筋トレ×ポーター

すずしろ ホワイト ラーディッシュ

1.実験体5号

第1話 強制労働

「これを台の上に置いて、その上に手を乗せ、目を瞑りなさい」


 真っ黒な服を着た壮年の男が、簡素なボロ服を着た幼い男の子に、そう言って、綺麗な緑色の勾玉を手渡しました。


 男の子は、何も言わずに部屋の中央にある台の前に置かれた踏み台を登ると、言われたとおり台の上に緑の勾玉を置くと、その上に手を乗せ目を瞑りました。


 すると、勾玉から眩い光が溢れ出し、男の子を包み込むほど光が広がると、突然ふっと光が消え去り、台の正面には文字書かれた半透明のボードが浮かび上がっていました。


 半透明のボードには、こう書かれていました。


 <ジョブ;ポーター>

 ジョブ特性;ポーターバッグ



 男の子は、不思議な感覚があったのでしょう、自身の両手をジッと見つめました。

 黒服の男は、予定どおりだとばかりに、軽く頷くと、男の子を連れて部屋を出て行きました。


 その後、ポーターの男の子が黒服の男に連れて行かれた部屋には、白衣を着た人達がいました。


「実験体5号だ。あとのことは分かっているな」


 黒服の男が、男の子のことをそう紹介すると、眼鏡を掛けた白衣の男が軽く頷き、棚に置かれていた大き目のバックパックを取り、男の子の下へと差し出しました。


「これに、ポーターバッグの魔法を掛けるんだ。やり方は分かるだろう?」

「……」


 実験体5号と呼ばれた男の子は、怯えた目で白衣の男からバックパックを受け取ると、右手を翳して呟きました。


「ポーターバッグ」


 すると、バックパックは淡い光を放ち、数秒して光は消えました。

 白衣の男は、ひったくるように男の子からバックパックを取り上げると、仲間の白衣の男へ手渡しました。どうやら、バックパックを調べるようです。




【ポーターバッグ】

 ポーターバッグは、ポーター職のジョブ特性で、バッグに魔法を掛けることで内部を空間拡張するとともに中に入れた物の重量を軽減する効果があります。魔法を掛けたポーター本人が近くにいる間は魔法が持続しますが、離れてしまうと、適当な時間を置いて魔法が切れてしまいます。




 白衣の人達が、バックパックを調べている間に、いつの間にか黒服の男は部屋からいなくなっていました。


 そして、残された男の子は、白衣の人達が持ってきた真っ黒な金属製の腕輪と足輪を両手首、両足首に取り付けられました。


「これは、パワーユニットと呼ばれる魔道具でね、こいつを付ければ力持ちになれるんだよ。だけど、少し調整が面倒くさくてね、時間が掛かるけど、付き合ってもらうよ」


 白衣の男の1人で、眼鏡を掛けた男が、淡々と説明してくれました。パワーユニットと呼ばれる真っ黒で無骨な腕輪や足輪には小さな箱が取り付けられていて、白衣の人達は、道具を使って箱の中を弄っています。


「よし、それじゃぁ、こいつを持ち上げてみてくれるかい」


 調整が終わったのか、眼鏡の男が床に置かれたダンベルを指さして言いました。そのダンベルは、先ほど男の子が持ち上げようとして、全然持ち上がらなかったものです。


「!?」


 男の子は、ダンベルが軽々と持ち上がったことに驚いたようで、目を見開いていました。


 その後もパワーユニットの調整は続けられ、さらに重たいダンベルも持ち上げることが出来るようになりました。


 そして、男の子は、白衣の人達のリーダーらしき男に連れられて、黒服の男がいる部屋へと入りました。


「報告します。実験体5号のポーターバックは、容量5割増しといったところです。パワーユニットについては、限界まで出力を上げておりますが、ポーターバッグに鉄鉱石を目一杯詰め込んだとしてギリギリといったところでしょう」


