ポスト・ホモサピエンス計画

 フィスタとチャカがプライベーターの拠点に行くと、普段と様子が変わっていた。いつもは仕事の情報交換や、身寄りのない者が人づきあいのために来る場所だったが、いつも見る顔が今日はいなかった。昨夜の乱戦で少なくない数のプライベーターが命を失ったのは否めなかった。

 フィスタたちを見ても、気さくに挨拶をすることはなく、何か言いたげに口をわずかに開けるものの、すぐにやる気を失くしたようにうつむいてしまう。

「……何だか、マステマたちにやられちゃったて感じだね」

「撃退したっていう街軍は発表したが、実際は向こうが目的を果たして帰ったってだけだからな……。」

「おうオメェら、無事だったのか……。」

「おお、テセウスのじいさ……うぉう!?」

 背後にいたテセウスを見てチャカが驚く。そこにいたのは、金属の骨格のように簡素で、しかも所々が錆びついた、安物のボディの上に頭を乗せているテセウスだった。

「じいさん、そりゃ無事だって言って良いのか?」

「骨董店の物置から引っ張り出したターミネーターみたいだね~」フィスタが言う。

「へへっ、こう見えても元気はつらつだぜぇ~」テセウスが骨格だけになった腕で力こぶを見せようとする。

「ほら見てチャカ、ほっそいウエスト、ツィッギーもびっくり~」

「へっへ~」

 テセウスがランウェイを歩くように腰を振り、フィスタが一緒になって笑う。

 チャカが「いや笑えねぇよ」と呟いた。

「あ~、みんないい調子だねぇ~……ところでルーシーの事なんだけどさ……。」

 フィスタが言うと、フロア内が静まり返った。

「昨日の今日だけど、あたしとチャカはこれからルーシーを助けに行く」

 それを聞いたフロアのソファに陣取っていた、プライベーターの一団が立ち上がった。

「マステマをやろうってのか、だったら俺たちも行くぜ。こっちはメンバーやられてんだ。依頼料もキャリーオーバーしてるだろ? たんまり稼げるぜ、なぁ?」

 男が問いかけると、仲間たちは「やり返さねぇとな」と自分たちのマチェテや刀を掲げた。

 フィスタは頭を掻きながら渋い顔をする。

「それなんだけどさぁ……マステマは今、ルーシーを連れてリェンサンにいると思うんだよね……。」

「え? ……ロウズの?」

 フィスタは受付のマァトを見る。

『私たちが仕事をする範囲は決められているワ。特に、ロウズとは行政との取り決めで手を出すことが出来ないノ』

 マァトは物憂げに首を小さく振る。

「そ、だからこれは完全に私闘って訳」

「おいおい、それじゃあ……。」

 立ち上がったはずの一団からは、秒でやる気が消えていた。

「ちょっと待ってよ、あんたたち元々は犯罪者集団でしょ? 仲間やられてんのに、法律が怖いからって芋ひこうって訳ぇ?」

『フィスタ、この施設での犯罪の教唆は見逃せないワ』

「犯罪じゃないよ、やるべき事をやろうっての。ルーシーが、あんな小さな女の子が鋼鉄の化け物にさらわれたんだよ? 何とかすべきでしょ?」

「大したことないだろ? あの治安の良いロウズに行ったんだ、嫌なことがあるっつっても、ケイオスで起こることに比べりゃあ屁でもねぇさ。取って食われるわけじゃねぇんだ」

 プライベーターの男が言った。

「……それよりも、もっと酷いことが起こるかもしれないんだけどね」

「なに?」

 フィスタはフロアの中央に立った。

「……もう何百年も前の話、とってもおっきな国で、狐を使ったある実験が行われたの」

 プライベーターたちに語るフィスタの隣には、彼女にしか見えないルシア・ライカの姿があった。

「彼らは野生の狐の中から、特に人間に友好的な個体を選び出して交配させて、その子供たちの中からさらに友好的な個体を交配させたの。そうして産まれた狐たちには、たった三世代目で野生種とは違う外見が現れるようになって、ゲノム情報さえも違いが出たっていう結果が出たんだよ」

