第7話 ほこり

レコードside

 ひとつ、思い出したことがある。


 それは、兵を率いて戦地に向かったときだ。事務仕事をいい感じにライスに押し付けて自分は現地へと急いだ。

 現地ではすでに5割ほど事が進んでいて、戦況はこちらが有利といったところだろうか。指示を指揮官に任せバキバキになまった体で前線におどり出た。

 そのときだっただろうか。どこからか懐かしい匂いがした。戦地は土やら汗で臭いが、これは確かに嗅ぎ覚えのある匂い。服の匂いではなく香水だろう。

「オマエ、ちょっと来イ。」

どうやら発生源は自分の兵士。今まさに戦おうとしていたところだ。

「え?な、なんですか急に?というかどなた?」

「レコードだけド。」

「ああ、あ、隊長でしたか。」

「早ク。こっち。」

「ああ、はい。」


イヤな予感がする。理由はわからないがどうにもかぎ覚えのある匂いに悪寒がした。

「私の身体に、何か異変が?」

「イヤ、コレなんの匂いダ?」

「ああ、コレですね。今朝服を着替えていたら香水をこぼしてしまって。そんなに濃い匂いではないのによく分かりましたね。」

「オマエ、新人兵だナ?」

「はい。今年はじめて戦場に来ました」

思い当たる節はない。体が匂いに震える。

「…ところで隊長。こんな言葉に聞き覚えはありますか? 『オクトパス』」

「っ!」

まだ覚えていたニンゲンが他にもいたなんて。オクトパスは僕の異名。通り名だった。体が無意識にこの新人兵から距離を取った。

「ねえ。思い出した?いや、覚えているかい?」

「じゃア、あなたは…」

「おーようやく思い出したようだねー。そうそう。キミの師匠だぞー。」


 だんだん昔のことを思い出してきた。アルファに誘われる前、『殺し屋』として生きていた。目的は…真実を知るため。

「僕の両親を返せ」

ふっと込み上げてきた怒りで我を見失いそうになった。少し加減を間違えれば自分の隊員までケガをさせてしまう。


「いやー何年ぶりかなー。キミとこうしてまた戦地で会えるのを楽しみにしていたんだよ。」

「僕はもうあのころの僕じゃないんだ。大人しく身を引け。さもなくば…」

「おーっと、こわいこわい。今はそれどころじゃないでしょ?今まさに戦争してるんだよ?私にかまっている暇があったらそっちを…」

「僕の教え子をみくびらないほうがいい。それに、これは勝ち戦だ。」

途端、領土奪還の合図がなった。本来の目的は達成。

「なるほどね。確かに成長したようだね」

無線から連絡が入った。「このまま退避。隊長はそのまま残りますか。」

「ああ、そうシテくれ。ついでニ帰ったらナンバーに伝えて欲シい。“823”と。」

「!!っ了解しました。総員退避!」


「メッセージかい?応援を呼ぶつもり?」

「まさかね。終わったら戦況を数字で報告するんだ。」

「ふーん。まあ、いいや。今から本部の人間なんか間に合うわけないんだから。」

「…本題は?」

「私、言ってなかった?キミのスカウトに来たんだけど。」

「今更何を?またオクトパスになれと?」

「うん。まあそんな感じ。どう?」


 昔のあいつは、殺人鬼狩りの殺人鬼。死神。送り人。散々言われていたが名前を呼ぶとふらりとどこからか来る殺し屋として、彼の本名は決して言わない暗黙の了解的なのがあった。

 そんなやつと、あるときを境に一緒に行動することになった。それは…親が誰かに殺されたから。首を掻っ切られて母は即死。父は逃げたが足を切られ動けなくなったところを馬乗りにされ、抵抗しないよう腕をもがれた挙句話せないよう舌を切られ窒息死。そんな現場を誰よりも近くで見ていたのは僕。夜に突然目が覚めて自室のドアを開けると、そこらに使用人だったものが転がっていた。必死に犯人を追ったけど子どもの足じゃ追いつかない。結局顔も性別すらも分からなかった。


