第33話 ブルーノイズ⑨新しい称号

 ジフとは仲良くなることができた。ジフは冒険者になりたかったそうだ。でも両親に反対されていて、それを不満に思っていた。同じ年頃のわたしが冒険者になれるのが羨ましく、同時に妬ましかったそうだ。

 でも、あんなことに巻き込まれた時に、痛感したという。自分は冒険者になれない、と。自分は自分のことしか考えられなかった、と。


 いや、普通の7歳はそれが当たり前で、7歳にしては肝が据わっていたと思う。

 同じ年齢なのに、神獣のことを考え、何ができるかを考えて行動したわたしに驚き、またそれができるのが冒険者なんだと、必要なことなんだと。そうわかったらスッキリしたと、軽やかに笑った。だからありがとうと言われた。神獣を守ってくれてありがとう、とも。これはギルマスやデリックさん、スンホさん、ツグミお姉さんからもお礼を言われた。

 この騒動に領主がかかわっていたこともわかって、街はパニックになっていたが、ギルマスや自警団の上の人たちが先頭に立ち、この街の立て直しをしているらしい。みんなが一生懸命だから、きっと立ち直ることだろう。


 聴取は進んではいるが、思ったよりも犯罪の規模が大きいものになりそうだと言う。最初は湖での実行犯、森の陽動班と、領主が起こしたことと思われていたが、実際は計画に穴がありすぎた。例えば、親がちびちゃんたちを連れて森に帰っていたらどうするつもりだったのか、とか。この街から出てからのことなど、聞いていておかしいと思われることが多々あったそうだ。宥めすかして、時には脅し、やっと聞き出せたのは、彼らが組織の下っ端だということだけだった。そして組織は彼らに計画の全てを話していない。彼らに与えられた使命は計画の一画だけ。それも下の3匹だけが森に残された場合と条件がつく。そして街から出たらすぐに次の部隊に神獣を渡すことになっていたようだ。陽動班も同じように、細かな指示があり、計画の一画をそれ通りになぞっていただけ。全容を知らないので、捕まえてもそれ以上の情報を掴めなくて頭を抱えているそうだ。他大陸の外国人ということはわかっていて、出身国に問い合わせをしているが、身柄をこちらに渡せの一点張りらしい。

 今、ここオーデリア大陸では、他大陸の国から来た外国人の、今までなかったような大規模な犯罪を犯すといったケースが多発しているらしい。


 

 起き出せるようになってから湖にお弁当を持ってピクニックにも行った。前から不思議に思っていた、黄虎とモードさんのことを尋ねた。


「モードさんは黄虎とおしゃべりできるんだよね?」


「話すわけではないんだが、まぁ、言っていることはわかるし、向こうも理解している」


「モードさんってテイマーなの?」


「俺は剣士だ。俺の家族にテイムではないんだがある能力で、キトラは姉と契約している。ただ、ふたりとも……面倒見が良すぎてだな。冒険者になる時にキトラがどうしても俺が心配だと、ついてきたんだ。姉もそれを納得していて。だから契約しているわけではないんだが、キトラは俺の姉のような気でいるんだと思う」


 そうだったんだ。そう話すモードさんは少し恥ずかしげで、それがかわいい。


「契約をするとお話しできるの?」


「そうらしい」


 黄虎はわたしにも過保護だ。特に怪我した後は増してわたしを気にしてくれているように思う。

 そんな黄虎に大好きなサラダをいっぱいだ。ミリョンをたくさん買ってもらったからね。いっぱい作ったからね。パンにそのサラダとコッコの茹でたものとを挟むと、モードさんも大好きな一品だ。


 いいなー、もふもふと契約。

 黄虎を遠慮なくもふらせてもらう。

 わたしがもふらせてもらっている時、モードさんはあからさまに視線を外す。明らかにわたしが変態チックなのだろう。変態というキーワードである人を思い出したが、人のことを言えないとはこのことだ。

 世の中にはもふもふ好き、もふり好きが数多くいると思うが、どうもふっているのか聞いてみたいといつも思う。


 わたしはペット不可のマンションに住んでいたため、小動物としか暮らしたことがない。セキセイインコ、ボタンインコ、アメリカンファジーロップ(垂れ耳うさぎ)だ。わたしは彼らから変態と呼ばれるのは、甘んじて受け入れる。だって、彼らにしてみたら、わたしは変態でしかないだろうから。


 わたしは生きていると思える、あたたかさを感じるのが好きだ。ふわんふわんや、ふわふわや、ふさふさをあたたかさと一緒に感じるのが大好きである。撫でくりまわすのはもちろん、顔で感じたい。鼻の頭で感じたい。匂いさえ嗅ぐ。

