日常

こみん

第1話 珍しく朝起きることができた日

 昨日カーテンを閉め忘れたままだったのか、朝日で目が覚めた。小鳥のさえずり、兵士の掛け声、ワイドルのあくび。それら全て俺の日常だ。

不意にノックの音が聞こえる。

「俺や。入るで。」

毎朝のように起こしに来てくれる友人もいる。

「やあ、おはよう。」

「なんだ、今日は起きてたんか。ワイちゃんもおはよ。」

「わん!」

手に“嫌な音を出す”ラッパを持っているこの大男の名はナンバーでガキの頃からの付き合いだ。

「朝から元気だなお前は。」

「あんさんが毎朝起きないからでしょ!?」

はいはい、となだめながら食堂に向かうためいつもの軍服に着替える。


「そういえば、今日は珍しくアイツとすれ違ったな…」

ナンバーが珍しく、と言うことは間違いなく…

「フレンか?」

「うん。そうや。アイツまた徹夜でやっとったんだとよ。」

ちょうど着替えも終わりフレンに渡したいものがあったため急ぎ足で食堂に向かう。

「さあ、行こうか。今日のデザートなんだろな。」


―食堂―

 すでに複数の兵士や幹部が食事をとっていた。

「フレン、おはよう。お前また徹夜したんだってな。」

この男はフレン。きっとまたパソコンに向かっていて、気がついたら朝だったのだろう。

「おはようアルちゃん。でも、ちゃんと成功したよー。あとでぼくの部屋来てねー。」

「ああ、書類も忘れずな。」

すかさず言葉を返した。

「お前もな。」

ナンバーに倍返しされた。

「あっ、あー、そんなことより…」

「そんなことやなくて…」

俺は無理やりナンバーの話を逸らす。

「フレン、これを。」

「え、コレってまさか。」

「ああ、この前約束しただろ?報酬だ。」

フレンは俺と同じく甘いもの好きだ。この前頑張ってくれたお礼にと思い、仕事を抜け出しこっそり買ってきた有名店のクッキーだ。(まだナンバーにはバレてない)

「アルちゃん…ありがとう!味わってたべるわ!」

「おう。じゃあまた部屋で。」

フレンとは分かれて別のテーブルで食事をする。この食堂は「兵士用」「幹部用」「それ以外」の三つがある。フレンは幹部だが、自分が率いる軍団と交流の場を、という意味で食事はいつも兵士用のところでとっている。


「アルファじゃん。今日ハずいぶん早いネ。雪でも降らなきゃイイけド。」

「おはよう。今日は一段と晴れているからな。むしろ降ってくれた方が涼しいから良いのだが。」

朝早く食堂に来るのはレコード。いつも魂の抜けた様な喋り方をする面白いやつ。

「おハヨ。ナンバーもおはヨ。」

「おはようレコード。朝から申し訳ないな。ありがとう、机の上見たで。」

こいつは朝、と言っても日が昇る前に起きてきてその日一日の仕事をこなしてしまう。今日は、昨日俺が頼んだ書類をやったのだろう。

「ああ。イイの。これがマイスタイルだかラ。またなんかあったラ呼んでネ。」

言葉からは感情が伝わりにくいが褒められて喜んでいるようだ。

こうして俺たちは席に着いた。今日は…はっ!りんご!蜜たっぷりのやつ!甘いものを食べている時だけは自分が少年の心を保っていられる。

「アルファ。お楽しみのところ申し訳ないが業務連絡や。」

上から気配を感じる。きっとわざと物音を立てながら来ているのだろう。

「どうしたシルク?」

上を見上げると同時にダクトから出てきたのはシルク。虫のように素早いが虫が嫌いだ。

「んー。」

ダクトからぶらりと逆さまのまま頭だけを出すシルク。何かを俺に向かって落とし、そのままダクトに入ろうとする。

「あ、シルク待てい。2時間後、会議やるぞって、居ないメンツに伝えてきて。」

シルクは踵を返しそのままダクトに戻って行った。ちょうどそのタイミングで紙が降ってきた。


“アルファ またやばいかもしれんからよろしくな。すまん。ライス”


