【お試し版】アイは青より出でて 1:春はあけぼの

嘉月青史

プロローグ

プロローグ


 銃の引き金など軽いものだ。

 そこから放たれる銃弾で、人なんてものは簡単に死ぬ。

 人の命も、つまりはその程度の軽い物に過ぎない。


「ひ、人殺し!」


 そう喚いた相手の眉間に、銃弾は撃ち込まれた。

 散々罪のない子供をいじくり回す実験を繰り返していた研究者は、それだけで永久に沈黙する。


「この……侵略者めがァ!」


 配下を率いて自らも武装した将校も、抵抗むなしく無益な戦死を遂げる。

 争いの始まりそのものが自分たちによる無法な侵攻だろうに、それ自体を無かったかのごとく主張する無頼の軍人にはお似合いの末路だろう。


「恩を忘れたのか、畜生どもめッ!」


 憤りに満ちた叫びをあげた相手に、子供は馬乗りになった。

 またがられた相手は咄嗟に詠唱を行なうが、至近距離から放たれた閃光に子供は首を傾けて躱し、敵の口めがけ拳を叩き込む。小さな体躯からは想像つかない膂力で相手の歯を幾本も砕け折れ、相手を『魔術』の詠唱はおろか喋ることもままならなくする。そして、抵抗手段を封じた相手の顔に、何発も念入りに拳を叩き込み、その脳髄が砕け散るまでして、確実に撲殺した。

 地球の現代文明とは異なる次元の世界から現れ、同時に元々のこの世界に未曾有の騒乱と秩序の崩壊による大災厄を招きこんだ存在・『異邦人インベーダー』は、顔の原型も留めることなく息絶える。


 殺意を微塵も見せない子供は、しかしその手法を持って、胸の裡にどれだけの激情を抱いていたかを雄弁に示す。自らもまた、異次元から持ち込まれた『魔術』と呼ばれる技術によって、常人を逸脱した存在である『童魔』に成り果てたことによる力量を充分に発揮すると、子供は異邦人を足蹴にして立ち上がる。

 拳から滴り落ちる返り血の雫は、この世界ではもはや珍しくはなくなった殺戮の跡を、その地表へと滲ませていく。

 今日もまた、年端もいかぬ子どもが命を奪うこの世界の日常は続いていた。


   *


 半日近く続いていた足場の揺れが、一瞬大きくなる。

 午前に本土の港を出発した連絡船は、穏やかな天候の中で航行したこともあり、不快さを覚えるほどの道中にはなっていない。もっとも、一般人が移動に使う民間船とは無縁だった彼らからすれば、航路に伴う微振動はかえって新鮮なものだ。

 揺れはすぐに収まり、しばらくすると船内にアナウンスが流れる。目的地の到着が近いことを告げるものだ。

「そろそろだな」

 新聞から顔を上げ、青年が口を開いた。

 二十代半ばほどの穏やかで柔和そうな顔立ちだが、それ以上の特徴である黒髪の毛先が一部脱色した若白髪がより印象的に映る。上背の引き締まった体躯にスーツを着こなしているのが様になっているほか、人の良さそうな温厚な容貌が、争いごととは縁のなさそうな知性的な若者なのだろうと周りには判別させると思われる。

「ふー。一緒に一晩過ごすとかいう最悪の事態は避けられたみたいね」

 応じたのは、近くのベッドに腰をかけていた女性だ。

 男と同年代、同様のスーツを身に纏う体格は、モデル寄りのしなやかなものであるが、女性としての主張も忘れない美しいラインをしている。ただ、パンツスーツやヒールのないビジネスシューズを履いている姿は、女性としてより一人の人間という面を誇示するようであり、それに見合うだけの男女の分類を越えた凜々しさもあった。肩まで伸びた艶やかな黒髪を赤色のヘアピンで留め、更に見映えをよくする美貌を含めても、その評価が揺らぐことはない。

 やや荒れた心情がこもった彼女の嘆息に、青年は笑う。

「そうだな。これでからかわれることなく苦情も言える」

「あのジジイ、何が『お前たちの関係を考慮して同じ部屋に』よ。費用削減を言い訳にしているくせに。忌々しいわね」

「まぁまぁ。あ、新聞でも読むか?」

「蓬莱島の? いいわよ。そんなの」

「そうか? 今のうちに、現地の情報を仕入れておくつもりはないのか?」

「アンタに任せておくわ。新聞記事なんて、アテにならないことが多いし」

「それは本土の・・・・・・ま、いいか」

 素っ気ない返答に、男は早々に抗弁を諦めた。

 彼女とは長い付き合いで、これ以上説得しても良い方向に話が転がらないだろうことをよく知っている。

「・・・・・・学生、か」

 ふと、彼女が漏らす言葉に、青年は新聞に戻りかけていた目線を上げる。

「学校って、どんなところなんでしょうね?」

「どうした? 今更行ってみたくなったのか?」

「違うわよ。アンタ、今の私が学生服を着てウキウキ学校に行くとでも思ったの?」

「ははは。何それウケる」

「殺すぞ」

 ほくそ笑む相手に、女はガンを飛ばした。

 大抵の人間ならば、驚くことを通り越して恐怖を抱くレベルの眼光だ。

が、青年は全く動じる様子もなく笑い続けていて、女はその様子に舌を打つ。

「あぁもう! そうじゃなくて、単なる興味よ。同年代の子たちと勉強したり、行事に参加したり・・・・・・。それが一体どんな感じなのかが、その、気になるの」

「本土でも学校はあるから、そこと一緒なんじゃないかな?」

「いや・・・・・・たぶん違うでしょ」

 青年の言葉を、女は確信めいた顔で否定した。

 船内に、乗客へ下船の準備を促すアナウンスが響くのを挟み、彼女は続ける。

「普通の学校は、生徒が犯罪者と交戦して負傷者出すなんてことないはずでしょ?」

 今持っている現地の新聞の記事にもそれに近い文章があったのを思い出し、同感だった青年は淡い苦笑を浮かべ、視線をその書面へと落とすのだった。


   *


蓬莱島新聞  二〇四一年 四月六日号


 渡里座高校は五日、今月三日に同校地区内で風紀委員会が同校への襲撃を企てている疑いが強まったとして、大魔集団の活動拠点への強制捜索に踏み入るとともに、現地において戦闘を行ない、拠点の制圧と集団の構成員たちを捕縛、貯蔵されていた武器を多数押収したと発表した。戦闘で死者はなかったものの、敵味方双方に少なくとも十数名の負傷者を出したとしている。

 本件は、先月三〇日に灯籠学園の新生徒会長に就任が内定している夜守佳文氏が各校に提供した、過激犯罪を計画中との嫌疑がある大魔・童魔の潜伏情報(内容は非公開)に基づいて対応したものとされる。また同日には、蓬莱島警察署がテロ行為を行なうための武器密売が執り行われている可能性が強まったとして、各校に警戒を促す声明を発しており、一連の情報との関連性が示唆されている。加えて同署は、童魔への犯罪対応や更生指導などに従事するための童魔更生官二名を新しく本土から派遣されることを発表しており――

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