 うさぎは抱っこが大嫌いな子だったので、横になっているお腹に寄り添いわたしばかりが喜ぶ関係だったが、鳥たちとはwin-winだったと思う。鳥は首のとこを掻いてもらうのが大好きだ。くちばしの上の鼻のところや頭も。そんな時わたしの高くはない鼻の頭の出番である。わたしは羽毛の根元に鼻を寄せてかいかいしてあげる。歴代の鳥たちはみんなもげそうな危険領域まで首を傾げてもっと掻いてと催促してきた。小鳥のあたたかさとふわふわの羽毛のダブルパンチで悦に入れる。そして鳥も満足している証拠にわたしの顔を毛づくろい返してくれる。そんなマニアックなのは自分だけなのかと思っていたが、テレビ番組で人の言葉を真似るセキセイインコが映し出された時、仲間がいたと思った。


 そのインコは『○○ちゃん、かわいいー。かわいー』と自分を褒め称え、そして『○○ちゃん、鳥くちゃーい』と何度も言う。鳥は言葉を真似るが、それは覚えてしまうほど繰り返して言われるからだ。このインコ○○ちゃんは、かわいいと腐るほど言われ、鳥くちゃーいと言われ続けてきたのだ。多分、鳥が好きでない人にはこの『鳥くさい』と言う言葉は、酷いと感じるかもしれないが、鳥好きは皆わかる。鳥って匂いを嗅ぐと、雛鳥に餌をあげていた時の匂いがするのだ。一般的にいう『鳥臭さ』なのだろう。いい匂いではないと思う。決していい匂いではなく、あくまでも『臭い』領域からは出ないんだけど、鳥くさーいと言いながら嗅いでしまうぐらい、雛鳥の記憶込みで好きだったりする。本気で臭いなら嗅がないし、くさーいなんて覚えこませるほど口にして可愛がらない。わたしも鳥の匂いを嗅いで、鳥くさーいとよく言いながら大喜びで顔を埋めていたからわかる。どこかの誰かも覚えさせてしまうほど、鳥くさーいを繰り返し仲良くしてきたんだと思う。変態はわたしだけじゃなかったと、胸をなでおろした。

 鳥にはそんな鳥臭さがあるが、ちなみにうさぎは匂いがしない。排泄物に匂いはあるが、うさぎ自身は臭わない。そしてそれは黄虎も同じだ。日向ぼっこをしてくるのか、陽に当てた洗濯物の匂いがしたりはするが、黄虎も臭わない。神獣ってそうなのかな。


 そして今は、黄虎のお腹の毛に顔を埋めスリスリしまくっている。癒しタイムだ。モードさんの何か言いたげな気配を感じながら。

 そういえば。


「ステータスオープン」


「どした?」


 モードさんに見てもらおうと、ステータスを開くと、モードさんが覗き込む。


「称号が増えたんだ……」


「っ、これ!」


 モードさんの目が大きくなる。

 元気になってからステータスを確かめると、称号が増えていた。

 足された称号は『ブルードラゴンの加護』だった。真っ白なのに、ブルードラゴンなんだ。

 モードさんも真っ白の神獣だとしか思ってなかったそうで、あれがドラゴンか?と驚いている。モードさんたちは親の神獣を見ているが、ドラゴンとは思わなかったらしい。

 称号なんかいいから、あの真っ白の毛長をもふらせてくれればそれでいいのに。


 モードさんが言いにくそうに教えてくれた。神獣に気に入られているのがバレると、いろいろ厄介かもしれない、と。国を滅ぼせるぐらい力があると聞いていたから納得だ。なので、シリさんにお願いして、隠蔽した。


 今回、無事だったとはいえ子供を連れ去られたのに、神獣は実行犯の気を失わせるだけで、何もしなかった。これもびっくりするぐらい幸運なことだそうだ。モードさんが黄虎からの通訳をこそっと教えてくれたのだが、ちびちゃんたちがわたしに助けられたのだと母親に進言してくれたらしい。そのわたしが死にそうになっていたので、助けさせるために、この街に何もしなかったのだと。あのゴロツキ&バックの組織のせいで、人知れず街の壊滅危機にあったとは恐ろしい。痛い思いをしてあざだらけになったのも、死んでしまうことに比べたら全然マシだ。回避できたのも、創造力のおかげだ。神様に感謝だ。



 そんなふうに何日か過ごした後、また体がだるくなる。アレだ。成長するかも。成長するまでの期間はいつもバラバラだ。わたしたちは移動することにした。ギルマスや街の人たちから惜しまれた。いつの間にか、厳しい寒さの冬は終わり、自然は春への準備を始めていた。


