52-2(アウレリア)

 討伐隊が新たな魔王の元へと向かう間、王都に残った黒騎士たちは、王太子イグナーツの指示の元、秘密裏にティール伯爵家が所有する施設の調査を続けることになっていた。カロリーネに脅され、協力していた闇魔法使いの話によれば、数ある施設の全てに人質が捕らえられており、しかし誰がどこにいるのかは分からないとの事だった。




「カロリーネ卿が遠隔操作の可能な魔道具を作ったのは、つい最近のことです。それまでは、人質を解放しようとすると、別の人質を無残に……」




 討伐隊が出発した翌日、イグナーツによって呼ばれた彼の執務室にいたのは、レオンハルトが接触して以来、こちらに協力してくれている、闇魔法使いの傭兵、ギードという名の青年だった。イグナーツが腰かけている、執務机の前に立つ彼の年の頃は、イグナーツよりも少々上だろうか。あまりに疲れ切った様子で、その容貌だけでは、正確な年齢は把握できなかった。


 アウレリアはイグナーツに促され、一人がけのソファに腰掛ける。背後にはもちろん、クラウスが静かに控えていた。


 ギードの話によると、遠隔操作の可能な魔道具が完成したのは、討伐隊が編成されることが決まった頃だったという。その場にいなくても、人質を盾にギードなどの手足となる人間を使うためだろう。


 それまでは、人々をいくつもの施設に分けて捕らえ、どこに誰がいるのか、移動を命じられたギードでさえも分からない状態だったそうだ。




「カロリーネ卿、……あの女は、人一人が入る大きさの箱に人質を閉じ込め、それを闇魔法で運ばせていました。それでも、一度は妹を見つけることが出来た。妹の声を、間違えるはずがないですから」




 しかし、逃がすことは叶わなかったという。妹を逃がせば、他の人質を始末すると言われていたからだ。


 「私一人の前で言ってくれていたら、妹と共に逃げていたでしょう」と、ギードは苦笑交じりに呟いていた。




「私にとっては、その他の大勢よりも、妹の方が大事ですから。……けれどあの女は、分かっていてか、無意識にか、妹がいる場でそれを告げました。……心優しい妹は、逃げることを拒んだ。間接的にでも、罪のない人々を殺してしまうのですから、耐えられなかったのです」




 「せめて同じ場所に人質が集まっていたならば……」と、彼は続けた。そうすれば、全員を一気に助け出したはずだ、と。自分の身体に、どのような負担がかかったとしても。


 「……上手い手だな」と呟いたのは、話を聞いていたイグナーツであった。




「自分のせいで人が死んだとなれば、……心優しい者ほど、精神的に病んでしまうだろうからな」




 続いた言葉に、ギードは「はい……」と静かに頷いていた。


 だからこそ、待っていたのだという。遠隔操作を可能にさせる魔道具を完成させ、彼女が討伐隊として旅立つのを。




「あの女は、興味があること以外には、本当に無関心です。魔法の、魔道具の研究は、その興味があることの内に入っていました。だから、手を抜くことは出来なかった」




 言うと、彼はイグナーツの執務机の方へと一歩足を進める。イグナーツの後ろに控えていた護衛の白騎士二人が、腰の剣に手をかけた。だが、ギードは机の上に広がった、メルテンス王国と、その隣に位置する『黒の森』の全容が記された地図に手を伸ばすだけだった。




「魔道具の効果が切れるのは、討伐隊が魔王城へと辿り着く直前です。そこまで、あの女が自ら向かい、効果を試していたので。……あの女の位置は、私が把握できます。運良く、というべきか。あの女は私にも魔道具を付けさせていますので、闇魔法を逆に作用させ、座標を探せますから」




 「今はおよそ、ここですね」と言って彼が指差したのは、『黒の森』の入り口から少し進んだ位置だった。昨日、『黒の森』のすぐ傍まで移動したはずなので、少しずつ森の中へと移動しているということだろう。魔力の消費を考え、森の中は細かく区切って進んで行くと聞いていた。


 イグナーツは頷き、「では、カロリーネ卿が魔王城に辿り着くまでは、待機だな」と呟いた。




「それにしても、……そろそろ聞いて良いだろう。カロリーネ卿が魔王城へと運んだという箱に入っていたのは、……魔王城で待ち受けているのは、一体何なんだ」




 カロリーネがこちらにいる間は、誰もが口にしなかった言葉。そもそも、ギードを王城に呼んだのは、今日が初めてである。昨日までは、カロリーネが彼を傍から離さなかったためだ。


 では何故、彼をこちらに置いて行ったのだろう。アウレリアは静かに話を聞きながら思ったけれど、その疑問を口にするより先に、彼はイグナーツの質問に答えるために口を開いた。




「おそらく、すでに察しがついておられるかと思いますが、……魔王城に居座っているのは、あの女の研究成果であり、唯一の成功例。……以前のディートリヒ卿を模した人間の合成体であり、そこに魔物の一部を付属させた……」




 そこで、ギードは一度口を噤む。何と言うべきかと考えた末に出した言葉は、「人であった者、です」という一言だった。




「といっても、ディートリヒ卿の美しさには及ばず、あの女は最後まで、完全には納得のいっていない様子でしたが。魔法を使えるわけでもなく、剣を使えるわけでもない、……生きていることだけを許された、哀れな成れの果てです」

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