ダンジョンマスターとの邂逅


 午後六時。ダンジョンの七十六層、深層一層目に到着。階段のあるこの部屋は数少ない安全地帯だから、ここで少し周辺を警戒しておく。

 深層はかなり不思議な空間だ。まるで外みたいにとても広い空間が広がっている上に、天井もとても高い。というより、天井ではなく空が見える。階段を下りる時は、それこそビルの一階程度しか下りていないはずなのに。

 階段の途中で別の空間に入っている、のかもしれない。当然分からないけど。


 深層一層目は、枯れ木しかない荒野だ。岩とかが点在してるけど、それだけ。階段のある部屋は大きな岩の中にある部屋で、その岩は天空まで突き立っているわけじゃない。岩の中だけ、今までのダンジョンみたいな洞窟みたいな造りになっていて、本当に意味が分からない。

 ともかく、警戒だね。


「ミユ。どう?」

「魔物の反応はない。ただ、感知範囲に一体いる」

「ふむ……」


『索敵魔法はやっぱり便利やね』

『攻撃魔法や回復魔法より優先するものか、ていうのはあるけどね』

『普通は索敵魔法専門の人がパーティにいるからなあ』


 普通は、ね。ゲームでいうところの斥候とかスカウトの役目の人だ。最低限の前衛能力で、あとは索敵能力に特化した人。戦闘の時はあまり参加しないけど、それでも不意打ちを警戒したりと重要度は高い。

 私たちの場合はミユがそれも兼任してくれてる。私にはもったいないぐらいの優秀な妹だよ。


「姉。なぜ撫でる」

「私の妹はかわいくてすごいから。だめ?」

「もっと撫でて」

「よーしよしよし!」

「むふー」


『なにこのかわいいいきもの』

『普段表情薄いのにお姉ちゃんに撫でられてる時はわりと嬉しそうでそれがとても好き』

『なげえよwww』


 妹自慢はいくらでもできるよ。大切ですごい妹だからね。


「ミユ。その遠い一体は、強そう?」

「強い。勝てないことはないけど、二体になると厳しくなる」

「うわあ……」


 いつも思うんだけど。上層から中層、中層から下層、下層から深層で敵の強さが変わりすぎなんだよね。だからこそそういう区分ができたんだけど。

 ただ、そんな強い魔物も階段のある部屋には入ってこない。なのでもしものために、いつでも部屋に入れるように、その側で野宿することにする。


「じゃあ、部屋から一歩出たところで野宿、ということで」

「了解」


『なんでわざわざ危険地帯で寝るんだよ』

『やっぱダンジョンマスターが目的なんかな』

『何を基準に来てくれるか謎すぎるからなあ』

『ぶっちゃけユウジの時が気まぐれだっただけかもしれんし』


 その可能性はある、というよりそれが正解かもしれない。本当に気まぐれで助けてくれた、と考える方が自然なんだよね。

 こうしてダンジョンに野宿するのは、推奨はされないけど全くないわけじゃない。特にダンジョンマスターの存在が確認されてからは、彼女に会いたくてダンジョンに野宿する人がいるぐらいだから。十分に安全に配慮して、ではあるみたいだけど。


「まあ、一度野宿してみて、誰も来なかったら荷物をこの場に置いて帰って……」

「姉!」

「……っ!」


 ミユの大声。それは普通ではあり得ない。警戒すべきこと、緊急の時ぐらいのもの。すぐに剣を抜いて、ミユの視線の先を見る。

 そこにいたのは、


「すごーい! 若い子だー!」


 岩の上でとても嬉しそうに笑うダンジョンマスターだった。


『ええ……(困惑)』

『なんかすげえあっさり出てきたんだけどお!?』

『なんで!?』


 意味が分からない。今まで全く姿を現さなかったのに、どうしてこんなに急に。

 私たちが警戒していると、ダンジョンマスターははっと思い出したように手を叩くと、岩の上から飛び降りた。


「迷子のあなたに希望をお届け! ダンジョンマスターミオちゃん参上! よし噛まずに言えた!」


『いや草』

『前回の最後のあれ、気にしてたんかw』

『てことはやっぱり同一人物ってことだね』

『別個体の可能性はなし、かな?』


 それは分からない、けど。

 私は、ミオと名乗るダンジョンマスターの姿を見て、とても、とても泣きたくなってしまった。


「姉。落ち着いて」

「そういうミユこそ泣きそうじゃない」

「ん……」


 私は。私たちは。彼女を、ミオをよく知ってる。十年経っているはずなのにあまりに変わらない姿だけど、それでも私たちは知っているんだ。


「さーてさてさて! 迷子じゃないみたいだからほんとは出るつもりなかったけど!」


『あー。これに全ての答えが詰まってるな』

『迷子じゃないから、か』

『本当に窮地の時に来てくれるってことかな?』

『でもじゃあ、今はなんで?』


「まずは配信を切ろうか! なあに、取って食べたりしないよ! でもなめるかも!」

「…………」

「待って距離を取らないで!?」


『なめるって言われて警戒しないわけないだろうがいい加減にしろ!』

『へんたいだー!』

『え、でもこれどうすんの?』


 配信を切ってほしい、みたいだけど……。どうしよう。まだこの人が、私たちが知ってる人かも分からない。少し悩んでいると、ミオが言った。


「お願い」


 それは、なんだか少し寂しげな笑顔で。

 私はすぐに配信を止め、ドローンを回収した。地上では阿鼻叫喚になってるかもしれないけど、今回ばかりは諦めてほしい。

 ミオはそれを確認してから、満面の笑みになった。


「ありがと! 改めて……。大きくなったね、シノちゃん、ミユちゃん」


 ああ、やっぱり、そうだ。


「ミオ姉……」

「……っ!」

「おっと」


 私が泣きそうになってる間に、ミユがミオ姉に飛びついた。ぎゅっと抱きついて、静かに涙を流してる。ミオ姉は苦笑いしながら、ミユの頭を撫でていた。


「あはは……。なんだかクールになってる、と思ってたけど、泣き虫なのは変わらないね、ミユちゃん。いや、シノちゃんも泣いちゃってるから、そういうものかな?」


 ああ、ほんとだ……。私も、いつの間にかあふれてた。


「ひっく……。ミオ姉、今までどこに……」

「え、いや、普通に死んでたけど」

「え?」

「死んでました!」


 そんな笑顔でサムズアップされても、反応に困る。死んでいた? 誰が? どこで? じゃあ、目の前にいるこの人は?

 私が、私たちが混乱から立ち直るよりも先に、ミオ姉は言った。


「それじゃ、シノちゃん。ミユちゃん。積もる話もあるだろうし、ちょっと移動しよっか」

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