「さて、決心はついたかい?ずいぶん思い出に浸っていたみたいだけども。」


 その後、犯人探しにかって出たのは当時警察に扮したコイツだった。いろんなところを言われるがまま歩いて調べて、まんまとアジトらしきところまでついていってしまった。コイツの部屋は色々資料があって、僕が字を読めないとでも思ったのかあの夜起こったことがそのまま書かれていたものが、あっちこっちに落ちていた。僕の家の設計図と使用人の情報、標的にペンで印がついていた。

“なお、その子どもロード・ジェスターは保護し訓練させよ。”

ロード・ジェスターは僕の本当の名前。そしてこの紙からアイツが僕の親を殺したことがよくわかった。唯一違った点は殺し方。父は首絞め、母は果物ナイフで、とメモ書きがしてある。どういうことだったのか今でも分からない。



かすかに聞こえるエンジン音。聞き覚えのある地を走る音。これは…

「さて!サンドバッグはどこかなー!!」

「!!っなぜだ!」

事前に仲間を呼んでたからな。アルファとナンバー、運転はリンネか?

「人のものを勝手に取ろうとするなんてーさいてー」

「アルファが言えたことではないんとちゃうか?」

「ごほん!!んで?お前は逃げないのか?」

とたん、こいつは膝から崩れ額を土につける。

「はああ幹部様が!体がすくんで動けませぬ。今こうして話しているのもおこがましいと感じております。」

「おーそうかそうか。じゃあいっぺん殺すか。」

「どんな感じにしよか?」

「うーん。別に指定はないな。な、レコード。」

「じゃまず足ト腕一本ずつ落としタラ」

「なるほどー。じゃあそこの平兵士!今すぐ腹を向けて寝ろ。」

「ひ、ひい!なんて残忍な…」

瞬間に後ろに引き体勢を立て直す。あ、でもそこには…

「…るせーよ。」

後ろから明らかに不機嫌なシルクが右腕と左足を落とした。まずい。今日お休みの日だったのか。

「ゔっがあぁぁぁ…」

「うるせー鳴くな。殺すぞ。」

ごめんよーシルク。今日ってリンネと一緒に授業する日だったよね?申し訳ない。

「あららー、うちの主戦力がお怒りかー。ナンバーどうするか。」

「そらもう、コイツのせいで非番がなくなったんやから肉片にでもすればええんとちゃう?」

シルクは切り落とした断面を指でくるくる撫でて遊んでいる。その断末魔は元戦場に響いた。

「あーっとー手がーすべったーー。」

運転席から何かがアイツに向かって投げられた。シルクは分かっていたようにスッとその場を離れる。

「リンネ!!これやっとできたんか!すごいやん!俺もやりたい!」

シルクの顔が、にぱーっと明るくなる。その無邪気さは幼稚園児の様だ。

「2段式自爆装置付時限手榴弾や!」

「はーい、いっぱいありますからねー」

となればこちらは引率の先生だろうか?

アイツのもとを離れてリンネの方に向かっていくシルクをよそに、しっかりシルクによって拘束されたアイツは動けずにリンネが投げた手榴弾が直に当たった。


「さすが!うるさかったアイツやっと静かになったわー」

それからいくつ手榴弾が宙を舞ったのだろうか。地面に穴が開いていたが、気にせず炭になったアイツを俺は持ち上げて国境線に放り投げた。あと、腕と足は持って帰った。色々採取する他爪剥がしの練習になるからだ。


