第17話 最弱 対 幽霊

 ロナとエオルがメイド達と戦っている頃。


 ——ドーケスの館。東館。


 ジェラルドは案内された部屋を物色していた。


「なんもアイテムねぇな」


 一通り物色を終えたジェラルドがドアを確認する。


「カギはかかってない。原作知識でヤツらの正体を知ってる分、俺達が有利ってことか」


 時間的にもそろそろファントムトーカーが動き出す頃か。ヤツらは日光に弱えからな。


 向こうは……大丈夫か。ロナは少なくともレベル28は超えてるし、エオルも22付近。全体攻撃の烈火魔法フレイ・バーストが使えてもおかしくない。


 ……俺よりよっぽどアイツらのが強いな。


 扉を開け廊下を覗く。そこには敵らしき影は見当たらなかった。


「んだよ。俺に警戒は必要ないってか」


 それならそれで、直接狙わせて貰うぜ。あの執事をよ。


 ファントムトーカーには全体を統率する個体がいる。他のファントムトーカー達へと命令を下す存在が。



 それがあの執事に取り憑いた個体。



 アイツさえ倒せば、他の個体も動きを止める。そうすれば1発で解決だぜ。



 ジェラルドはそう読んでいた。ゲーム本編でもそうであったからだ。



 屋敷を進み執事を探す。



 途中何度かメイドと遭遇した。その度にスキル「にげる」で廊下を駆け抜け、迷路のような屋敷の構造を利用して戦闘を回避する。


 そうして何度目かの逃走に成功した時、腰のさやが薄く光を放った。



「これで逃走回数は128回。ガルスソードもそれなりに威力出せるな」



 館内を抜け、東西を結ぶ長い長い渡り廊下へと差し掛かった時。



「おやおや。もうお休みされたかと思いましたが?」



 通路の奥から執事の声が聞こえた。


「いや〜ちょっとアイツらの様子を見に行こうかと思ってよ」


「メイド達から逃げて……ですか?」


「何のことだか」


 シラを切ろうとするジェラルドだが、執事の雰囲気は明らかに夕方とは違っていた。


「私が知らないとでも?」



 ちっ。元から警戒されてやがる。真正面からやり合うしかねぇか。



 ジェラルドが懐から小瓶を取り出す。その栓を口で開け、回避、素早さ、防御力上昇ポーションを同時に胃に流し込んだ。


「何ですかそのポーションは? 今にも私と戦おうとしているようです……ねぇっ!!!」


 その眼を赤く光らせながら、執事が人間離れした速度でジェラルドへと走る。


「喰らいやがれ!!」


 ジェラルドが懐から新たなビンを取り出し、執事へと投げ付けた。


「無駄ですよ!」


 執事が飛び上がり、吸い付くように壁を走る。


「何ぃ!? 重力魔法グラヴィトかよ!」


 空を切ったビンは地面へ叩き付けられ、床一面に液体が飛び散った。


「クソ。もったいねぇな」


「ははは! そんな物、警戒して当然でしょう!」


 壁を蹴り、執事がジェラルドへと襲いかかる。


 月明かりに照らされた執事は両手にナイフを装備していた。


「くっ……!」


 その両腕から放たれる鋭い攻撃がジェラルドを狙う。回避率上昇ポーションの効果で連続で放たれるナイフ攻撃を避けるジェラルド。しかし——。


「ふむ。ならばこれはどうですかな!!」


 執事の攻撃の速度が上がる。


「ほらほら! その眼帯・・を装備していても無駄ですよ!」


 執事がジェラルドの眼帯を狙いナイフを振り下ろす。


「さすが幽霊様は良く知ってやがるな!」


 咄嗟にガルスソードので攻撃を防ぐジェラルド。その様子に執事は笑みをこぼした。


「流石にそれは守りますか! ならば正攻法でその肉体を破壊してあげましょう!」


 ジェラルドの胴体へと狙いを変えた執事が連続切りを放つ。


「ちっ」


 高速で放たれる攻撃は完全に防ぎ切れる訳ではない。致命傷こそ防いでいるものの、その鋭利な刃が徐々に彼の体に傷を付けていく。


 ……このままだと防御上昇の効果が切れた瞬間やられるな。


「そろそろ終わりですよ!」


 執事がナイフを振り被った隙をつき、ジェラルドはガントレットから魔法の巻物スクロールを放った。


「この距離で魔法攻撃など貴方が死ぬ! 無意味ですね!」



 巻物スクロールがパラリと開く。



 そこに書かれていたのは……。



 傷付いた者を元の姿に戻す聖なる呪文。



「せ、生命の……回復の巻物スクロール!?」



「お前らアンデッドは回復呪文が弱点だよなぁ!!」



 巻物スクロールが光を放つ。目の前の執事へと回復の呪文が放たれる。



「クソがぁッ!!」



 魔法を避けるように執事が後ろへと飛び退いた。


 ファントムトーカーもアンデットモンスターの一種。この回復呪文が最大の弱点である。それを踏まえてジェラルドは準備していた。大金をはたいて購入した巻物スクロールすら惜しみなく使用する為に。