シルクに渡された紙に書いてあった。食事が終わったらすぐに行ってやろう。

「ナンバー、このあと会議の前にライスの部屋行くから“アレ”持ってきて。俺りんご食ってから行くわ」

「ふふ…わかった。今行ってくるから部屋の前で待っとって。ついでに書類持ってくるわ」

俺はたった5切れしかないりんご(他の人より2切れ多い)を口いっぱいに味わった。さて、ライスの部屋に行こう。今頃はシルクが抑えてくれてるところだろう。

“俺だ、アルファ。フレン、放送かけてくれ。ライスのところに行ってくる。中庭使うわ。”

“おっけー。10分ちょうだい。”


《ぴんぽんぱんぽーん。はーい、こちら室内放送担当フレンでーす。これからアルファ総統による演習訓練が始まるので中庭には立ち入らないようにー。今中庭にいる人は早く出ないと大変なことになりまーす。あ、観戦はしていいよー。気になる新兵どもは見学おすすめでーす。10分後ねー。以上》

「あれか」

「やったあれ面白いんよな」

「はやく行こー!」

平兵士達が目を輝かせ中庭に急ぐ。俺はすでにライスの部屋の前にいて準備はできている。後はナンバーを待つだけだ。


「すまん、遅くなった。」

ナンバーは片手に大量の書類、もう片方は錆びた大剣を持っている。

「ああ、兵がいすぎて通れなかったんだろ?いいさそれくらい。エンターテインメントとしては、待ち時間が最高のスパイスだからね。」

「はいはい、きもいキモイ。はい、これ。」

大剣を持つ。

「この剣、お前が持ってる方が何倍もしっくり来るんだけどな。」

俺が持つより頭ひとつでかい、こいつが持った方が迫力がある。

「いいからはよ行くで。どうせ俺は前線じゃ戦えないんだから。」

嘘つけ。とも思ったがやっぱ言うのをやめた。


コンコンコン…「ライス、シルク、入るぞ」

「ん。」と多分シルクの声が聞こえたので慎重にドアを開ける。中ではベッドの上でブランケットを頭から被ったライスと、その横でシルクがベッドの端に腰掛けている。


「ありがとうなシルク。」

「ん。」と言うとシルクは音も立てず静かにドアから部屋を出た。


「さて、ナンバー」

彼を呼ぶと、はいはいと言わんばかりにベッドにブランケットをはぎ取ろうと近づく。

「ライス、もう抑えなくてええんやで。中庭行こ。」

ナンバーがそう言うとブランケットに包まったライスがむくりと起き上がり窓を開けて中庭に出て行った。

「ナンバー」

「はあい、下にまいりまーす。」

この緊急時にナンバーにここまで危機感がないのは、ライス本人曰く、「一瞬だけ理性を保てる」からだろう。今も攻撃はせず黙って中庭に降りて行った。下には放送を聞いた兵士が周りを取り囲んでいるはずだが、きっと誰のことも襲っていないはずだ。


「さあ、ここからは鬼ごっこだ。どっちかが倒れたら終わり。行くぞ!」

ナンバーに乗って最上階から窓から地面に着いた俺は先手を取るべく距離を詰める。

「ゔぅぅぅぅぅぅぅがぁぁ」

窓から軽々飛び降りる姿はまるで猿のようだったが、それもそのはず。彼は鬼だ。いや、正確には鬼の血筋なんだとか。昔話だと思っていたが本当にいたとは…彼を見つけた時はゾクゾクしたなあ。

