戦いの後

 その頃、マサシがマステマと合流するために去り、足止めがなくなったチャカは、テセウスたちとマステマが交戦した工場跡地にようやく到着した。

「アリスター……くそ!」 

 倒れているアリスターは遠目から見ても生きていないことは明らかだった。うつ伏せに倒れているのに顔が上を向いていた。

「すまないアリスター、俺がもう少し早く到着していれば……。」

 建物が破壊された様子から、チャカは事務所の奥に何かあると判断し中に入っていく。

「……くそったれ」

 事務所の奥にあったのは引き裂かれたテセウスのボディだった。遺体というよりも解体された機械と言った方が良いありさまだった。

「じいさん、ド派手に散ったもんだな……。」

 チャカはテセウスの首のついている方の胴体を抱え上げる。

「家族には伝えておくぜ、お前んとこのじいさんは立派な男だったってな……。」

「……余計なことはせんでくれ」

 テセウスがしゃべった。

「うわ~~~! じ、じいさん、生きてんのかぁ!?」

「勝手に殺すんじゃあねぇよ……。」

「いや、どう見ても死んでんだろ」

「ま……実際このままだとやばいな……。予備電力がなくなったら脳が死んじまう……。」

「そ、そうか……早く応援を呼ばないとな……。ところで、ルーシーたちはどうした? フィスタが合流に向かったはずだが……。」

「さぁな、俺ぁ端末をマステマに取られちまったから、状況が分かんねぇんだ……。」

「分かった、とりあえず他のプライベーターを救護に向ける。俺はルーシーたちの所へ行かないとな」

 チャカは端末が示す場所に走っていく。先ほどからルナもフィスタも移動しているようすがない。つまり、マステマに追いつかれた可能性が高いという事だった。

「無事でいてくれよ……。」

 しかしそんなチャカの願いもむなしく、フィスタは絶体絶命の状況だった。一応呼吸はしているようだが、目が奇妙に半開きになっている。

 そんなフィスタを目の前にして、マステマも動作不良を起こしたように体を歪にねじり始めていた。

『う、うひ、うひひひ! うひゃひゃひゃひゃ! ひゃ~ひゃっひゃっひゃあ~!』

 マステマは腹を抱え、地面を転がりながら大笑いをしていた。そのアンドロイドの常軌を逸した笑い方があまりにも恐ろしいので、ルーシーは涙を流していた。

 マステマはフィスタの襟を掴んで持ち上げる。

『さいっこ~ね! 自分を娘を探す健気な母親だと思い込んでたなんて! なんて哀れな女なのかしらぁ! 自分のアイデンティティが無くなったら、途端にフリーズしちまいやがった! 完全に私と同じアンドロイドじゃないのさぁ!』

