第180話 変貌
「くそっ!一体、何故なんだ!」
キルギスは最終試合の組み合わせを見て、叫んだ。そこに書かれていたのは2ーA対2ーH。これで圧倒的に格上であるB組に潰されるという彼の予想は外れたことになる。しかし……………
「まぁ、いい。結局、俺のクラスが叩き潰すという当初の目的に戻っただけだ。見ていろ、シンヤ・モリタニ。衆人環視の中、お前の無能っぷりを晒してやる」
不敵な笑みを浮かべた彼は職員室へと向かう。その際、すれ違った生徒達からは完全に怪しい人物というレッテルを裏で貼られることとなってしまうのだった。
――――――――――――――――――――
最終試合の当日。グラウンドには既に2ーAと2ーHの生徒達がいた。そして、離れたところには観戦希望の生徒や教師が大勢駆けつけている。開始まであと少しだからか、現場はピリついており緊張感が漂っていた。そんな中、まずは威嚇しておこうとA組の生徒が動き出した。
「どんな汚い手を使ってきたのか知らないがここでもそれが通用すると思うなよ。なんてったって俺達はA組……………」
「うるさいね。少し黙っていてくれるかな?」
「は?てめぇ…………」
「何かな?」
「ぐっ!?な、なんでもない」
クリスの発した殺気にたじろいだ生徒はそれ以上、何か言ってくることはなかった。彼にとって今、重要なのは対戦相手の言葉などではなく、自分の最も尊敬する先生からの言葉だった。
「……………以上のことから、この作戦でいこうと思うんですけど」
「なるほどな。お前らもそれでいいのか?」
「「「「「はい!問題ありません!」」」」」
「じゃあ、それでいってみろ」
「分かりました。ありがとうございます」
「分かっているとは思うが油断はするなよ。お前達は既に生徒レベルの実力ではない。だが、相手は仮にもA組だ。それとあの担任は表情や佇まいがどこか危ない空気を放ってる。何をしてくるか分からないが、もしもの時は俺達が何とかしてやる。だから、安心して戦ってこい」
「「「「「はい!行ってきます!」」」」」
――――――――――――――――――――
「始め!」
「くそっ!今すぐ叩き潰してやる!」
審判の合図を聞いて、まず動き出したのはA組の方だった。血気盛んな前衛が数名、対戦相手へと向かっていく。
「俺達の速度を見よ!」
「これなら、あっという間に敵陣地へと辿り着け…………」
「ま、待て!何か来るぞ!」
しかし、すぐさま異変に気付いた者が報告する。その者の視線を辿ってみると敵の後衛である数名の生徒が杖に魔力を集め、それをA組の方へと向けているのが分かった。
「「「「「"
直後、炎の波が放たれ、それが前衛を貫通してA組全体へと襲い掛かった。これに対し、A組の後衛は水魔法を用いて、急いで対処に当たった………………が
「「「「「"
魔法の練度や質が違いすぎるのか、クラスの半分以上の生徒がその対応に追われ、攻め入る戦力が大幅に激減してしまった。そればかりか、重症とまではいかないまでも倒れている者達の回復へも人員を割いてしまっている為、あちらこちらで焦った声が上がり、もはやまともに機能しないかに思われた。
「ここは任せた!」
「俺達は突っ込む!」
「行くぞ!」
「この戦い、決して負ける訳にはいかない!」
「覚悟しろ、H組!」
