第312話 上階の虎、下階の狼

「き、貴様は……………"黒締"!!」


ウルフは体勢を立て直しながら、ゆっくりと歩いてくるシンヤを見据えて言った。


「大人しくアジトにいろよ。あまり手間を取らせんな」


「貴様の予定など知ったことか!何故、俺達が貴様中心で動かなきゃならん」


「お前達にはもはや普通に生きていく権利すらない。自分達のやってきたことを振り返ってみろ」


「ちっ……………既に俺達の過去も調べられてるってことか」


「うちには優秀な情報部隊がいるんでな」


シンヤは刀に付いた雨粒を払い鞘に納めると先程から、ずっと感じていた視線の元を辿った。


「あっ……………シ、シンヤ!」


そこには目が合うと控えめに呼びかけてくる者がいた。それはいつもとは違い、弱々しい姿のウィアだった。


「……………大丈夫か?」


「うん…………助けに来てくれて、ありがとう」


たった数秒の会話。しかし、ウィアはそれだけで何故か心が暖かくなり、胸がドキドキとしていた。彼女の中でこんなことは今までなかった。確かに強者としてシンヤに興味を持ってはいた。ところが、今感じているものは冒険者としてのシンヤというよりはシンヤそのものに対してだった。自身が囚われの身となり、そこに颯爽と駆けつけてくる。まるでお伽噺のような展開に彼女の頬は自然と熱くなり、何故かいつにも増して、シンヤがかっこよく見えていた。


「あ、あの……………っ!?」


そして、そんなウィアがしどろもどろになりながら、何かを伝えようとした直後、シンヤが刀を抜き、二振りした。すると地下にある全ての檻が凄い音を立てて、半ばから切断され、ウィア達に嵌められた手錠も同じように切断されて壊れた。


「こ、これはっ!?」


そんなあまりの早技にアムール王は驚き、少しの間、動くことができなかった。一方、ウィアの方はというと嬉しさのあまり、すぐに檻を飛び出してシンヤの方へ向かって走った。


「これでお前らは解放された。後は好きに……………」


「シンヤっ!ありがとう!」


「っと!」


勢いよく抱きついてくるウィアを優しく抱き止めたシンヤは表情を変えることなく言った。


「今は戦闘中だ。こういうのは後に」


「分かってる。でも、少しの間だけこうさせてくれ」


ウルフは目の前で繰り広げられているおそよ戦闘中とは思えない行動に戸惑いを隠せないでいた。と同時に……………


「あまりにも自然体だ……………隙がありすぎて、逆に誘っているようにしか見えん」


ウルフの五感はシンヤのそれに真の強者の風格を感じ取っていた。何も知らない馬鹿は考えなしにシンヤへと突っ込んでいくが強者であれば、そんなあからさまなマネはしない。この時点で強者と弱者の明暗は分かれていた。


「まず間違いなく、格上だな」


しかし、ウルフは冷静にシンヤの強さを推し量り、自分程度では到底勝ち目がないことを悟っていた。そんな中、ウィアがシンヤから離れたのを見て、ウルフはいつでも動けるように姿勢を低くした。


「ありがとう……………もう大丈夫だ」


「そうか」


「シンヤ……………ディアには手を出さないでくれ。あいつはアタイの部下だ。アタイがケジメをつける」


「分かった………………奴は上へ逃げてった。追うなら、早くした方がいい」


「ああ!何から何まで本当にありがとう!」


ウィアはお礼を言ってその場から駆け出した。


「逃す訳ねぇだろ!待ちやが……………っ!?」


すると、それを見たウルフは咄嗟にウィアを逃すまいと行動を起こそうとするがそれを敵が許すはずもなかった。


「お前の相手は俺だ。それが分からないのか?」


真っ直ぐ自分へと向けられた殺気にウルフはその場を動くことができなかったのだった。









―――――――――――――――――――――








「ディア!」


「ちっ……………もう追いついてきたの!?」


城の廊下を走るディアの背中に突如声が掛かり、彼女が振り返るとそこには息を切らせながら、ウィアが追いかけてきているところだった。流石にこの後もしつこく追い回されたらたまらないと感じたディアは一旦立ち止まって、ウィアを迎え撃つことにした。


「追いついた……………」


「……………」


肩で息をしながら、ウィアは呼吸を整えた。その間、ディアは特に何をするでもなく、その様子をただ見ているだけだった。


「ふぅ〜………………ディア、何故こんなことをした?」


ウィアの一言目はそれだった。彼女の中で色々と言いたいことはあったのだが、一番最初に頭に浮かんだ疑問をまずはぶつけてみることにしたのだ。


「………………」


「アタイ達は仲間じゃなかったのか?」


「そう思っていたのはあなた達だけよ。私は違う。むしろ、あなた達のことなんて大嫌いよ」


想定はしていたものの、いざ拒絶されてみるとウィアの心に重くのしかかってくるものがあった。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。ウィアは気合いを入れ直すと再び疑問を口にした。


「理由を聞いてもいいか?」


「その前に」


ディアは少し間を空けると次の瞬間、ウィアにとって驚愕の事実を告げた。


「私は元々"紫の蝋"に所属しているの。だから、あなた達のところでは主にスパイ活動をしていたのよ」


「っ!?」


そこまで言ってから、ディアは一つ前置きをした。


「全てはあの日から始まったのよ」

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