第43話 アジト⑧ランディが笑った

 スジ肉を処理したいところだが、長丁場になりそうなので、今はやめることにする。だから相変わらず野菜ばかりのスープだが、3人は喜んでくれる。


 というか、今日は流石に疲れがたまってきていて、お昼ご飯を作るのさえ億劫だった。今日はわたしも一緒にお昼寝をすることにした。

 でも起きてみると、実際、昼寝していたのはわたしとメイだけだったことがわかる。クリスとベルンは今日も体を張って動き回ったのに、魚を獲る楽しみを見い出したみたいで、仕掛けもさらに改良されて、今日はすでに17匹の魚が獲られていた。

 なんてハイスペックなお子様たちだ!

 眠っていないならこれからお昼寝するか尋ねると、眠らなくても大丈夫とのこと。


 というわけで、洗濯を開始する。

 まず、服を1枚ずつ担当させる。川の水で繊維に水を含ませる。優しく擦り合わせたりして、汚れをかき出すようにする。

 お金ができたら洗剤を買うといいことを伝え、試しにほんのすこしずつみんなの洗濯物にかける。これはある果物の種子からとった粉だそうで、水と混ぜるとアワアワしてくる。この泡が見かけは飛んでいきそうなほど軽そうに見えるのだが、粘着質らしく、汚れをくっつけていくらしい。それをお水で濯ぐ。最初は物珍しく楽しそうにしていた3人だが、やっぱり、大変そうだ。さらにこっから絞って乾かすという作業もある。乾いたら乾いたで畳んで、収納だ。

 うーーーーん、何が一番大変だろう? まあ、全部の工程が大変なんだけどね。その中でも特にっていうところを道具に頼りたい。


「何が大変だった?」


 3人に尋ねてみる。


「洗うところかな」


「絞るのも、1枚ならいいけど、これで枚数あると大変かも」


 クリスとベルンにデッキを作った時の木を取ってきてもらう。物干し竿の説明をし、そこに服をかけて風で乾かすんだと伝えると、二人は理解して、アジトのどこにどう設置するのかも考えているようだ。洗濯システムはもう少し考慮が必要だ。


 なんて話している間に雨が降ってきたので、急いでアジトに帰った。

 濡れた髪と体を服の上からタオルで拭く。メイがくしゃみをした。カマドに火をつけてお湯を沸かす。みんなで火にあたりながら、お椀にミリョンの蜂蜜漬けを落としてお湯を注ぐ。


「あっまい!」


 3人ともすこぶる笑顔だ。



 雨だからか、外仕事の子たちが早々に帰ってきた。

 雨って体に冷えるよね、と思い、蜂蜜入りのホットレモネードを出すと喜ばれた。テンションが上がりまくっている。余計なことしたかも。

 いくら雨が降っていつもより早く上がれたんだとしても。ご飯の量が増えたからといっても。子供、すげー。体力のバケモノだ。働いた後なのに、体を動かして遊びたいとは。

 遊びたいのに雨で体を動かせないと、本気で悲しそうだ。


「中で遊べばいいじゃん、こんな広いんだし」


「遊ぶったって何するんだよ?」


 室内の遊びか。


「例えば、ダ……」


 ダルマさんが転んだ、と言いかけて、言葉を飲み込む。

 ダルマってこっちにあるのかな? 何と聞かれても、あれは、なんなのだろう? 願いを込めて片目を描き入れ、願いが叶ったら両目にするんだよね。それがなぜ転ぶのかとかも説明できるほど知らない。