ところが真剣な眼差しでH組の方へと5名の生徒達が飛び出していった。彼らはA組の中で座学・実技ともに上位5名の生徒だった。と同時に全員が貴族であり、平民の生徒達を見下し、むかつくことがあると呼び出してはストレス発散の道具として使っていた。そもそも平民の生徒達を蔑視しぞんざいに扱う学院内の風潮は彼らから始まったといっても過言ではない。だからこそ、非常にプライドの高い彼らには許せなかった。自分達よりも身分・実力ともに圧倒的格下なH組にやられてしまっている今の状況が。
「あなた達の相手は私です!」
「「「「「お、お前は!!!!!」」」」」
そんな彼らの相手をするのはセーラだった。今まで自分達が受けてきたことのお返しをするのは今、この時しかない。彼女の顔はそう物語っている。その気迫は凄まじいものがあり、思わず5名の生徒が立ち止まってしまうほどだった。しかし………………
「今こそ雪辱を晴らす時。今までの私達であれば、そう思ったでしょうね。でも……………」
直後、セーラから猛る想いの奔流が消え、感情が読み取れないほど無表情になってしまった。気迫もなくなり、彼らに対する視線も一転して興味のないものになった。一方、急な感情の変化に戸惑う5名は何か底知れない恐怖を感じると共に自分達がまるで眼中にないと言われたような気がして、腹が立ち、何か一言言ってやろうと口を開きかけたがセーラもまた言葉を発する気配を見せた為、押し留まった。
「あなた達なんか、この世界の広さに比べたら、どれほどちっぽけなものか。私達は未知の世界に触れた時、それを知ったのです」
「お前、馬鹿にしているのか?」
「いいえ。それ以前の問題です」
「俺達のことなんか眼中にはないと?」
「私の目はどうなっていますか?開いていますか?」
「っ!?こ、こいつ目を閉じてやがる!?一体どこまで馬鹿にすれば…………」
「"瞑斬"」
「「「「「へ!?」」」」」
「痛みは遅れてやってきます。必要がないのなら、視界を閉じて斬ればいいだけのこと」
そこから3秒経った時、5名の生徒達は痛みに苦しみ絶叫して、倒れていった。
「ぐああああっ!」
「があっ!?」
「な、何だよ、これ」
「ぎあああああっ!」
「う、動けねぇ」
結果、以前までは見下していた生徒達が見下される構図になっていた。だが、セーラは目を閉じている。彼らのことを見てすらいないのだ。その方がより彼らの自尊心を傷つけた。
「ここは通させて頂きます」
痛みで動けない生徒達の間をゆっくりとセーラは通り過ぎていく。一方、A組の生徒達は非常に焦っていた。H組の急成長、そして試合に負けるかもしれないというのももちろんあるが、一番の理由は担任のキルギスの機嫌を損なうということだった。普段からミスや失敗に対して厳しいキルギスは生徒達に鉄拳制裁も辞さない。脳裏を過るのは今まで受けてきた数々の罰。その多くが身体で分からせる種類のものだった。よってこれ以上の失態はどんな罰が待ち受けているのか、生徒達は想像すらしたくなかった。チラッと目をやれば、今の段階で既に鬼のような形相になっている。そして、それはA組の陣地の中ほどまで攻め入られるようになってから、限界を迎えた。
「おい、審判!この試合は即刻中止だ!」
「はい?何故ですか?」
「H組の奴らが不正を働いているからだ。でなければ、我々A組に勝てる訳がないだろう」
「ですが事前に確認したところ、おかしな点は見当たらなかったのですが……………」
「うるさい!つべこべ言うな!」
「いや、でも」
「があああああ!"