「あぅぅぅぅ」

やはり身体能力が人間とはケタ違いだ。爪を立てて足の速さを活かし、こちらの間合いに入ってくる。それをギリギリでかわすのもまた面白い。

「どうした?そんな攻撃では俺には当たらんぞ。」

「ゔゔぅぅぅぅぅぅぅぅぅあああう」

今度は背中に回り込もうとしていたのだろう。柱や壁も使って俺の周りをぐるぐるまわっている。

「おーい、目が回るのだが?」

「アゥゥ。ガァァァァァァ!」

俺が一瞬ライスを視界から外した途端、背中めがけて突進してくる。もちろんそんなことはわかっているのでよける。そして振り返りざまに俺はライスにひと蹴り。

「がぁぁゔゔゔぅぅぅぅ」

ライスの身体は数秒の間空を舞い、壁に思いっきり叩きつけられた。壁はライスの身体の形にくぼんでしまった。ちょっとやり過ぎた。傍観していた兵士は驚きや感嘆の声をあげる。

「さあ、そろそろ終わりにしようか。ライス。」

「ンギッ。はあはあ、んゔぁぁぁぁ。」

もう体力が少ないのかさっきの蹴りが効いているのかこっちに向かって正面から走ってくる。

「ごめんな。」

…。

アルファの持っていた大剣で闘いは幕を閉じた。この大剣は鬼を閉じ込めるものらしい。だから“人間の”ライスには無傷だ。これでしばらくは暴れない。

“フレン、おわった。放送かけてくれ”

“はーい、了解”

“シルク、中庭に手伝いに来てくれ。あと俺の部屋からワイドル連れてきて”

“んー”

インカムでフレンに放送、シルクに中庭に来るよう指示をを出す。

「んじゃ、俺は会議の準備してくるわ。剣も戻しとくな。」

ナンバーは部屋に戻っていった。


こうしてわくわく楽しい鬼ごっこが終わった。普段ライスとは組み手が出来ないからか、いつもこのときが楽しくて仕方がない。

ライスの様子を確認する。スースーと寝息をたてて寝ている。もう大丈夫そうだ。


「わん!」

放送が流れ始めたころ、ワイドルとシルクが来た。ワイドルにはライスを乗せシルクと一緒に部屋まで連れて行ってもらう。会議までまだ時間があるためしばらくシルクと様子を見る。ライスもシルクがいた方が安心するだろう。

「なあ、シルク。」

「ん?」

「いつか、暇な時でいいから。あのときの話の続きしてくれよ。」

「んー。」

シルクはニコニコしながら返事をした。考えて濁しただけなのか了解したのかはわからないが、もっと待ってみてもいい気がする。

『俺と出会うもっと前のあの日のこと』

調べるのは簡単だが、ぜひ本人たちから聞きたいものだ。

“もし〜。そろそろ会議やるで。ライスまだ寝とるんやろ。後で会議録作るわ”

ナンバーの声だ。すかさずシルクはダクトに潜り込んで行った。俺はワイドルを連れてそっと会議室に向かう。



―会議室―

「……せやから、次はこことかどうです?」

「いーねー。情報まとめて後で見せるねー。」

「でもココ闇市の拠点だかラ、ヘイトもらっちゃうヨ。」

「そういえばそうやな。最近あそこに顔出せてへんよな。」

「私とシルクさんで挨拶回りしてきましょうか?」

「んー?んー。(えー?めんどい。)」


やはり会議はつまらん。体は動かせない、こっそり抜け出せない、みんな頭が堅すぎる。いやいや、真面目に考えるか…。もう面倒だし兵も少ないと聞いたから正面から圧…

「総統ー、今気ぃ抜けて馬鹿みたいなこと考えてたんと違います?正面から人数増やして突っ込むとか全力先進とか圧かけて突進とか。」

「うぐっ。い、いやまさか。ちゃんと考えてますよ。そりゃここのリーダーですから。」

やはり俺のボディーガードには全て筒抜けのようだ。が、もちろん考えてないわけではない。

「お、アルちゃんなんかいい案あるのー?」

「ある。まず、風の噂で聞いたのだがあの国は徐々に人口が減ってきて食料が足りていないらしい。つい先日もそこからウチに外交官が来てたらしくて。それを逆手に使えば良いのでは?」