「だ?」


 促される。


「誰かさんが転んだ」


「誰かさんが転んだ?」


 特大の不思議顔が来る。


「文句は10文字前後なら、まあ、なんでもいいんだけど」


 わたしは立ち上がった。


「説明が難しいから、やりながら話すね。ジャンケンでオニを決めます。最初はわたしがオニね」


「おにってなぁに?」


 メイがわたしの服の裾を引っ張る。


「うーーーん、なんて言えばいいんだろう?」


 知らん。いいや、勝手に作ろう。


「うんとね、オニは一人ぼっちだから、誰かと代わりたくて、仲間を増やしたい者ってところかな。ルールに従って捕まえられたりなんだりした人が次のオニになるんだ」


 わたしは参加者を募って一列に並ばせる。そしてみんなの前方の壁に手をつく。


「じゃあ、わたしが声をかけたら、最初の一歩と言いながら、一歩だけ前に出てね。そしたらわたしが前を向いて『誰かさんが転んだ』と言って10数える」


 文句のところで、一音につき指をひとつずつ折って数えて見せた。


「数え終わったら、振り向く。その時、ピタッと止まるんだ。動いちゃだめだよ。オニが後ろを向いて10数えている間だけ、みんなは動けて、何度も繰り返して、オニの背中に手をつくことができたらみんなの勝ちで、オニの負け。基本はそういう遊び。で、動いちゃった場合、名前を呼ぶから、オニに従うこと。いいね? じゃあ、せーの」


「さいしょのいーっぽ」


 不揃いながらも声を出して、一歩だけ前に出る。それを見てから壁に肘下を水平につけて目をそこにつけるようにして数えだす。


「だ、れ、か、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だ!」


 振り向くと皆ピタッと止まっている。よしよし。


「だーれーかーさーんーがー、転んだ」


 転んだを早く言って、振り返ると、ベルンが止まりきれなくてヨタついた。


「ベルン」


「急に早く言うなんてずるくない? それ、ありなの?」


「ありだよ。オニの駆け引きだよ。オニは早くオニを代わりたいんだから」


 ニヤリと笑ってみせると、ベルンはほっぺを膨らませながらもわたしの方にやってきた。


 小指を出してみせる。


「ベルンも小指出して。こうやって繋がる。ひとり捕まったから、みんなの完全の勝ちは無くなった。みんなは仲間が捕まったから、助けなくちゃならない。オニが数えている間だけ動いて、この小指と小指を『切った』と言って切って助ける」


 わたしはもう一方の手で、ベルンとつないだ小指と小指を軽く上から切って見せた。


「切ったら、みんなはできるだけ遠くに逃げる。オニは切られたら、急いで10数えて『止まれ』と言う。みんなはオニが止まれと言ったら止まる。オニは10歩だけ動ける。その10歩で、できるだけ逃げた人を触って捕まえたことにする。捕まえることができたらオニの勝ち。捕まったうちの一人が次のオニになる。誰も捕まえられなかったら、オニの負けで、オニは代わらない」


 誰もしっかり理解はしていないだろうけど、遊びはやっていくうちにわかっていくものだ。


「じゃあ、再開するよ。誰かさんが転んだ!」


 やりながら質問が出たりはしたけれど、1ターンやると、面白かったようで、またやろうと湧いている。ちなみに次のオニはベルンだ。メイは動いちゃっているけれど、歩いたりしていなければ、そこはヨシとする。


「ねぇ、ランディ、10文字に近かったらなんでもいいんだよね?」


「そーだよ。遊びだから、どんどん自分たちでルールを作っちゃえばいいんだ」


 そうアドバイスして、見守っていたトーマスの隣に腰を下ろす。


「じゃあ、始めよう。せーの!」


 ベルンの呼びかけに、今度はみんなの声が揃った。


「さいしょのいーっぽ」



「ラ・ン・デ・ィ・が・わ・ら・っ・た」


 みんながこちらを見る。

 遊びに組み込まれた。


 みんな真剣にやっていて、なかなかに白熱している。

 メイも混じってやれるのが楽しいのか、動いていい時に前に行くのではなくぴょんぴょんその場で飛び跳ねている。


 そのうちバリエーションができた。

 ランディが笑った。ランディが怒った。ランディが泣いた。

 さらに進化し、止まった時にオニの言ったパフォーマンスができていないと捕まることになった。笑ったと言ったら笑うフリをして止まり、怒ると言ったら、怒った形相で止まる。泣いたと言ったら、泣く振りをして、座ったといえば座る。パフォーマンスが合っているかどうかを判断するところも楽しんでいるようだ。柔軟だねぇ。


 エバンスがオニだった。


「ランディが屁をこいた」


 真面目なベルンがめっちゃ怒る。


「屁なんかここうと思って、こけるもんじゃないだろう?」


「え? そうか? すぐできるよなぁ」


 とエバンスが言うから、みんな呆れた顔になる。そんな言い訳……。


「いっか、ランディが屁をこいた」


 ぷっ


 自分で言って、本当におならをした。

 ば、バカだ! バカがいた!