 そしてもう1つ。



 アンデッドが持つ別の弱点。



 それもジェラルドは把握していた。



「焦りましたが残念でしたね! 当たらなければどうと言うことは——」


 執事が着地する。それと同時に伝わる。濡れた感触が。


「何ですか……これは?」


 執事が周囲を見渡すと、ビンが転がっていた。


 先ほど避けたビン。割れたビン。そして、ジェラルドが持っていたモンスター避けの聖水・・のビンが。



「ぐ、ぐあああアアアアア!?」



 聖水に触れた執事が激しく痙攣けいれんする。



「魔物のけがれを払う聖水だぜ! 穢れの塊であるアンデッド様に聖水のかかった人間の体は居心地悪いだろ!」



 執事の体からファントムトーカーが抜け出る。聖水に苦しみもがく人影が、空中にふよふよと漂った。



「待ってたぜテメェが出て来るのをよぉ!!」


 ジェラルドが抜刀の構えを取り、影へと飛び込む。



「ひっ……!?」



「ガルスソード!!」



 鞘に刻まれたニワトリ模様が眩く光る。



 128回。



 逃走回数分威力を引き上げる一撃。ジェラルドの限界を超えた一閃が、放たれる。


 斬撃の形状に空間の歪む。



 その直後。



「あ……あ……ああ"ああアアアアア!!!」




 ファントムトーカーは光となって消失した。

 




◇◇◇



 ロナ達のいる西館へと渡ったジェラルド。その姿を見たロナは両手を広げ彼へ駆け寄った。


「師匠〜!」


「心配しすぎだっての……そっちはどうだ?」


「エオルがね、新しい魔法を使えるようになったよ」


 エオルが?


 ジェラルドが見ると、彼女は顔を赤くしてそっぽを向いた。


「おお! やるじゃね……うおっ!?」


 突然、ジェラルドに聖水がぶっかけられる。顔を拭ったジェラルドの目に映ったのは空になった聖水のビンを持ったエオルだった。


「何すんだよ!?」


「ふ、ふん! 取りかれてないか確かめただけじゃない!」


「恥ずかしいからってぶっかける奴があるか!」


「あ、アンタが預けたアイテムを有効利用しただけよ。それより早く残りの人達・・・・・も助けましょうよ。これ以上こんな所に居たくないわ」



 ジェラルドが固まる。



「お前……今なんて言った?」


「え? これ以上ここに居たくないって」


「そうじゃねぇ。『残りの人達も』って……まだ操られてるメイドがいるのか?」


「まだ結構いるじゃない。ここに来るまでに見なかった?」


「10人くらい残ってるはずだよ」



「なんだと……?」



 どういうことだ? あの執事が統率者だったはずだ。本編でもそうだった。それなのになんで……。



 その時。



「え、何この声?」



 何かに気付いたロナが周囲を見渡した。


「どうした?」


「何も聞こえ無いわよ」


「低い声みたいのが……」


 ロナが通路の先へ視線を送る。



 すると。



 奥の暗闇に2つのが現れた。



 ギョロリとした目が、真っ直ぐにロナを見つめる。



「師匠!! エオル!! あ、あそこに目が!?」


「な、なんだありゃ」


「大きい……顔……?」


 両目の周りをモヤのような物が囲んでいく。それが形を成し、巨大な顔が浮かび上がっていく。



 顔。顔だけの存在が。



「か、顔だけのモンスター!? 何よアイツ!?」


 月明かりに照らされ、廊下一面を埋め尽くすが現れる。




 アイツ。もっと先の場所に出るはずのモンスターじゃねぇか……。




「こ、こっちに向かって来るわよ!」



「オオオオオオオオォォォォオオオ!!」



 巨大な怨霊おんりょう。ファントムトーカーの上位モンスター。



 「ファントムフェイス」が雄叫びを上げた。




―――――――――――

 あとがき。


 まさかの別ボス出現。次回、ボス戦です。

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