61.【暴君】

 今日はミミリが店を出て行く日だ。

 朝から二十人ほど精霊使いがやってきた。

 この組み紐トゥトゥガ師の独り立ちはイベント性が高く、通りの両脇には沢山の人々が集まってきていた。

 店の前ではミミリが他の弟子たちと話をしている。みんな晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 やがて奥からガラが現れると、ミミリとハグをした。

「今日ここに新しい組み紐トゥトゥガ師が誕生した!」

 ガラの声に、おお、と周囲が沸き立つ。そこからは専属の精霊使いの出番だ。一人が腕を振るう。水が大蛇のようにうねり宙を舞う。その大蛇にもう一人が火の玉を吐かせた。ゴォォとあたりの空気が熱を帯びる。何人かが腕を振るうと、赤や青や黄色の光がキラキラと大蛇に反射した。

 その下を着飾ったミミリがゆっくり歩き出す。

 店までは四十分ほど。その間オロチは姿を変え光を反射し皆の目を楽しませるそうだ。

 本当はついていきたかったけど、元の店のものは行ってはならないという決まりがあるそうだ。

 それがしきたりだと言われれば、まあ仕方ない。

「やっぱシルバープラスがいると分店も華やかだなぁ」

「水の大蛇、よかったね」

 口々に褒めそやしながら店へ戻っていく。

「シーナ!」

「あらニール。これから狩り?」

「うん! 昨日初めて一角ウサギ捕まえたよ!」

「やったじゃない。どう? 大変?」

「大変だけど自分が選んだ道だから」

 じゃあなと手を振って門の方へ走り去っていく。

 バルからの忠告をニールに告げると、彼は冬の間もずっと体力作りに勤しんでいた。

 体力がないのは致命的だと、毎日空いている時間は走り込みや筋力をつけることに専念していたそうだ。

 努力できる者は成功する。

 自分も頑張らなくてはと店に入った。


「それではよろしくお願いします」

 本日は姉弟子の顧客の方に無理を言って色寄せの練習をさせてもらうこととなった。

「こちらこそー。フェナ様が森のべサムを倒して帰ってくるまで暇なんだ。ちょうどよかったわ」

 水と風、二色の精霊使いララヤーナはそう言って魔力溜まりに手を入れた。丸台の中央が淡く光る。まずは魔力寄せだ。

 冬の間にフェナのところで魔力に動かし方を学び、ガラの魔力に寄せる練習をしたおかげか、かなりやりやすい。

 水五十二、風四十八。ほぼ同じくらいの出力。

 自分の中で魔力に数値をつけて寄せていく。この数値付けを考え始めてからはガラのそれにも合わせることが出来ていた。魔力の色がわりと似ているララヤーナの魔力寄せはずっと早く終わった。

「あら、いいじゃない」

 溝と溝がピッタリ嵌まるような感覚とともに、ガラからOKが出てホッとする。

 次は魔力を捉えて糸に定着させながら編んて行く作業だ。フェナのそれに比べれば段違いで捉えやすい。きゅっと抱きしめて優しく糸に向かって撫でるように這わせる。

「そう言えば、【暴君】がシシリアドに拠点を構えようと物件探ししてるって噂があるよ。昨日街に入ったって」

「ゴールドランクが増えることはいいことだけど、【暴君】だしねぇ。騒ぎを起こさなければいいけど」

 パーティ名は周りがつける。騒動が起こるとしか思えない。

 ララヤーナの組み紐トゥトゥガを作ってる途中なので集中したいが、話に加わりたくてウズウズする。

「そこら辺の冒険者と一悶着ならいいけど、フェナ様とはやめてほしいわよね」

「でも、フェナ様退屈しのぎにわざと突っ掛かられるようなことして試しそうだから、何か起こる気しかしない」

「確かに〜」

 と、二人は顔を見合わせて笑っている。

 フェナへの見解が一致しているのがまた面白い。

「街を追い出されてきたの?」

「そうは聞いてないけど。やらかしてなら来る前に情報が入るし」

「なら、気まぐれ、フェナ様がいる安定、それかシーナか」

 うーんとガラが唸る。

「シーナ、あなたしばらくフェナ様のお屋敷にいたら?」

 すっかり時の人になっている。

「でも、今フェナ様いないんですよね? ソニアさんとかに迷惑かけるの嫌だなぁ」

 ひょいひょいと糸を交差させながら思案する。

「うちの店に来たときが面倒なんだけど」

「定住したらいつかは来ることになるんじゃないですか?」

「そうなのよねぇ」

「シーナには悪いけど、まだ、一年も経っていなくて専用組み紐を編む段階ではないって言い切っちゃうわよ」

「全然構いませんよ〜」

「それって、組み紐トゥトゥガ師としては完全アウトのレッテルになるんだけど……」

「まあ、その【暴君】さんが今まで何をしたのか知りませんけど、かなりやらかしてるのはわかるし、店に被害が出るのは私も嫌です。それでも来たら私相手するんでいいですよ」

 どうせシーナに手を出したら、恐ろしいところから制裁が与えられるのだ。最近おもちゃとして十分すぎるほど自覚がある。

「ギーレとのやり取りを聞くに、単にやりたい放題やられる側の人間ではないとは思ってるけど、かなり粗暴な人らしいからなぁ」

「シーナより、店の他の従業員に影響があるのが怖いよね」

 ララヤーナの指摘にガラは考え込む。

「で、手が止まってるよ」

「あー、すみません……」

 おしゃべりに夢中になってしまった。

 リズミカルに滑らかに作り上げるのが一番キレイなのだがなかなか難しい。

「噂話なら仕入れてくるよ。他の友達にも声かけて、目的も探ってみるね」

「ありがとう。お願いするわ。私も組み紐トゥトゥガ師仲間から色々聞いてみる」

「私もアンジーとヒラウェルに聞いてみます」

「あなたは外をうろつくのをやめなさい」

 また外出禁止令が下ってしまった。

 そうやって出来上がった組み紐トゥトゥガで、ララヤーナが軽く腕を振るうとパチパチ青い光が弾けた。

「んー、途中の気が逸れたのが原因かねぇ。まだまだだなぁ。魔力の這わせ方も均一とは言い切れないし」

「話に加わらずにはいられなかった……」

組み紐トゥトゥガ師は編んでる間顧客を退屈させないことも重要だからね〜そこは頑張らないといけないところかな」

 手も口も動かせないと一人前になれない。

「まあ、使えなくはないからコレこのままもらってもいいかな? もう一本はまだまだ保つし、シーナので日常の失敗しても問題ないことに使うことにするわ。お代はまあこれならこんなもの」

 机に銀貨三枚を置く。

「あら、こちらから頼んだことだしいいわよ」

「糸代だよ。また暇なときは付き合うよ」

「ありがとうございます〜」

 ララヤーナさん神!


「お店の防犯魔導具増やすかなぁ」

「でも、お客さんとしてきたら招き入れるしかないですよね」

「そうなのよねぇ〜」

「すみませんね、ご迷惑をおかけしてしまいます」

「あなたの面倒を見ることになったときから覚悟はしてるから。ただ、こんなに儲けると思ってなかったからね」

「防犯の魔導具揃えるお金は出します」

「そうねぇ、それはお願いしようかしら」

 ガラや兄姉弟子たちと、【暴君】のことを情報共有し、どのような対応がベストか話し合っているうちに当の本人がやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る