「つまり…?具体的には?」



 会議は久しぶりだったせいもあり溜まったものを吐き出すのに時計の針が4時間ほど進んでいた。

「では、これで会議は終わりとする。各自書類忘れないように。出来ればあいつのために早めにな。」

みんな一斉に立ち上がる。部屋に行く者、食堂へ行く者、様々だ。

「フレン、さっきの今でもいいか?」

さっき、というのは今朝の食堂のことである。

「あー、忘れてたー。いいよー行こ行こ!」

無駄に長い廊下を渡り着いたのはフレンの部屋。彼は最近お香とやらにハマっているらしく、部屋中花の匂いがする。

「これこれー。ほんとに大変だったんだからねー。ボーナス欲しいぐらいだよ。」

彼が見せるパソコンの画面はカメラの映像だ。彼は情報に関しての仕事をこなしている。なので敵国のカメラも侵入可能だ。

「ここあれか?地下の牢屋」

「そーそー。しかも一番奥の廊下ね。」

その映像は会議で話題に挙げられていたある国の牢屋の監視カメラ。音声などは聞こえないがリアルタイムで映している。

「次はここなの?」

フレンが少々心配そうな声をあげている。

「ああ、もう少し様子を見ないといけないがな。」

「この国、闇市でもあんまり良い噂ないよー。ほんとにトップが言ってるの?」

トップとはルビー国の一番位の高い王様の事。闇市に関してはリンネに聞いたほうが良さそうだ。

「俺もトップから聞いた時は正直躊躇った。時間をかけても遂行しろとの事だったからな。」

「わかった。他のデータもついでに取ったからいつでも見れるようにしておくね。」

「それは助かる。ちょっとあいつのとこいってくるわ。ついでにボーナスについても考えとく。」

「わーい!ありがとー!リンネのとこでしょ?今は図書室にいるってさ。」

俺は次のために、闇市に詳しいリンネのところに行くことにした。ボーナスについて考えながら。


―図書室―

「…それでですね、ここに…」

「おー」

どうやらまだ生徒がいるようだ。

「リンネ、ちょっといいか…ってお前かシルク。」

「うん」

「おや、何かありましたか?」

図書室の長い机に行儀よく座っていたのはシルクとリンネだった。机の上には数枚の紙と見るからに怪しい灰色の粉と黒い部品が置いてある。

「リンネに聞きたいことがあったのだが、まだ課外授業中だったようだな。」

「いいえ。これは校長といっしょに学ぼうのコーナーです。今日はお試し授業でシルク君に参加してもらってます。次からは本当に生徒が入る予定ですけどね。」

リンネは軍学校の校長でありながら自分も講義を持っているという変人だ。しかし、講義は一流。まだリンネの持つ講義の単位を落とした生徒はいない。

「そんなことより、何か話したいことがあったのでは?」

机の上にあった、[おそらく]爆発物に気を取られて忘れていた。

「もう良いなら場所を変えよう。ここは生徒が出入りするからな。」

「そうですね。。初回の授業はこんなところでしょう。シルクさん、ご協力ありがとうございます。今度私の部屋でお茶しましょうね。」

「はーい!」

ライスは嬉しそうにバラバラの爆発物を持って出ていった。きっとこれからライスの部屋に戻って組み立てるのだろう。

「さて、行きましょうか。ああ、シルクさんなら心配いりませんよ。すごく覚えが良くてもう簡単な物なら作れますから。」

爆弾なんだな。本当に。

「そうか。なら俺の部屋で話そう。」

「先に行って下さい。ここを片付けてから行きますから。」

リンネはそれまで読んでいたであろう本を棚に戻しアルファの後を追った。