 マステマはフィスタの襟を掴んで前後に激しく揺らす。フィスタの首が前後に大きくカクンと揺れていた。

『貴方も所謂電気羊ってわけよ、しかも不便な肉の体を使った電気羊、私よりも性能が低いわよね~?』

 そう言ってマステマはフィスタを地面に放り投げた。

『……ん?』

 マステマはフィスタのジャケットの懐から、何かが落ちたのに気づいた。

『これは……。』

 それはフィスタが一日をかけてデータを入力した白いUSBメモリだった。マステマはそれを拾うと首を傾け、何かを思案しているように見つめた後に胸の収納にしまった。

『さぁて、とっととこいつを始末したいところだけど、私はこいつに手が出せないし……困ったわね』

 ルナが言う。

「ちょっと待ちなさいよ、その子を差し出したんだから、誰にも手は出さないって約束でしょ?」

『貴方ばかぁ? あの時の取引は三人の命でしょ? これはまた別の取引よぉ?』

「そんな……。」

『さぁて、もうそろそろしたら私のファミリーがやってくるわ、そしたら彼らに始末してもらおうかしらね……。』

 マステマが話していると、遠くから二台の車両がこちらへ向かってくるのが見えた。乗っているのはヤスケとマサシだった。

『あら、噂をすれば……。』

 二台の車がマステマの前で停まる。ヤスケは出てこなかったが、マサシは車から出てきてマステマに片膝をついて挨拶をする。

「申し訳ありませんボス、銃使いの男を仕留めることが出来ませんでした」

 マサシの声はマステマ以外には聞き取れないほどかすれていた。

『あら、貴方が仕留められなかったなんて、よほどの相手だったのね』

 マステマはヤスケを見るとヤスケの顔は所々が腫れて血がにじんでいた。

『ヤスケも苦戦したみたいね……。』

「今回の作戦は我々のチームでもかなりの無理があったと思われます。ボスがいなければ、下手をしたら全滅まではいかなくとも……。」

『そう、悪かったわね皆、つきあわせてしまって。……ところでマサシ、お願いがあるのだけど』

「何なりと」

『そこに転がってる女にとどめを刺してちょうだい』

「はい」

 なぜマステマが自分でとどめを刺さないのかマサシは少し疑問に思ったが、彼はマステマの忠実な飼い犬だった。すぐに刀を抜いてフィスタの前に立った。

 すると、ルーシーが倒れているフィスタの体に覆いかぶさった。

「お願い、やめてください……。」

 ルーシーに乞われると、マサシはうろたえてマステマの顔を伺った。

『何よマサシ? 悩むことはある? 私はそいつを殺しなさいって言ってるのよ?』

 マサシは咳のような返事をして、ルーシーの体を引っ張りフィスタの体ら退けようとする。

「やめて、やめてよぉ!」

 しかしルーシーはしがみついて離れない。

『まったく……。』

 マサシの代わりにマステマがルーシーの服を掴んで強引に引きはがした。

「きゃぁ!」

『さぁマサシ、とっととやってちょうだい』

 マサシが刀を振り上げてフィスタの心臓を狙う。

 ルナもルーシーも、その場にいる者たちは顔を背けるしかなかった。

 しかしマサシの刀が振り下ろされようとした時、マサシの刀が鋭い音と火花を散らしてへし折れた。

「こほっ?」

『何ですってっ?』

 マサシとマステマの視線の先には銃を構えているチャカの姿があった。

 チャカがぼやく。

「やだねぇ、こういうありがちな展開」

 マステマが小さく首を振りつつ言う。

『大人しく隠れていればいいものを……いくら研究しても、人間の自殺願望というものは理解できないわ』

「死にに来たわけじゃあないぜ、アンドロイドはお前さんだけじゃないんだ……マァト!」

 ドローンに吊るされたマァトが空から降ってきてチャカの前で着地した。

『制圧対象のマステマとそのグループメンバーを確認しましタ。まもなく街軍の増援が来ます、それまでの間大人しく拘束されていただれば危害を加えませン』

 マサシがマステマに「増援がこちらに向かっているというのは本当です」と耳打ちをする。

『……こっちは目的を達成したから、無駄な争いをする理由がないわね……。』

 マステマはルーシーを掴みマサシはメンデルを抱き上げて車に乗り込もうとする。

「待て!」

 チャカがマステマに銃を向ける。

『取引したのよ、そこの彼女と』

 マステマはルナを指さす。

『この子を渡す代わりに、誰にも手を出さないってね。もし貴方が抵抗するというのなら、その時は取引は破談、この子以外は皆殺しよ。気を失っている二人を含めてね……。』

「く……!」

 街軍の増援がもうすぐ到着するとはいえ、倒れているフィスタと気を失っているメンデル、さらにルーシーをかばいながら戦うのはあまりにも現実的ではなかった。

「その二人は無事なのかっ?」

『私の言う意味では無事よ。でも貴方にとっては違うかも』

「……どういう意味だ?」

『そっちは壊れちゃって、こっちは初期化されたの』

「初期化? 壊れた?」

『そ、男の方はただの仕事を生きがいにする平凡で取るに足らない事務員で、女の方は自分を支えていたものが全部偽物だと知って抜け殻になった肉のがらくたよ』

 マステマは『ば~い』と言って車に乗り込んで去っていった。

 チャカがマァトにマステマたちを追わないのかと訊ねたところ、マァトからは「これ以上マステマたちと事を構えて被害を増やすよりも、撃退という名目でシェンシャーから出ていてもらった方が得策である」という街軍の方針を伝えられたのみだった。

 マステマのグループの一部が鎮圧され、多くがシェンシャーから逃げ、夜がさらに深まった頃、チャカはフィスタを担いで彼女の家に届けた。

「まったく、相変わらず重いな……。」

 フィスタをベッドに寝かせると、チャカはフィスタの手首を取り脈を確認し、顔にティッシュペーパーを一枚乗せて呼吸を確認した。

「生きてはいるみたいだが……いったいどうしたんだ?」

 チャカはフィスタの目をのぞき込む。フィスタの様子は寝ているようでも、意識を失っているようでもなかった。

 チャカはソファに寝転がると端末を操作する。今回の一件で無事だったプライベーターを確認するためだった。心配していたディアナとテセウスは何とか一命をとりとめたようだった。

 あまりにも緊張と疲労とが過ぎたためか、チャカも眠りにあらがうことが出来ず滑り落ちるように眠りに入っていった。

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