 ギスギスしていた街の雰囲気も、わたしたちが出発する頃には、和やかな労わりあうものに変わってきていた。みんながそうあろうとして、そして協力した結果が実を結び始めたのだろう。 


 チビが体を張ってありがとうなと。ギルドからは大層感謝されて、冒険者ランクをGにしてくれた。わたし封印具を壊した以外、何もしてないんだけどね。元気になってからわたしも聴取を受けた。どうやって封印具を壊したのか尋ねられ、ジフとテイマーさんも見ていたし、こう答えている。

 わたしは出来損ないの錬金術師で、ポーションを作る以外、錬金術を使おうとすると十中八九失敗してしまう。その特性を生かして、封印具に魔力を加え、ただの輪っかに壊した、と。聞いていた人たちはなんといったら良いかという顔をしていたけれど、それでいい。そんなトホホを地でいく予定も設定もなかったんだけど。作り変えられるスキルなんて言えないからね。

 観光地として復興するから、またいつか寄ってくれと言われて、とても嬉しかった。



 旅立ったのはメリストの端の街、ヨングへ。今回は4日しか寝込まなかった。

 わたしは9歳になった。

 新しい街で、買い物を楽しんだ。

 初めて教会にも行った。

 テルノアド様というのが、この世界の神様だそうなのだが。像を見て、わたしは首を傾げる。

 誰、これ?

 わたしのお会いした神様じゃない。


「モードさん、こちらが神様なの?」


「男性神のテルノアド様だな。お前を憐れんでいてくれる方だろ?」


 わたしが神様に憐れまれているのは間違っていないのだが、なんとなく速攻で否定したくなる。

 いや、そうじゃなくて。わたしは首を横に振る。

 わたしの出会った神様は違う感じのイケメンだった。こういう人の良さそうなわかりやすい優しさがにじみ出ている神様ではなかった。

 偶像だから違うのか、わたしのお会いしたのがテルノアド様でないのか、どちらかはわからない。

 考えてもわからないので、買い物を再開。



 今日は防具屋に入った。

 ギルドの直営店は安全。他にも困ったことがあったらギルドに相談してみるといいらしい。

 買い物に行くときは予算を決めて行くこと。欲しいものでも優先順位を決めておくこと。

 今までもいろんなお店に入り、入るたびに、何をポイントにしてどうするのがいいのか、本当にたくさんのことをモードさんに教わった。

 防具屋で買ったのは、防具に徹した毛布みたいなマントだった。モードさんには小さい。わたしには大きい。

 でもそれをモードさんはわたしにしまうように言った。黄虎に騎乗するときの毛布マントだと。これからも一緒にいて黄虎にも乗れるんだ、こっそり壮絶に嬉しくなっていると、モードさんが短く声をあげた。表情が堅い。


 胸元から取り出した冒険者カードが赤く発光していた。

 その時わたしは初めて、赤を不吉な色だと思った。



 少し、ぼんやりする。

 社会の時間だった。倫理のさわりのような授業で黒板には『諸行無常』と書かれていた。

 先生の解説をノートに書きとっている時に、教室のドアがノックされた。

 顔を出したのは朝礼でしか接点のない教頭先生で、廊下で先生と何かを話し、わたしが呼ばれた。教室がざわついて、わたしはなぜか胸が苦しくなった。

 廊下に出ると、教頭先生に、病院でご家族が待っているから、すぐに帰り支度をして病院に向かいましょうと言われた。

 わたしは返事もせずに踵を返した。本当に帰り支度をしたのかも定かではなく、声をかけてくれた友達にも何か反応をしたのかも覚えがない。ただ、言われた通りにカバンを持って、廊下に出て、促されるままにタクシーに乗った。

 わたしは何が起きて、なぜ病院に行かねばならないのかも、尋ねることができなかった。病院には泣き崩れた母と姉がいて、わたしはそれから、その時解説で聞いた万物は移り変わっていくという基本的な真理が、とても苦手になった。

 何で今、そんなことを思い出すんだろう。



「ティア」


 外なのに、モードさんはわたしをディアンではなくティアと呼んだ。


「お前に生きるすべを教えてきた。これは先輩冒険者としてお前に教えてやれる、締めくくりにふさわしいことだな」


 モードさんは赤く光る冒険者カードをわたしに見せる。


「これは上位ランクに届く緊急強制依頼の合図だ。冒険者として、ギルドに属するものとして、精一杯果たす義務がある」


 時が流れるのは誰にでも平等なものなのに、時にはそれに救われるのに、なぜか『変化』はわたしに優しくない。

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