「え…………」
キルギスは突然奇声を発したかと思うと審判目掛けて魔法を発動した。あまりにも急なことに対応できなかった審判はそのまま氷塊に貫かれ、上半身に大きな損傷をきたして倒れた。その場所は止めどなく流れる血によって真っ赤に染まり、審判の呼吸は徐々に浅くなっていく。そして、重要なのがこれは真昼間の衆人環視の中、行われたことで大勢の生徒や教師が観戦に来ていた。つまり………………
「うわああああ!」
「キャーッ!ひ、人殺」
「うっ……………」
「至急応援を頼む!キルギスがやりやがった!」
現場は阿鼻叫喚の地獄絵図。本物の実戦を行ったことがない生徒達にとって、この光景はとてもショッキングだった。悲鳴を上げながら慌てて逃げ出す者や耐えきれずにその場で嘔吐してしまう者などが続出し、教師達は人員的な問題から、フォローに回る余裕がなく応援を要請していた。そんな中、当事者であるキルギスはというと…………
「へへっ、俺に反抗するから、こうなるんだ。大人しく従っていればいいものを」
虚空を見つめ、笑っていた。それを見たA組の生徒達はゾクリとした。こんな担任に今まで教わっていたのかと冷や汗が止まらず、恐怖から身体が上手く動かなくなってしまった。
「お前ら、何変な目で俺のことを見ていやがる。元はと言えば、こいつがこうなったのはお前らが不甲斐ないせいだぞ」
するとそれを見たキルギスはA組の生徒達へとゆっくりと近付きながら、徐々に様子がおかしくなっていった。
「キルギス!落ち着け!」
「生徒達に何をする気だ!」
「力づくで止めるぞ!」
これに対して、周りにいた試験官や教師達は生徒達の命を守る為、キルギスを止めようと動き出した。しかし…………
「邪魔をするなああああっ!」
「ぐはあっ!」
「な、何て力だ」
「身体が…………」
キルギスが放った魔力の衝撃波によって、向かっていった10人がまとめて吹き飛ばされてしまった。その威力は凄まじく、ほとんどが地面に倒れてそのまま痛みで動かなくなり、当たりどころが悪かった者に至っては先程の審判と同じような結末を迎えようとしていた。
「ひぃっ!」
「た、助け………助けて誰か!」
「うわあああっ!」
「く、来るな!」
自分達の担任であるにも関わらず、A組の生徒達は恐怖からキルギス自体を拒絶した。今までにも彼からは痛いことをされてきたが今回のはそういう次元ではなかった。
「あははははははっ!」
あれはもはや人ではない。生徒達の顔はそう物語っていた。そして、それはこの場にいるほとんどの者が感じていることでもあった。
「うがああああっ!」
キルギスは再び奇声を発すると今度は本格的に見た目から変化しようとしていた。彼の身体の周りではどす黒い魔力が渦巻き、その力が強くなっていくほどに姿は変貌を遂げていく。それが10秒ほど続いた時、一際魔力が濃くなり、キルギスの全身を包み込んで少ししてから、魔力がいきなり霧散した。そこに立っていたのは全くの別人だった。頭から2本の角また背中からは翼が生え、目は真っ赤に充血して、端の前歯が2本鋭く飛び出ている。身体は5mぐらいになり、その影響で上に着ていた服が全て弾け飛んでしまい、ズボンに至っては直径30cmの穴が開いてしまっている。そこからは長く太い尻尾が伸びていて、全体的に肌の色も真っ黒になっていた。
「ぐるるるるるるっ!」
「な、何だこいつは!」
「これは…………もうキルギスではない!」
「ば、化け物だ!」
周りでは恐怖から足が竦んで動けない者達が続出した。それは単純に見た目の厳つさもあるが放たれている魔力の圧力と殺気から自分達では絶対に敵わないと感じた為である。
「ほぅ…………これが。初めてこの姿になったが、なるほどな。これはいい。もっと早くこうしておけば良かった」
キルギスは自分の身体を見下ろして満足した表情を浮かべた。そして、それが一頻り済むと
「さて、それではこの場にいる者達を片付けるとするか」
ギャラリーへ向けて動き出そうとした。その様子をすぐさま感じ取った者達は悲鳴を上げ、動かなくなった身体に鞭を入れて一斉に逃げ始めた。
「動くな!」
だが、それもキルギスの一言によって叶わなくなってしまう。すると生徒の1人が絶望から叫んだ。
「な、何で俺達を襲うんだよ!俺達が一体何をしたって言うんだ!」
「証拠隠滅だ。一部始終を見た者達を生きて帰す訳にはいかないからな」