―総統の部屋―

 ナンバーが入れたお茶を前にアルファ、ナンバー、リンネの3名が難しい顔をして話し込んでいる。

「次はここですか。もっとチョロい所じゃダメなんですかね。」

今度の相手について話している。ただ、今回はコンディションが最悪だ。

「まず、私が知っている限りの闇市情報ですが…」

・確かに会議の通り人的資源は減っている

・他の国や闇市から大量に物資を輸入している

・他の国から奴隷を連れてきていて、鎖国気味。

大きく分けてリンネが知っている情報はこの三つ。さらにフレンが撮ってきた監視カメラを見る限り奴隷はかなりの数いる。

今回は長くなりそうだ。そう思ったのか3人とも深くため息をついた。



数時間後…

「リンネ、付き合わせてすまんな。」

「いえいえ、管理者私ですから。」

俺とリンネは夕食前に武器庫に向かっている。さっきの話し合いの時にリンネの過去作や新作が使えないか話し合っていたのだ。

「アルファさん。」

「ん?なんだ?」

「私なんかが幹部で苦労してません?」

あー、そういえばこいつはとことん自己肯定感というものが低いんだった。今回も自分の作ったものが有効ではなかったため落ち込んでいるのだろう。

「お前はばかか?」

「へ?」

「俺はお前がよくて2回も誘ったんだぞ。」

「でも、私のスキルはそんなに役に立っているようには思えないのです。」

「はーーーぁ。いいか?さっき図書室で何をしていた?お前の技術で、講義で、爆弾の構造を理解した兵士が自分で傷つかないために防御が出来るんだぞ?物資や人材が限られる前線にとってそれはとても有効じゃないのか。」

「そ……そうですよね。なにか間違えていた気がします。」

はあ、ここまでしないとこいつは…

「やっぱり爆弾は外から内部構造が見えない方がいいですよね?ちょっぴり複雑、それでいて直地後すぐに爆発する。それこそ敵に最もダメージを与えられますもんね。あ、でもそうすると火薬の量が減ってダメージも減ってしまいますが。飛距離も伸ばしたいなぁ。ああ!形を変えて握りやすいもの、それからバズーカのようなもので遠くまで飛ばせるよう研究しなければ。あ、でもそうすると味方に当たると大惨事…チョッキも作って、後は……」


…どうやら何かのツボを押してしまったようだが、元気になったようで何より。さて、さっさと片付けて、今日のデザートを食べに行こう。昼食を食べていないからどうしてもお腹が鳴ってしまう。

「さて、食堂に行くか。」

「…はい!腹が減っては戦はできぬ、ですよね。」


―食堂―

食堂に着くと朝と同様に何人かの兵士らが夕食をとっている。おそらく自主練か居残りで何かをしていた軍学校の生徒だろう。

「あーアルファ!ちょうどよかった。」

食事を取ろうとイスに手をかけた時、声をかけられた。

「ライスか!調子はどうだ?」

声の持ち主はライス。朝、遊んだあいつだ。

「この通り元気元気!さっき起きたら夕方でビックリしたわ。」

隣ではシルクが黙々と食事をしている。これから個人の依頼で隣国まで行く。いつもの事だが。

「それはよかった。しかし今回は聞き分けが良くてちょっとつまんなかったぞ。もっと暴れてくれて良いのにな。」

「そんな事言われたって。…でも最近は身体の制御ができるようになったかも。」

彼にとっては大きな進展なのかも知れない。良い事であると思いたい。俺は不満だが。

 元気そうなライスを見ながら俺も席につき食事をとる。いつもより遅い時間だったからか幹部たちはすでに部屋に戻っている。今日はシフォンケーキか!