「……それが、今回の件と何か関係が?」プライベーターの一人が訊ねる。

「鈍いねぇ、リェンサンでは人間を使ってその実験が行われてるってことっ」

「え?」

「人体実験かよ」テセウスが言う。

「何でそんなことをする必要があるんだ?」チャカが訊ねる。

「7万年前に起こって、ホモ・サピエンスを世界中に進出させ地上の支配者に引き上げた認知の変化、ばらばらの種族をいくつかの部族へ、そしてひとつの国家へとまとめあげた力を、人為的に数十年単位で起こそうとしてるわけ。そうして百年前の戦争で分断されちゃった人類を、またひとつに戻そうとしてるんだよ」

「何ちゅうことを……。」

 すかすかの体のテセウスが愕然とする。

「分断戦争が始まる少し前、多くの有識者が分断の始まりを指摘していた頃から始められた計画、それが……ポスト・ホモサピエンス計画」

「ポスト・ホモサピエンス計画……。」

 と、チャカが小さくその名前を繰り返した。

「人類補完計画じゃなくて本当に良かった」

 フィスタは胸をなでおろした。

「ちょっと待てよフィスタ、オメェはどうしてそんなことを知ってるんだ? まるで見てきたみてぇに……。」テセウスが訊く。

 フィスタは肩をすくめて言う。

「……まぁ、あたしもそこのOGだからね」

 フロア内がやにわに騒がしくなった。

「……マジかよ」

 フィスタは周囲の目を感じて身をよじった。

「ちょっと、何想像してんのさ! あたしはピッカピカのバージンだからね!?」

「娘がいるんじゃなかったのかよ」

「あ~、うん、それは……ほら、処女受胎的な?」

「なに?」

「あ、あたしのことはいいのっ、問題はルーシーだよっ、ルーシーは計画の中で産まれた子だから、狐の実験みたいにこれから色んな遺伝子のパターンを持った相手と性行為を強要されて子供を産まされるんだよ。子供を産まされるだけじゃない、病気やストレスの耐性とかも調べられるから、薬物投与なんかもされることになる。……ねぇ、これでもまだあの子はケイオスで生きるよりましだって言える? 殺されなければ何でも良いの? あたしは人が尊厳を奪われた何十年よりも、尊厳をもった一日の方がずっと価値があることだと思うんだけど?」

「言いたいことは分かるがフィスタよぉ……。」

「あたしはルーシーを助けたい、尊厳を奪われようとしてるあの子たちをっ」

「……あの子たち?」

「実験なんだよ、一人なわけないでしょ」

「そりゃあ……。」

 テセウスが汗ばんだ額を撫でた。

「あたしたちは何て言うか、あの子たちを助けるべきなんだよ。その助けたいって想いが、人間に残された最後の感情じゃあないの? それを失くしちゃったら、あたしたちにはロウズどころかケイオスにだって生きる資格はないと思うね!」

 フィスタはまくしたてたが、プライベーターたちの反応はいまひとつだった。

「……まぁ、俺は行くぜ」

 テセウスが鉄骨の体を軋ませながら手を挙げた。

「マステマとやり合った時にアリスターに殿やらせて死なせちまって、なのに俺ぁ生き残っちまってよぉ……その上嬢ちゃんまで酷ぇ目に遭ってるってのに、見てみぬふりなんざぁジジイとして正しくねぇよなぁ……いい加減、順番守れってんだ」

 テセウスは「へっへっへ」と鉄骨を揺らして笑った。

「でもジイサン、その体でライフルとか持てんの?」

「倉庫に、こういう時のためのとっておき隠してあんのよ」

「え、なに? また借金作ったの?」

「違ぇよ、死んだダチが大戦の時に使ってた戦鎧持っててな、好きに使って良いって言ってくれてたんだが、ダチに託されたもんを売っぱらって借金返すって気にもなれなくて、持て余してしたんだ」

 テセウスは「これでダチも喜んでくれるぜぇ」と笑った。笑うたびに体から錆が落ち、そんなテセウスをフィスタとチャカは心配そうに見ていた。

「んじゃあ、まずは助っ人一人目、次は……あら」

 視線の先にはクレイトスとエルの親子がいた。クレイトスは元々は自動扉だが、今はもう手動で動かすようになっているプライベーターの拠点の扉を開き、ちょうど中に入っていたところだった。