「なっ!?そ、そんなことの為に!?」
「そんなことだと?」
キルギスは手の平に魔力を集めるとそれを叫んだ生徒の方へと向けて放った。
「"
「ひぃっ!?」
それは生徒がいる階段のちょうど真下に当たり、そこ以外の一帯を大きく削り取った。幸いにも死傷者はなかったがその光景は周りの者達の脳裏に強烈に焼き付けられ、一生忘れることのできないものになってしまった。
「言っておくが本気はこんなものではないぞ。まだまだ俺は……………」
「見た目は魔族と竜人を足して2で割った感じか?にしてもまさか、こんな奴が潜んでいたとはな」
こんな非常事態の中にあって、その楽観的とも取れる声は自然とよく響いた。その声の主はゆっくりと刀を抜きながら、キルギスに向かって歩いていく。
「また貴様か!シンヤ・モリタニ!どれだけ俺の邪魔をすれば気が済む!」
「邪魔?お前はこの学院で一体、何を企んでいたんだ?変身直後の反応から、単独で動いているって線はなさそうだが……………背後には誰がいるんだ?」
「それを知ってどうする気だ!それと正直に言う馬鹿がどこにいる!」
「言うんじゃなくて、言わせるさ。そういうのは育ち柄、得意でな」
「ふんっ!何を言うかと思えば、戯言を!」
「あん?」
「ぐっ!……………"眷属召喚"!」
キルギスがある魔法を放つ。それは自分の眷属となりうる存在を別の場所から召喚する魔法だった。彼の周りには次々と多種多様な生物が召喚され、それは計12体にもなった。
「こいつらは"12人の
その時だった。
「"光一閃"」
「"光陰矢"」
「"光一振"」
「"光一薙"」
「"光一突"」
「"光一斬"」
「"光一円"」
"黒天の星"の幹部達が一斉に動き出し、8人の悪魔達を一瞬で亡き者にしたのは。彼らは悲鳴を上げる暇すら与えられることなく、この場から強制的に退場させられたのだ。
「は?」
「で?12人が何だって?」
「ま、まだだ!あと4人残って」
「"光一爪"」
「"光一刀"」
「"光一剣"」
「"光一心"」
あとの4人もクーフォ・オウギ・ケープ・アルスの手により、葬られる。淡々と掃除をするようにその動きは非常にスムーズだった。
「な、な、何だと!?」
「さて、後はお前だけだな」
「ふ、ふんっ!来るなら、かかってこい!俺はこいつらとは違うぞ!お前など足元にも」
「及ぶから眷属を召喚したんだろ?お前は一瞬、俺の殺気にたじろぎ、危険だと判断した。だから、仲間を呼んで加勢してもらおうとした。違うか?」
「な、何を言って…………」
「これ以上、お前と無駄話をする気はない。少し黙れ」
「ぐあっ!?」
シンヤが刀を目にも止まらぬ速さで振るう。途端、飛び散る鮮血。直後、キルギスの両腕が宙を舞った
「ぐはっ!…………はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「じゃあ、今から話してもらおうか。お前の背後にいるのが一体誰なのか」
「話す…………訳…………ないだろ」
「そうか。では予定通り、自白するまで俺が……………っ!?」
シンヤはその瞬間、咄嗟に結界をキルギスの周りに展開した。キルギスの身体から急速に魔力が膨れ上がるのを感じたからだ。そして、後にこの選択は正しかったと証明されるようなことが起こった。
「な、何だ!?お、俺の身体が………」
徐々に膨張していくキルギスの身体。魔力も限界まで高まり、それはまるで破裂寸前の風船のよう……………となれば、辿る運命は自ずと導き出される。
「や、やめ……………っ!?」
数秒後、激しい音を立ててキルギスの身体は爆発した。結界内である為、外に被害が出る訳ではないがその爆音と衝撃の凄まじさにこの場にいるほとんどの者が耳や目を塞いでいる。
「……………これではアスカのスキルも使えないな」
爆発が終わり、結界を解いてみるとそこには肉片の1つも残ってはいなかった。自白を強要される直前になっての爆発は思えば、不自然だ。まるで情報が漏れないよう、証拠隠滅の為に起こったかのよう。キルギス自身、あの時点で自害の意思があったようには思えない。
「だとすると、やはり背後にいる者の仕業か」
シンヤは刀を鞘に戻すとH組の生徒がいる方へと歩き出した。
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