「アルファ、早かったな。」

ナンバーが“なにか”を持ってきた。嫌な予感がする。手のひらより一回り大きなサイズの手紙。クリーム色の封筒で赤い封蝋が貼ってある。未開封だ。

「ナンバー、差出人は?」

「もちろんトップですー。いぇーい。」

はあー。大きなため息には、今までこの手紙で俺が何度苦しめられたことか、という疲労の意。出来ることなら見てないことにして速攻焼却炉行きだが。

「今回ばかりは中身を確認しないといけませんねー。」

今トップからの連絡事項で考えられるのは一点。

「とりあえずここじゃ無理だ。俺まだシフォンケーキ食べてないからパス。」

ここは兵士、軍学校の生徒。幹部、食堂のおばちゃん。共用のスペースだ。一応この手紙は国家秘密だろうから今はシフォンケーキを優先すべきだろう。それと。


「わかったわ。んじゃ渡したで。」

「はいよ。…はやく寝ろよ、レコード。」

「だよネ。やっぱバレてたヨネ。オヤスミナサイ総統。」

「ああ、明日もよろしく。」

「ハーイ。」


周りで俺とレコードの会話を聞いていたであろう者たちが頭の上にクエスチョンマークを置いて必死に推理している。

「わかった?」

「いや、全く。」

「なんで総統はわかったんだ?」

「俺区別つかなかった。」

「いきなり声変わってびっくりした」

隣ですべて見ていたリンネはフォークを持ちながらくすくす笑っていた。


俺からすれば当時のレコードを知っていてクセも話し方もナンバーとは違ったしすぐに分かったのだが、今度これで大会でもひらこうかな?【変装大会】面白そう。


「お取り込み中すいませんが。」

今度は本物のナンバーだ。

「ああ、【変装大会】か?」

「何やそれ。そんなことより手紙!はよ食べんかい!」

「ああ、そうだな。こんな時間に届いたということはおそらく緊急だろうからな。」


夕食を食べ終わり部屋に戻る道すがら考える。レコードがナンバーに変装していた理由はなんだろう?ナンバーは知っていたようだしおつかいか?単純に一人で手紙を見て欲しいということ?ならばなおさら早めの方がいいが。

食堂から自室までは少し距離がある。かなり考え込んだが結局答えは出なかった。



―アルファの部屋―

「さて、手紙を読むとしよう。」


わざと声に出したのは理由がある。ベッドに腰を下ろした瞬間…いや、入った瞬間視線を感じた。髪を整えるフリをしてインカムをオンにし、音をインカムに伝える。ワイドルが部屋にいない。ナンバーが避難させてくれたんだろう。


「はあ、今回はいいこと書いてあれば良いけどな。」


しかし、どうやってここまで侵入して来たのだろう。ダクト?学校から?窓からも入れなくはない。まあ、考えるのは愚策だろう。


“アルファすまん。お前の部屋割り出されたわ。あいつすばしっこいから気ぃ付けや。まあ大丈夫やと思うけど。あ!書類だけは汚さんといてな”


インカムからナンバーの声が聞こえた。どうやら本物の侵入者さんらしい。さて、どうしようか。あの手紙に発信機でもあったのだろう。道理で何か固いものが入っていると思ったが。てか、俺に渡すなよ。また仕事増えるじゃん。

今はいい。まずは炙り出そう。ナンバーは、あいつと言った。つまり単体。ダクトにいると思うから、ちょうどこの前サファイア国との外交でもらった蚊取り線香でも焚こうかな?


「ああ、蚊がうるさいわ。ナンバー!あの蚊取り線香焚くからなー!。」

早速天井のダクトの真下で蚊取り線香に火をつける。そして扉の鍵が閉まっているのを確認し窓を可能な限り開けた。…慣れた手つきで。


しばらくしてダクトから咳きこむ声が聞こえた。

あの蚊取り線香、リンネお手製の蚊取り線香なのだが上がる煙の量が多くておそらくダクトの中は…


“アルファー?なにしてるノ?煙たいんだけド。虫退治もほどほどにネ”


俺の部屋のダクトはレコードの部屋のダクトと近い。隣の部屋から苦情がくるほど強力らしい。レコードのせいでもあるからここはちょっと我慢してもらおう。


“今のうちに外から虫退治してくれ”