「……お父さん」

 エルは父を見上げる。

 クレイトスは娘を心配そうに見つめつつも、フィスタの方に意識が向いていた。

「お父さん……ルーシーを助けてあげて。あの子はまだ人生を生きてないんだよ、そして誰も助けてあげなかったら、ずっとそのままだと思うから……。」

 クレイトスは娘を抱きしめてしばらく唸ると、フィスタたちの前に立った。

「とっつぁんが来てくれるなんて百人力だね」

「何でぇ、俺の時と大違いじゃねぁか」

 テセウスが「ちぇっ」と舌打ちをする。

 チャカはテセウスのほぼ骨のような体と、クレイトスの筋骨隆々の体を見比べて、「そりゃあそうだろう」と思った。

「でもとっつぁん、本当に良かったの? その、エルちゃんと二人で生活を始めたばかりなのに……。」

「あうっ、あうっ」

 クレイトスは左右の二本指を指人形のように動かし、二本の指を互いにすり合わせたりリズミカルに左右に揺らしたりする。

「あ~、エルちゃんとルーシーちゃんが仲良しだったってことね」

「あうっ」

 クレイトスは頷くと、指と指を振った後、へなへなと下に向けた。

「あ~、そうなんだ……。」

「いや、フィスタ、とっつぁんが何言ってんのか分かんのか?」チャカが訊く。

「フィーリングだよ」

「そうなの……か?」

 その後、クレイトスは掌を頭の上で広げた後、拳で胸を数回叩いた。

「やだ、男らしいとこあるじゃん」

 フィスタに言われ、クレイトスは恥ずかしそうに頭を掻いた。

「……マジかよ」

「とっつぁんの想いは分かったよ、他には……。」

 フィスタがフロア内のプライベーターたちを見るが、気まずそうに目をそらすだけだった。

 プライベーターの一人が言う。

「フィスタよぉ、お前の演説は見事なもんだったぜ、正直感情が動かなかったと言えば嘘になる。だが俺たちにだって家族がいる。それにスパッと華々しく散れたらそりゃあカッコ良いが、アリスターみてぇな死に方をするかもしれないからな……。」

「まぁ、あたしだって無理強いはしないよ……。じゃあ、一緒に行けるのはこの三人ってことだね」

 フィスタは「行こっか」とチャカとテセウス、そしてクレイトスと一緒にプライベーターの拠点を出た。

「さて、さすがにこの足で向かうってのもね……チャカも準備いるよね?」

「ああ、弾丸の用意と、あと防弾繊維のシャツも取りに帰りたいかな……。」

「ジイサンも、さっき言ってた戦鎧を取りに行くんでしょ?」

「ああ、ちょいと時間もらうぜ。なぁに、数日かかるなんてことはないから安心しろよ」

「オッケー、……でも、だとしたらチャカの車じゃあ皆乗れないんじゃないかな? 大型トラックとかがないと……。」

「そうだな、しかし急にトラックと言っても……。」

『……あるわヨ』

「ん?」

 そこには受付から出てきたマァトの姿があった。

「マァト……。」

『3ブロック離れたところに倉庫があるノ。そこに物資運搬用の大型車両があるワ……。』

「ちょ、ちょっと待ってよ……マァト、どうしたの?」

『どうしたのもこうしたのもないわ、貴方が言ったんでショ? これはやるべきことだっテ。それを聞いてわたしのプロンプトが反応したのよ、あの子を助けないといけないト……。』

 マァトは『まったく、面倒に巻き込まれたワ……。』と物憂げにうつむいた。

「マァト……。」

「マァトさん!」

 プライベーターの拠点からピーターが走って出てきた。

『ピーター、どうしたノ?』

 短い距離だったが、息を切らしながらピーターは言う。

「あの、マァトさん……マァトさんがいなくなってしまったら、こ、ここの拠点の仕事はいったいどうするんです!?」

『そのために貴方がいるのでしょう、ピーター? いい加減ひとりで仕事をやれるようになってもらわないと困るわヨ……。』

「無理です、できません」

「ちょっとぉピーター~」マァトの後ろにいたフィスタがあきれ顔で言う。

「マァトさんに教えてもらいたい仕事がまだいっぱいあります。だから……帰ってきてもらわないと困ります」

『ピーター……。』

 フィスタは小さく口笛を吹いた。

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