配していたから、有り難がりつつも、いっときでも出させてはと戸惑いながら返事を送っていた。


 国内の女性の中で、唯一王族に次ぐ強い魔力を持った女性だ。

 慎重に扱った方がいいだろう――という短い返事がきた。


 王太子は、公爵令嬢を妻にしたくないと考えているのではないか。


 そんな噂が一気に強まった。私は成人までの一年、さらに絶望に疲れる日々を過ごすことになる。


 アンドレアは結婚をこのまま進めるのか、破棄するのか明言さえしなかった。


 そうすると、私はあやふやなまま、彼の婚約者として過ごさなければならなくなる。


 明日急に婚約破棄されるのか、それとは明後日か――。


 彼のことを考えると、疲弊した。


 けれど考えざるをえなかった。私は、……美しい彼に見惚れ、事件までの間緊張気味に交流した際の、たった少し言葉を交わしただけで、もう恋に落ちてしまったのだ。


 だからこそ、もう、無理だと思った。


(彼と夫婦など……きっと、できない)


 私が十八歳の成人を迎えても、現状が変わらずだった。


 私は疲れ果て、諦めきった。

 ただただ、彼が『自分をいらない』と言ってくれるのを期待して待った。とてもではないが、夫婦なんて、無理だろうから。


 成人から一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎ――。


 これは、確実に結婚する気がないのだと私が確信した頃だった。


 勝手ながらそう感じてさらなる絶望に立たされた時、その話は、最悪なタイミングで出てきたのだ。

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