第39話

 中身は竹籠と同じように写真やハガキ、手紙が入っていた。ただその写っている人物が問題だった。

 黄ばんだ白黒の写真にはあの彼女そのままの姿と、その隣に並ぶ同年齢ほどの男。入ってあった写真数枚どれも彼女が映されていて、ツーショットで一緒に写っていた男性だけのものが一枚入っていた。手紙はどうやらその男性が彼女宛てに送ったもののようだった。しかしどう見ても色の褪せた白黒写真で、手紙に押されている切手が一昔前のものだと分る。男性の服装が軍服なのから想像して戦時中のものだろうし、その時に撮られた写真になぜ彼女が写っているのか。いくら孫にしても似すぎているし、この写真の彼女は彼女だと確信もある。


 達筆で読みにくい手紙の差出人を読み解くと「遠野(とおの)英児(ひでじ)」と書いてある事がわかった。自分の皮膚が粟立つのを感じながら受取人を確認する。「御澤(みざわ)絹代(きぬよ) 様」と書かれていた。

 さらに大地は混乱したと同時に、祖母が嬉しそうにテレビに向かっている姿が頭に浮かんできた。写真の男性はあの時代劇に出ている俳優に似ている事。浜辺で彼女が

「遠野」と言った事。伯母の瞳子が「遠野」と名前に何となく覚えがあったのは昔、これを見たか祖母自身から聞いたのではないか。


 もう理屈や理由付をしたところで同じ場所をグルグルとするだけだろうし、あり得ない事を素直に受け入れたほうが楽だ。

 大地は缶の蓋を締め、部屋から持って出ると、人目に付かないよう庭に面した縁の下奥に隠すことにした。

 夜、まだ続く故人を偲ぶ食事会は単なる宴会に様変わりしていた。とにかく集まると騒ぎたい習性でもあるんじゃないかと、大地は冷ややかな目でそれを見ていた。

 父と伯父はいつの間にか酒を飲まされ、顔が赤くなっていた。伯母と母は手伝いに来てくれている近所の主婦たちと、夏祭りの時と同じように動いている。

 祖母を亡くしたのにと母を不憫に思いながら、夏を過ごした部屋に閉じこもった。

 従弟の祥太郎は海外に旅行中らしく帰りは明後日になるらしい。話し相手もおらず暇ではあるが、ここの大人たちに絡まれるよりはマシである。


 葬式の時、奈帆子たちもお焼香を上げに来たみたいだったが、場合が場合なのか自分に接触はなかった。伯父もバタバタとしているのか、久々にあったのにあまり話せてはない。兎に角、あれだけみんな酒を飲んでいれば、夜に出歩くこともないだろうし、瞳子や母も疲れて外に目を向けることもないだろう。

 特に何を手伝った訳でもなかった。それなりに神経が尖っていたのか、大地はウトウトし始めていた。ハッと目を覚ました時にはもうすでに、夜の帳がすっかり落ちた後だった。時計を見るとすでに十二時を回っている。

 廊下に出ると居間や台所は電気が点いていた。同時に人の気配もあった。居間を覗くと、両親と伯母夫婦がテーブルを囲みながら夜食を食べているみたいだったが、明るい部屋とは対照的に空気が暗くて重い。祖母が死んだのだから当然と言えば当然なのだが、また別の重苦しい雰囲気が混じっている。


「大地?」


 様子を伺っていたのを、伯父の民生に見つかってしまった。


「何か、変な時間に寝落ちしちゃって……」

「そう言えばずっと姿を見ないと思ってたよ。背、だいぶ伸びたんだな」


 民生が言った。


「大地、お腹空いてるでしょ? 台所におかず置いてあるから」

 

母の口調はいつもと変わりはないが、この場から自分を遠ざけたいという意思を感じた。


「わかった。それと少し目が覚めたから、少し外に出てくる」

「気を付けてね」


 何となく大地は、固いと思っていた地面がちょっとした揺すぶりか何かで崩れそうな嫌な感じを抱きながら、あの蔵で見つけた箱を手に海辺へと向かった。

 高鳴る鼓動と妙な緊張感は、初めて試合に出た時を彷彿とさせた。肩の力が入って、首筋に針金が入っているみたいな鋭利な痛みがあった。

 大地は一旦立ち止り、大きく深呼吸をして肩と首回りを解した。そして「よし」と声を出して、先に見える人影に向かって歩き始めた。


「どうも」

「来てくれてありがとう」

「これ」

 

 そう言って大地は桜貝の入った箱を手渡した。


「無いなって思ってたのよ」

「うん」

「どうかした? 元気ないけど?」

「うん」

「家の事なら大丈夫よ」

「うん」

「うん。ばっかりだね」

「――」


 側にくるまではしっかりと彼女を見ていたのに、目に前にするどうしても直視することができずにいた。


「さっきから下を向いたままだね。顔をあげて。下ばかり見ていると、広い世界は見えないよ」


 思わず大地は顔を上げてしまった。すると彼女は慈しむように自分を見ていた。

「広い世界は見えないよ」遊びに来た時に怪我をした時、祖母がよく言っていた言葉だ。


「婆ちゃん。何で――」


 何に対して何でなのか、自分でもよくわからなかった。

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