ダクトの方を向いてインカムにわざわざ指示をする。数秒おいたあと、窓からライスが入って来た。

「さあ、もっと広いところで退治しようか。」


俺が向いている方を察してダクトのフタをこじ開け、“虫”の首元をつかみ引き摺り出した。間髪入れず、逃げようとするそいつを持ち上げて窓から中庭に投げた。


「とりあえず縛り上げてあのお部屋に連れてくな。」

「ちょっと待っててな。ライス、後ろ向いて」

「こうか?」


俺は窓からひょいと降りると、日もすっかり落ちた暗闇の中で2、3発。

「ライスー降りて来てくれー。」

その後の荷物運びはライスに任せた。重いものを引きずる音が聞こえる。部屋に入って来た虫を担当しなければならないのか。


―???―

「さて、ここを縛って…っと。でーきた!やっと縄が結べるようになった!練習した甲斐があったな。成長したわー」


「ライス、ありがとうな。後は俺がやる。ナンバーに報告してくれ。」


「はーい。了解しました!では。」


「…さてさて。ライス、しっかり固定できてるな。よし…」


ここは、拷問部屋 と言った方がわかりやすいだろう。

こいつの目立ちにくい暗めのトーンの服、持ち物のナイフ、手のマメ、筋肉のつき方。どれを取っても非常にシルクと似ている。おそらく俺の命を狙って煙で燻され2、3発くらった後気絶させられたのだろう。いったいだれがそんなひどいことを。あーひどいひどい。


「んっ…」


どうやら虫が目を覚ましたようだ。さて、お話しを始めようか。



 一方。ライスは拷問部屋から出た後幹部たちに一連の流れを説明しに部屋をまわる。インカムではアルファに聞かれてしまうからだ。ちょうど会議室に幹部が集合していたようでライス以外の幹部は報告を待っていた。


「やっぱここにいたか。」

ライスが会議室に着くと他の幹部がそれを取り囲んだ。

「あの後どーなった?」

「さすがに一発は入れたよネ?」

「俺は三発に賭けるわ。」

「まあまあ、ライスさんが困ってしまいますから一旦落ち着きましょう皆さん。」


一呼吸おいて状況を理解できたライスは話し始める。


「さて、結果は!………多分三発でしたーパチパチパチー」


最近は侵入者が入る事なく忘れていたが、こう言ったことをアルファが処理するたびに賭け事が行われていた。今日は“何回殴ったか”で賭けたのだろう。外で待機していた俺は聞き取れた音から三発と推測した。ん?それなら隣の部屋にいたレコードは聞こえていた気が…。ま、いっか!


 しばらくして仕事を終えたアルファが会議室に入った。

「もどったぞ!いやー、中々口を割らなくて手こずったわ。そろそろ拷問係でも雇おうかな?それか職場体験で生徒にやらせるとか?」

そこにはナンバー、ライス、リンネの3名がいた。他はもう寝てしまったらしい。

「おかえりアルファ。わざわざ戻って来んくてもよかったのに。」

「そうだね。相当疲れているようだしお風呂に入ってくれば?」


部屋から出てそのまま来てしまったため軍服は赤黒いシミがたっぷり付着していた。

「きっともう少しでシルクさん帰って来ますよ。」

「げっ、それはマズイ。」

シルクは風呂を極度に嫌がる。湯気で前が見えず、音が響くせいで索敵も出来ない。おまけに裸なので当然無防備。常日頃装備をしているのが当たり前の彼にとっては苦痛でしかないわけだ。


「風呂入ってくる。」

「はあい、いってらー。お茶入れとくなー」


急ぎ足で風呂に直行し全ての動作を最短で済ませすぐに出た。まだシルクは帰って来ていないようだ。



―アルファの部屋―

「おかえり。早かったな。」

「ああ、また明日もあるからな。早めに寝たくて。」

「はい、紅茶。よく眠れるで。」

「いただきます。」


そこから先はほとんど覚えていない。飲み終わってナンバーと何かを話し、身支度を済ませた記憶はうっすらある。ベッドに入った記憶はない。やはり今日は会議があったせいか一段と疲れた。秒針の音を子守歌に気づけばベッドで横になって寝息を立てていた。




これが俺の日常

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