開戦
「さぁて、嬢ちゃんをどこに逃がすか……。」テセウスが端末に話しかける。「マァトや、北ゲートと西ゲート、それに南ゲートの状況はどうでぇ?」
『ゲートはすべてマステマのグループに襲撃されたわ。一応、街軍も応戦しているけど、ゲートから逃亡するのは難しいと思うワ。でも、そのおかげでそちらに向かっている集団は分散して数が少なくなってるみたイ』
「そこにマステマもいるのかぃ?」
『街軍の通信履歴からするとそうみたいネ』
「ならマステマをスクラップにしちまえば、奴らは統制を失ってゲートから逃げ出すってぇわけか……。」
フィスタがチャカに小声で「それはちょいと難いね」と言った。
チャカが大声で号令する。
「一般の住民は今のうちにマンションから逃げろ! 俺たちは悪党どもをこのマンションに引き留める!」
「じいさんはルーシーたちをお願いっ」
フィスタが言う。
「おいおい、俺ぁ女子供のおもりかよ?」
「しんがりだよ、いざとなったら差し違えるくらいの覚悟もってるプライベーターなんてじいさん以外いないでしょ」
「へっ、おだてやがって」
ヤンを始めとするマンションの住人たちは外に、ルーシーとメンデルはテセウスに連れられてマンションから逃げていった。
その後、プライベーターたちは玄関を始めマンションの非常階段や入り口といった侵入経路に陣取る。高層マンションなどではないので入り口はどれも狭く、守りに徹する方が有利な環境だった。あくまで、装備の水準が同程度であれば。
それから数分もしないうちに、マンションの前にマステマの乗るキャデラックのエルドラドが停まった。
マステマはプライベーターたちが張っているマンションの様子を見て言う。
『これはこれは……。』
マステマはキャデラックのボンネットから飛び降りると、最大限の音量でマンションのプライベーターたちに問いかけた。
『おかしいわね!? ここに来れば探し物を差し出してくれるって聞いたんだけど!?』
「欲しいもんがあったら、自分たちで手に入れるんだな! ただしこのマンションにいるプライベーターを全員相手にしたうえでな!」
チャカはマンションにルーシーたちがいると匂わせるように叫んだ。
マステマは開いた手を見せる。
『五分、それが私を待たせた男の最高記録。それ以上私を待たせた男はいないわ。正確に言うと、生きてはいないって意味だけど。五分以内に女の子を連れてきてくれなかったら、どう釈明しようと私を待たせた男たちと同じ運命を辿ることになるわよ』
マサシがマステマに意見しようとしたが、マステマはそれを手で制した。
「じゃあカウントを始めるわよ……五分前!」
マステマは五本の指を掲げた。
「四、三、二、一、めんどくせぇから代わりに数えたるわ! おら死ねぇ!」
マステマにプライベーターのひとりがRPGを放った。擲弾がマステマめがけて飛んでいく。
マステマは上空に跳び上がり擲弾を避けた。擲弾は背後のトラックに当り、トラックは爆発炎上した。
炎にまかれたマステマ部下たちは、火だるまになって周囲をのたうち回る。
『レディを待たせるのはマナー違反だってことね、思ったより紳士じゃないの。……皆殺しよ』
マステマの手下たちは一斉にマンションに侵入しにかかった。しかし、二階に通じる所はすべてソファーや椅子で簡易のバリケードが築かれ、なかなか入ることができない。近づこうとすると、バリケードの奥に控えたプライベーターたちのボウガンやライフルで攻撃されていた。
人数では有利だったものの、マステマのグループはリトル・ピョンヤンを無理に取り込んだ即席の大所帯だった。統率力にかけている一方で、プライベーターたちはお互いが顔見知りであり、このマンションの構造も良く分かっていた。
再びプライベーターの男がRPGを発射した。また別のトラックに着弾し爆発する。
「おい、お前、そんな凶悪なもんどこにしまってたんだよ……。」
呆れつつチャカが訊ねる。
「へっへっへ、前に武装強盗からかっぱらったもんを取っておいたんだよ。売ろうかどうか迷ってたが、こうやって使ってもらえるんだったら、こいつも幸せだろうよ!」
「気持ち悪い奴だな~!」
チャカも笑う。
「なめんじゃねぇぞぉ!」
別のプライベーターがヤンの店の紹興酒を使った即席の火炎瓶を次々に投げつける。マステマの周囲は火の海になりつつあった
『……ふん』
マステマがチャカたちがいるバルコニーをにらむ。
「……気をつけろ! マステマのやつ、ここに来るつもりだ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ……こっからどうやって」
マステマが感情のない声で言う。
『ヤスケ』
マステマに命じられると、ヤスケは「ハッハー」と笑いながらキャデラックのエルドラドの後ろに立った。そしてエルドラドを押してマンションの前までもっていくと今度は車両の後ろで屈み、満面の笑みでエルドラドを持ち上げ始めた。
「おいおいおい、何やってんだ……?」
体を伸ばし、ウェイトリフティングの選手のように高々と車の後部を持ち上げきるヤスケ、その顔は満面の笑みだったが、顔中には血管が走っていた。ヤスケがさらに勢いをつけ車を持ち上げてエルドラドが垂直に立つと、今度はエルドラドをマンションに向かって傾け始めた。
「まずいぞ! やつら車を使ってここから入る気だ! 全員下がれ!」
「車を……?」
逆さになったエルドラドがマンションに衝突すると、チャカたちの前には地上と二階とをつなぐ橋が完成していた。
「ダルトン下がれ!」
チャカが料理店の中に入りながら、RPGを放っていたプライベーターのダルトンに言う。
「そんなばかな……。」
マステマが逆さになったエルドラドの上を駆ける。
マステマの脚力で飛ぶようにして二歩、それだけで二階に到達し、さらにその勢いのままダルトンの顔面を蹴り飛ばした。
ダルトンの首が吹き飛び、後ろの壁に激しくぶつかり、後頭部から血が花火のように飛び散っていた。
「ダルトン!? くそったれめ!」
チャカがグロックのコピー製の銃を構える。
他のプライベーターたちはチャカと一緒に店の中、バルコニーから正反対の場所に陣取り、銃や日本刀といった各々の武器を構えている。
『まったく……手間取らせてくれるわね』
マステマがバルコニーから店に侵入する。
「お前ら、いったん引くんだ!」
チャカが言った、マステマにもしっかりと聞こえるように。
『逃がす分けねぇだろ』
マステマがプライベーターたちに躍りかかった。
『ビ!?』
しかしマステマは走り出した瞬間大きく転んだ。床に料理用の油がまかれていたのだ。
『なん……ですって……。』
マステマは何度起き上がろうとしてもこけてしまう。四つん這いで動こうとも、馬力の強すぎるために四肢は滑り前に行くことができない。
「皆、この店で酒が無料ってのはダメになりそうだ、すまん」
そう言って、チャカはジッポライターで火炎瓶に火をつけるとマステマに向かって投げつけた。
ヤンの店のフロアが炎にまかれ、マステマとその手下たちを飲み込んだ。
マステマの手下たちの悲鳴を聞きながらチャカが言う。
「ヤンの店の修理依頼がセンターから来たら、みんな無料で手伝わなきゃあな」
チャカはプライベーター用の端末を使って仲間たちに伝える。
「侵入を許しちまった! 皆は各々ゲリラ戦に入ってくれ!」
フィスタから通信が入る。
『ミッション「ちょっとだけよ~ん」を始めるね』
「名前はどうでもいいからやってくれ!」
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