 白衣の男の報告に、黒服の男は眉間に皺を寄せました。


「容量5割増しとは低すぎないか?」

「成人での平均は4~5倍ですが、年齢が下がるほどポーターバッグの拡張率は小さくなる傾向があります。子供は振れ幅が大きいため一概には言えませんが」


 黒服の男の質問に、白衣の男は淡々と答えました。


「パワーユニットについても、限界出力で5割増しの荷物がギリギリとは、頂けないね」

「以前にも申し上げましたが、実験体の筋力がベースになるため、5歳児の筋力では致し方ないかと」


 質問の答えを聞いて、黒服の男は大きく溜め息を吐きました。


「まぁいい。実験データをまとめてくれたまえ」

「了解しました」


 黒服の男の言葉に、白衣の男は一礼すると、男の子を引き連れて部屋を後にしました。


 次に男の子が連れて行かれた先は、頑強な石壁に囲まれた施設でした。入口には強制労働者収監施設と書かれていて、男の子は一瞥しましたが、文字が読めなかったのか意味が分からなかったのか、全く気にする様子はありませんでした。





 その後、実験体5号と呼ばれ、強制労働者収監施設に入れられた男の子は、他の実験体と呼ばれる子供達5人と共に強制労働をさせられることになりました。


 他の実験体の子は、7号、9号、11号、12号、13号の番号が付けられていました。番号は年齢を現すようで、皆男の子です。


 実験体の子供達は、毎日、ダンジョン内を移動して、とある階層にある鉄鉱石の採掘場から鉄鉱石を運ぶ仕事を強いられています。


 もちろん、ダンジョンですから魔物が出ます。なので、監視も兼ねて、戦闘系のジョブを持つ護衛の男3人に守られての仕事です。


 ポーターバッグに目一杯の鉄鉱石を詰めて歩くのは、パワーユニットを使っているとはいえ、子供達にとってかなりの重労働です。


 そして、5日に1度のペースで、白衣の人達が訪れて、子供達の持つポーターバッグの調査と、パワーユニットの調整をしていきます。どうやら、ポーターバッグは、荷物運びを繰り返していると、機能が向上することがあるのだそうです。特にジョブを得たばかりの者は、変化が大きいらしいです。



 毎日毎日、ダンジョンへ入り、採掘場を往復して鉄鉱石を運ぶ日々を繰り返していると、子供達にも採掘場で働く人たちが犯罪人や借金奴隷たちで、強制労働させられているのだと分かってきました。


 そして、腕輪、足輪を付けられた子供達の姿は、まるで奴隷のようで、同じように強制労働させられていると思うと、必要以上にストレスを感じるのでしょう。そのストレスのはけ口は、必然的に弱い者、1番年下の実験体5号に向かいました。


 少ない食事と重労働、その奴隷のような生活に、実験体5号の男の子は、年上の実験体たちから、ストレスのはけ口として、些細なことで怒りをぶつけられ、殴られたり蹴られたりするようになってゆきました。




 そんなある日のことです。ダンジョンの採掘場で鉄鉱石をポーションバックいっぱいに詰め込んで帰る途中、実験体5号の男の子のようすがおかしくなり、徐々に隊列から遅れてゆきました。


 気付いた護衛隊長の男が、隊列を止めて、実験体5号へと歩み寄りました。


「おい、サボってんじゃねぇぞ!」

「うっ、にもつがおもくなって……」


 護衛隊長の怒声に、実験体5号は、怯えたようすで身を竦めながらも小さく呟きました。実験体5号は全身に汗をかいていて、息も荒くなっています。


「ちっ、またパワーユニットの故障かよ。帰ったら修理を頼まねぇとなぁ。まぁ、今日いっぱいは持つだろう。根性入れて働けよ。遅れたら飯抜きだからな!」

「ひっ……」


 護衛隊長が吐き捨てるように大声で言うと、実験体5号は、小さな悲鳴を上げて身を竦めました。


 護衛隊長は、ちっ、と舌打ちしてから再び隊列を率いて歩き始めました。


 実験体5号は、パワーユニットの故障で、いつもより重さを感じながらも隊列の最後尾を必死について歩きます。


 しかし、5歳児の体には、かなり厳しいようで、だんだんと隊列から遅れて行きました。さらに追い打ちを掛けるように、ダンジョン内では珍しく霧が発生してきて、男の子は隊列を見失ってしまいました。


 それでも必死に歩みを進めた実験体5号は、やがて見たことのない池へと迷いついてしまいました。

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