 わたしは思い切り笑い声をあげていた。


「ら、ランディが笑った!」

「ランディが笑った!」


 ヒーヒー言いながらお腹を抱えて笑っていると、みんなも幸せそうに笑っている。


 エバンスは明日から、オナラにちなんだあだ名がつくよね。

 元の世界なら大変だよ。こんなことしようものなら、あだ名はもちろん、そうずっと呼ばれ続け、結婚式のスピーチでまで言われ続けることだ。大人になった時に盛大に後悔することだろう。



 わたしが笑っている間に何か起こったのか、エバンスがみんなにもみくちゃにされている。


「どうしたの? みんな」


 目の端の涙を拭きながらトーマスに尋ねる。


「エバンスを褒めてるんだろ」


「なんで? オナラが自由にできるから?」


「いや、ランディを笑わせたから」


 え?

 わたし? いや、普段から普通に笑ってるよね、わたし。


「ちびたちがさ、ランディが笑うとすっごいかわいいって言うから、みんな見たがってたんだよ」


「なっ」


 ちびちゃんたち、何言ってるんかね。かわいいのはあなたたちだろうが。


 横のわたしをじーっと見ていたトーマスが言う。


「うん、お前、かわいいよ」


 ぎゃーーーーーー、何言うかな。


「顔、真っ赤」


 トーマスは楽しいものを見つけたようにわたしを見る。


「いや、かわいいのはちびちゃんたちみたいのをいうんであって」


「俺はお前がかわいいと思ったんだ。俺の気持ちにケチつけるな」


 トーマスが少しだけ強い調子で言う。


 うっ。こういう時、本当の9歳の男の子なら、なんと返すのが正しいのだろう?

 そうも思ったが、今ここにいるのは『わたし』だ。


「ケチつけたわけじゃないんだけど、ごめん。あと、ありがと」


 言ってたまらなく恥ずかしくなる。

 ひとりでテンパっていると、トーマスに頭を撫でられた。さすが、メイのお兄ちゃんだ。下の子の甘やかし方を知っている。


「チビたち毎日楽しいみたいで、ランディとメイが寝た後、話してくれるんだよ。多分お前自身より、お前たちが何やってるか年長組の方が詳しいぞ」


 やってきてどうにもできなかった、食料問題や服のことや色々やったこともすごい。でも、みんなが楽しそうなのが、一番すごいとトーマスに言われた。

 トーマスは頼れるカリスマボスだが、本人は自分が決めて従わせてしまうことに、ためらいがあったようだ。

 でもそれでよかったんじゃないかな。ちびちゃんたちは自分がお腹空いていても、みんなのことを考える優しい思いやりのある子たちだったよ。そういう風に、トーマスがボスの、アジトのみんながしてきたんだと思う。すごいのはみんなだ。この境遇の中、不貞腐れず、笑うことを忘れず、優しい心のまま、力を合わせて生き抜いてきたのだから。


「トーマスも遊んだ方がいいよ、子供なんだから。あと、頭撫でてあげる」


 撫でると、真剣にトーマスが驚いている。

 わたしは教えてあげる。


「頭撫でてもらうって子供の時しかしてもらえないよ。今のうちいっぱい撫でてもらうといいよ」


「お前、変なやつだな」


 失礼な!

 あくびが出た。


 トーマスが自分に寄りかかって寝てていいぞ、と言ってくれて。

 そうするつもりはなかったんだけど、いつの間にかわたしはトーマスに寄りかかって眠っていた。起きてから慌てて夕飯を作った。

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