救世主症候群・全容編【ADDICTOON】
秋犬
序章
【ADDICTOON】
剣と剣が激しくぶつかり合う音が響いている。大勢の人で白い闘技場が埋め尽くされて、闘技場の真ん中にいるのは父で、自分は祖父の隣で闘技場の全体を眺めている。
(これは、夢なんだな)
死んだ父と祖父、そして懐かしい故郷。父に稽古を付けられているのは青地に白い線が入った隊服を着た青年たち。その時点でこれは現実ではあり得ないと悲しくなった。
「ねえ、じいちゃん」
「どうした? いい試合じゃないか。相手の分析はできるか?」
観客席の中央に座る祖父に話しかけると、懐かしい声が聞こえてくるようだった。
「剣筋にブレがなく基礎鍛錬はしっかりしているけれど、横の動きが鈍いから縦に振った後に横へ回ると着いてくるのは難しいと思う」
分析の通り、父は前後に相手の剣士を振り回した後に横方向へ剣を払うと相手は着いて来れなかった。
「さすが、俺の自慢の孫だ」
祖父の手が頭の上に伸びてくる。それは父の声のようで嬉しく、同時に酷く悲しいものだった。
***
目を覚ますと闘技場も祖父も父も消えていた。風が頬を撫でて、地面が身体の熱を奪う。夜空を埋め尽くす星はきれいだったが、その輝きには永遠に手が届かないように感じた。
「……だから嫌なんだよ、こういう夢」
起き上がって頬を触ると、案の定濡れていた。寝ながら涙を流すのはよくあることだったが、この夢は目を覚ましてからも涙が流れて仕方がない。
「じいちゃんに会いたくなっちゃうだろ、父さんと稽古したくなるだろ、姉さんに抱いてほしくなるだろ」
ぼろぼろと泣きながら誰もいない空間に向かって延々と呟く。
「わかってるんだ、みんなもういない。俺だけひとり。わかってる、わかってるから、頼む、お願いだから、もうこんな夢はやめてくれよ……」
「誰に頼んでるんだろうな、自分に頼んでるのかな。自分が見せてきた夢に文句を言って、自分で怒って自分で泣いてさ」
「やっぱりおかしいんだ。俺はおかしい。もう誰も俺を必要としていない。さっさと死ぬべきなんだ」
「やっぱりさ、俺はあの時死ぬべきだったんだ。死なずにこんなところにまで来たから、ろくでもないことになってるんだ」
空を見上げると、まだ夜明けまでは時間がありそうだった。あまり使いたくないが、今夜はもう一度睡眠薬に頼る必要がありそうだった。懐から睡眠薬の瓶を取り出すと、一緒にいつも首から下げている認識票が出てきた。
「リィア軍上級騎士隊三等、ティロ・キアンだって……一体誰のことだろうね」
空に向かって呟いてみる。
「ねえ、本当の名前、何だっけ?」
「ジェイドじゃないよ、ジェイドは死んだんだ、じゃあ俺は一体誰なんだろうな」
「全部全部、忘れられたらいいんだけどな……」
仕方なく呷った睡眠薬で次第に何も考えられなくなってきた。
「へへ、忘れられるなら、とっくに忘れてるよなあ……」
「それにしても、どうして僕はここにいるんだろうね……さっさと死ねばよかったんだよなあ、あの時」
「そう、あの時死ぬべきだった」
頭の隅にいつもあるのは、燃える街と、破壊された港と、それと自分に無情にかけられる大量の土だった。眠りが訪れる度に、何度もまた埋められていく気分になる。眠りにはつきたかったが、埋められるのは嫌だった。
「どうして土の下って暗くて冷たくて、寂しいんだろうな……」
耳の奥で鳴り止まない土の音に心がざわついていたが、薬が効いてきて土の音を小さくしてくれた。
「やっぱり、薬だよな……」
そのまま彼は再び意識を失った。夜明けにはまだほど遠い時刻であった。
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