第22話
「お、お前は……」
俺の姿に絶句する先輩方。俺もかける言葉を見つけられない。
先輩なのに、タメで口聞いたし、気まずい。いや、あのときは先輩方の方に非があったとは思っているのだが。
気まずい沈黙が場に漂う。周囲のガヤはなんだか耳障りに思えて、落ち着かなかった。
「……えーと、みーくん。揉めたって?」
それを破ってくれたのは、置いてきぼり気味のリンだった。だが、そう深く説明していいものか迷う。結構デリケートな問題だから。
「えーと、半澤絡みで色々あったんだ」
悩んだ末、それだけ説明した。リンも空気を読んだのか、単に興味がないだけなのか、ふーん、と呟いたきり、深くは訊いてこない。
このまま再び沈黙の時間がスタートするかと思ったが、予想に反し、先輩方の方から言葉を発した。
「その節は、悪かった」
「あ、いえ」
意外と素直に謝られて戸惑う。次いで、更に戸惑う一言が放たれた。
「半澤くんは元気かい?」
それをあんたらが訊くのか? と若干頭に来たけれど、それをどうにか堪えて、「ええ、まあ」と茶を濁す感じで答えた。
半澤が元気かというと、微妙なところだ。左手首に包帯が巻かれているから、精神的には絶対元気なんかじゃない。色々と吹っ切れていないのは痛いほどわかった。
それだけに、その原因を振り撒いたこの人たちが半澤を気にするのは、わけがわからなかった。
「君は、半澤くんと仲がいいようだけど、友達かい?」
「はい」
海道美好です、と一応名乗ると、ついでにリンのことも訊かれた。「こっちは友達の園崎花隣です」と紹介する。ここ最近のことがあるせいか自然に"友達"の部分に力がこもる。それを感じたらしいリンが不満そうに顔をしかめた。ソフトクリーム二個で手を打ってくれ。
リンの機嫌とりより今は目先の問題だ。この先輩、意外と話しかけてくる。
「海道くんも、写真を撮りに?」
「まあ、そんなところです」
リンが思い切り足を踏んでくる。無視。
先輩方を見ると、各々カメラを持っていた。おそらく先程のシャッター音はこのうちの誰かのものなのだろう。
「先輩方も?」
「ああ。ぼくたちは部活でね。この花畑、今年の夏を最後になくなってしまうと聞いたから」
そういえば、写真部がどうのと半澤が言っていたか。
「奇遇ですね。俺たちも似たような理由です」
「君、写真が趣味なら、うちの部に入らないかい?」
「はは、先輩、ご冗談を」
よく自分を脅した後輩を笑顔で勧誘できるもんだ。
あっさり断った俺に残念、と軽く笑った後、ふとその表情が引き締まる。つられてこちらも緊張した。
真剣な面持ちで先輩が言葉を次ぐ。
「ならせめて、半澤くんに写真部に入るよう、声をかけてくれないか?」
耳を疑った。
何を言っているんだ? この人は。
「話が読めないんですけど」
何故よりによってあんたらが、半澤を写真部に勧誘するんですか?
口にはせず、目で問いかける。すると先輩は返答に窮してしまった。
俺はちら、とリンを見やり、短く溜め息を吐く。
「すまん、リン。ちょっとこの人たちとゆっくり話さなきゃいけないみたいだ。悪いけど、ちょっと一人で回っていてくれないか?」
「……わかったわ」
あっさり引き下がったが、その口が「後で覚悟しといてよね」と動いたのに、仕方なく頷く。
リンの姿が人混みの中に消えると、俺は先輩方に向き直る。
「俺、半澤からあんたたちのこと、聞いてます。中学時代にあったこととか」
中学時代、という言葉に俺と相対する先輩の眉が跳ねた。
「それで、高校に上がってもまだ、半澤に絡む理由がわからずにいました。ましてや部活に勧誘なんて、何を考えているんですか?」
怒りを隠さずに問い質す。先輩は数秒躊躇った後、語る。
「彼の才能を、埋もれさせたくないんだ」
「才能、ですか」
ますますわからない。
「半澤が写真を撮り続けているのに、写真部に入らない理由、わかってないんですか? 他でもないあんたが、半澤の才能を否定したからですよ。あんたの言葉を引きずって、苦しんで、今のあいつは、他人に写真を見せようとしない」
写真を見せてほしい、と言ったときに半澤が浮かべた表情を思い出す。そこにあったのは恐怖。思い浮かべるだけで胸がじくじくと痛んだ。
あんな顔を植え付けたのは、こいつだというのに、写真部に入れなどとどの口がほざくのか。
「そこまで半澤を追い込んで、まだ足りないっていうんですか? 半澤がそんなに妬ましいですか? あんたの勝手な感情で、半澤を振り回すなら、やめてください」
畳み掛けて言うと、先輩は自嘲を浮かべて応じた。
「そうだな。正直、半澤くんのことは、妬んでいたよ。カメラのことも、卒アルの写真を貶したのも、彼が妬ましかったからだ。……羨ましかったからだ」
付け加えられた一言に息を飲む。
先輩が吐露していく。
「本当は、彼の才能を認めている。それはここにいる他の面々も同じだ。同時に嫉妬している。中学の頃、いいカメラを持って、素晴らしい写真を撮る半澤くんが羨ましく、妬ましかった。だから、彼の写真があんなにもきらびやかなのは、決して彼の実力ではなく、カメラのおかげなんだと決めつけて、悪戯をしたんだ。カメラを壊して、写真を撮らせて、恥をかかせてやろうってね。
だが、ぼくたちが浅はかだったことを、すぐに思い知らされる」
そこまで話し、その先輩は後ろの先輩方に目配せする。一人の先輩が小さいA5版のフォトアルバムを取り出した。
そのあるページを開いて見せる。覗き込むと、それは集合写真で──写っている誰もが、生き生きと笑っていた。今にも笑い声が聞こえてくるのではないかというほどのクオリティ。背景の校舎は西日に照らされ、鮮やかなオレンジのグラデーションに彩られていた。
「これが、カメラを壊された半澤くんが、他人のカメラを借りて撮ったぼくたちの卒業記念写真だよ」
信じられない。
これのどこが悪いというのか。むしろ撮影者の才能にぞっとする。
「わかるだろう? この写真から溢れんばかりの半澤くんの才が」
「……なんでこれを詰ったんです?」
「信じられなかったからだよ」
受け入れたくなかった、と先輩は繰り返した。
「半澤くんがぼくたちの想像を超えてしまったことにぼくのちっぽけな思考回路は耐えられなかったんだ。嫉妬と憧憬がごちゃごちゃになって、罵倒しか出て来なかった。悪いと思っているんだ。だから、和解して、また一緒に写真を撮りたいと思っている」
「そんなの」
聞いて、俺は衝動のままに叫ぶ。
「そんなの、自分から声をかければいいでしょう!? 声かけづらいのは自分の責任じゃないですか。自分で片つけてくださいよ!!」
喚き、俺は乱雑な足取りでその場から去った。
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