「さてレコード。気は済んだか。」

「うん!アリガトウ!」

「それはよかった。最初びっくりしたで。まさか勝ち戦で非番の呼び出しとは。」

「うん!休みだったけど、まあこっちの方が楽しかった!」

「そうですね。」

「ソレに関してハ申し訳ナイ。」

「いいんです!まだ実験段階だった手榴弾がようやく完成したんですから!ね?シルクさん」

「うん!帰ったらアレ作ろうや!またカスタムしたい」

「お、速射式ですね。せっかくだからここに落ちてたこれ、使っちゃいましょうね」




ナンバーside


非番でも書類は溜まる一方。アイツのおさんぽ阻止もまた俺の仕事だ。

「インカムより失礼します。」

一応、と思い軽くつけていたインカムをしっかり装着する。

「なんや。」

「私、今日〇〇国の戦闘で前線部隊…」

「あ、それね!どうやった?」

「ただいま収束いたしました。」

「おう。それじゃあ書類をこれから…」

「いま、情報が入りました!え?823…だそうです」

「なんでしょうか?」

「レコードが冗談いうくらい簡単だった…とか?」

どうやら同じく非番のリンネも聞いている。同じ部屋にいるアルファにインカムをつけるようジェスチャーで伝えた。

「にしても聞いたことないですね」

「…すいません。意見よろしいでしょうか?」

「うん。聞かせて」

「私も気になります。」

「今回全てを仕切っていただいたレコード隊長はいま、まだ国境線付近にいて新人兵とお話しをされているそうです。」

「ふむ。」

「単純な語呂合わせですが823(やすみ)と、なりませんか?」

「リンネ!」

「はい!すでにシルクさんと鍵を持って車の準備は出来てます。正門です。」

「アルファ、いけるな?」

「いくぞ」


 そして現在、炭になったお客様を眺めている構図である。戦地までがそう遠くなかったのが唯一の救いである。シルクはリンネの部屋にいたらしく、話の異変に誰よりも早く気がつきリンネを担いで窓から中庭に降りたそう。担がれたリンネ曰く「これがシルクさんの見てる世界なんですね」といつもより荒い車の運転で答えた。


 この一件を機に新たな役職を追加しようと思った。ダクトを使えて学生や兵士の中からお客様(スパイ)っぽい怪しい人物をリストアップやマークしてくれる人。ダクトから情報収集してほしいためダクト内の構図が分かっている人がいい。


「レコードかシルクやん?でもあいつら隊長だから無理やん。あとダクト使えるやつだれがいる?」

アルファの見張りをしながら残り数時間の休暇を過ごす。その傍ら、いや暇つぶし程度にアルファに問う。

「ライスでいいんじゃない?」

「ダクト使ってるとこ見たことないけど。」

「ああ、クセになったら暴走したとき使いそうだから普段使いはしないって言ってた。」

「へー。確かに小柄やしすばしっこいからダクト入りやすいねんな。」

早速インカムをつなげる。

『ライスー?今ひまか?』

『なんかあったか?暇だけど』

『アルファの部屋きて』

『あいよー』


少し経って「入れ。」とアルファが一言言うと俺は戸を開けた。何度か入ってこようとしてドアノブを壊してしまったため彼は触らないルールとなった。

「きたで。」

「ありがと。ほんでな。ちょっと頼みたいことがあんねんな。実は……」


「なるほど。いいよーわしで良ければ」

「ほんま?じゃ、早速お願いしようかな?暇な時間にやってもらっていいから。」

「わーい。ちょうど暇しとったんよ。行ってくるわ」

「お気をつけて」


全てのダクトはフタが落ちない仕様になっていて内側から簡単に閉められるものに変更した。これは普段からダクトを使うシルクから「いちいちめんどい」と苦情があったためだ。


 風呂の時間。俺の部屋にライスはいた。

「おう、おつかれー。さっき頼まれたやつ。なんか怪しそうなのはここにリストアップしておいた。ついでに掃除もしといたわ。」

「いやー、やっぱライスに任せて良かったわ。ありがとうな。」

「さっきも言ったろ?暇なんや。んじゃ!わし風呂入ってくるわ」

「あいよーまた頼むわ!」


そうして颯爽と風呂場に駆けて行った。汚れた雑巾を振り回しながら。


そしてこの後ライスが作ったリストに載せられた8割がお客さんであったこともあり、給料が増えてウハウハしているライスを見て自分もまだ頑張ろうと決めた三徹目昼のナンバーであった。





〈追記情報〉

メモ:ライスはキレイ好き


 あれは本当ニ先生だったのだろうか


 また20年前の繰り返しだな

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