第17話 アドルフ軍の策略

   バナンが本陣で座っていると、ライモンドが布陣完了の報告をした。そしてライモンドが

「今回はどのようにして戦いますか?」と聞いた。するとバナンが

「見たところ、やつらは何も持たないで追撃してきた。ということは、兵站が枯渇してそう長くは持たないだろう。嫌でも向こうから仕掛けてくるはずだ、そこを我が軍の騎兵で蹂躙する。ふっ、実に容易い。」と鼻で笑った。するとライモンドが

「軽装騎兵による牽制もなさらないのですか?」と聞くとバナンが

「必要ない。我らも物資を温存しておこう。」と答えた。


   この時のバナンは油断していたと言えるだろう。戦争というものは、敵が自軍にょりも圧倒的に不利だとわかっていても、戦力を削げる削ぐべきである。当然バナンはそのことを理解していた。だが、脱走兵の証言やクリスタ軍の動きを見て、絶対に負けないと決めつけてしまっていた。

 だが副将のライモンドは冷静に戦場を見ることができていた。それでもバナンに注意しなかったのは、彼に絶対なる信頼を置いていたからである。これまでの戦いでも、バナンの油断によって軍が不利になったことがあったが、そのたびにバナンの天才的な戦術で乗り越えてきた。そんな彼だからこそバナンをここまで信頼できたのだろう。


   両軍が布陣してから3日後、バナンの予想に反してクリスタ軍はなかなか動きを見せなかった。するとバナンのもとに伝令が駆けこんできた。

「伝令、クリスタの脱走兵が兵士1人を殺害し逃げたとの報告が来ました。」これを聞いたバナンはライモンドに

「ほらな、やつを軍に入れなくてよかった。」と笑った。そしてライモンドが

「敵軍、なかなか動きませんね。」と言うとバナンが

「本部からの増援もそろそろ着く頃だろう。それに脱走兵が敵軍に帰っても厄介だ。こちらから攻めよう。」と話し、すぐに全軍に命令を伝えた。


   まずバナン軍は王道の戦術を取り、軽装弓騎兵を小分けにして敵軍を牽制させた。この攻撃でクリスタ軍に損害はでなかったが、歩兵が前進し始めた。バナンは

「守りの陣形はなかなかのものだが、こんなに簡単に有利な地形を手放すとは。」と呟き、今度は軽装弓騎兵を側面にも回らせて攻撃した。この攻撃もクリスタ軍は見事に防いだ。これにはバナンも

「なにかおかしいぞ。素人があんなにうまく防げるのか?」と疑問に思った。するとライモンドが

「将軍、本部からの増援が来たようです。」と報告すると、遠くの方に騎兵が見えた。バナンは

「増援に少し休ませたら本格的に攻撃する。」と伝えた。

 そしてバナンは、増援が近くまで来ると

「軽装騎兵を一旦下がらせろ。」と命令した。軽装騎兵を引かせると、クリスタ軍も一旦その場に止まり、弓兵が前線に追いついてきた。バナンはこの拙い動きを見て、

「やはり軽装騎兵の攻撃を防いだのはまぐれだったのか?」とつぶやいた。そして軽装騎兵が返ってくると、

「次の軽装騎兵による波状攻撃の後、全軍で敵軍に突撃する。各自準備せよ。」と指示すると、バナンが

「そろそろ増援と合流できるな。」と呟き後ろを見ると、すぐにライモンドに

「ライモンド、私は軽装騎兵1千と言っていたはずだな?」と聞くとライモンドが

「そうですがなにか?」と答えるとバナンが

「あれは敵だ!重装騎兵、北東に方向転換!突撃してくるぞ!」と大声で号令を掛けたが、敵騎兵は間近に迫っており、間に合わなかった。


   この時、何が起こっていたのか。それは脱走兵が出たときからのヴァイスハイトの策であった。この脱走兵の正体はアドルフ軍密偵部隊の隊長ナハトであった。ナハトの年齢は19歳だが、天才的な変装技術で中年の男になりすましていた。

 この脱走を演技だと悟られないために、2人のうち1人を矢で射抜くことにしたのだが、撃たれる側の兵士の鎧の一部を厚くしておき、そこをファルケの天才的な弓術で確実に射抜き、死んだように見せかけたのだ。その後、ナハトは事前にヴァイスハイトから聞いていた情報を敵に話した。ナハトは情報を話すときにも、表情や汗のかきかたなど完璧に演じることによって、敵の洞察力が優れていればいるほど信じられやすい状況を作っていた。

 そして、ドミンから歩兵を出して敵軍を追撃する際に、アドルフ率いる黒狼隊だけドミンに残し、敵軍と十分離れてからドミンを出て大きく東に迂回しながらバナン軍の背後に移動した。

 ちなみに、バナンが損害を確認した際、軽装騎兵1千とライモンドに報告したのもナハトである。本当はバナン軍に大した損害は出ていなかった。ナハトは拘束された後、抜け出してバナン軍の中年の兵士を捕まえてすり替えていた。その後、その兵士をこっそりと殺し、自分で報告をしに行っていた。

 バナンは戦いの初期からずっと情報戦で負けていたのだ。


   メイタイ軍の背後から黒狼隊が突撃すると、敵重装騎兵が次々と撃破され、押され始めた。そのままメイタイ軍は黒狼隊に押されていき、ファルケ隊の射程距離内に入った。するとすぐに射撃を開始し、メイタイ軍の前衛に配置されていた軽装騎兵に矢の雨が降り注いだ。メイタイ軍の軽装騎兵が次々と倒れていく中、重装歩兵隊のノア隊とリッター隊が前進を開始した。

 これにより、メイタイ軍は前と後ろから挟撃を受け、すり潰されていった。アドルフ軍が前進していき、騎兵の機動力を生かせないくらいまで進むと、アドルフ軍から見て右側面から、軽装歩兵のハルトリーゲル隊が突撃した。ハルトリーゲル隊は、敵兵の間を縫うように移動して次々と敵騎兵を切っていった。


   バナン軍はこのクリスタ軍の攻撃を受け、敗走寸前に陥っていた。この状況を見てバナンは

「っ全軍撤退!」と悔しそうに撤退命令を出した。するとライモンドが

「将軍も早くお逃げ下さい。」と駆けてきた。バナンは

「一軍の将が兵より先に撤退などできるか!」と怒鳴るとライモンドが

「あなたはメイタイ軍に必要な存在です。どうかお逃げください。」と言うとバナンは悔しそうに頷き

「ライモンド!どうする気だ!」と聞くと、ライモンドが

「私は、敵に一矢報いてから追いつきます。」と答え

「手柄の欲しい者は着いて来い!」と叫び後方の敵騎兵に向かっていった。それを見てバナンは

「くそっ!」と怒りながら

「離脱する!」と兵士に護衛されながら敵のいない西に撤退した。

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