第17話 よく生きてたね、グウェン。『よく生きてたな、グウェン!』

 ヘイグ・スコデラリオを俺は当然今まで見たことがなかったけれど、一目見てああこいつがそうなんだと解ったのは、その右手に握られたアーティファクトもさることながら、その体からあふれ出してた禍々しいオーラを見たからだった。


 黒だか紫だか、よくわからないオーラ。

 もしくは魔力。


 ヘイグは二十代前半、ふぁさっと長髪をなびかせてウィンクをして、軽薄そうなのに、仕事はきっちりとやる男、と言うのが『銅貨洗いの沼』に来る道中でグウェンに聞いた彼の評価。


 だったんだけど、



「あれがヘイグだよな? ……お前言ってた風貌と全然違うんだけど」


「んんん……でもそうだ。あれがヘイグだ。おかしいな。髪の毛命の男だったのに。湿気が多くて髪がさらさらじゃなきゃ依頼クエストすら受けない男だったのに」


「それは冒険者としてどうかと思いますけど」


 

 ライラが眉間に皺を寄せる。


 坊主にしてやればいいと思う。



『銅貨洗いの沼』、その門の前にいたヘイグ・スコデラリオは、やつれていた。


 髪はさらさらとは言えず束になっているし、顔には血と泥の跡がついているし、傷こそなさそうだけれど肩で息をして、確実に疲れている。


 命である髪を放置してしまうほどに。


 ライラはどこか、雨に濡れた犬を見るような、かわいそうなものを見るような目で彼をみて、



「それになんです、あのオーラみたいなのは?」


「あれは箱を開いたときからあった。他の二人にもまとわりついてた」



 俺に背負われたグウェンが答える。



「……そういえば、様子がおかしくなったのはあのオーラがついてから……剣に触れてから、かも」


「ふうん」



 俺はヘイグの持っている剣を観察した。


 アーティファクトだと言われて依頼を受けたが、



「ありゃどう見ても『呪物』だろうな」



 触れた者に莫大な力を与える代わりに、精神を乱し、身体を蝕み、最後には魂を持っていく。


 回収物の判断は探索者シーカーの仕事には含まれないんだった気がするが、もしも含まれるんだとしたら、イーヴァのバカの失敗だな。


 箱をライラに任せてまで持ってきて正解だったと思う。

 触れないように運ばなきゃならねえ。



 ……まあ多分、俺なら触れても問題無いけど。


【荒れ地】にいすぎて呪い系への耐性がつきすぎてしまった。

 師匠に呪物を顔面に押しつけられたこともある。

 いま思えば虐待だろ絶対。


 

 とはいえ、何かの拍子にライラとかグウェンが『呪物』に触れるのは防がなければならず、箱に入れて持ち帰るのは決定事項だ。


 ……『呪物』って売れんのかな?



「そっか、だからボクの弓を持っていかなかったんだ。ボクのこれ『聖遺物』だから」


 

 グウェンは納得したように言っていて、俺も引っかかっていたことだったから同意して頷いた。


 Sランクになるために武器を必要としてアーティファクトを手に入れようとしていたグウェンのパーティが、『聖遺物』である弓を持っていかないのは疑問だった。


 自分の得意とする武器ではないとは言え、新しいパーティメンバーに与えれば『銅貨洗いの沼』の攻略は容易になるだろうに。


『聖遺物』は呪いを解く。


 だから『呪物』の力を得たヘイグたちは触れたくなかったんだろう。


 壊すことすら、できなかったはずだ。


 門の前に座りこんでいたヘイグがこちらに気づく。


 彼は立ち上がるとその顔を奇妙に歪めて笑った。



「よく生きてたね、グウェン。『よく生きてたな、グウェン!』。置いてきぼりにしたのに飲まず食わずでさ。『ほんとだぜ!』。ルフを見て君が来たのが解ったよ。『こいつが情報を』酒場で集めて確信に変わったよ」



 まるで一人二役をするかのように、ときどき声が変えながらヘイグは言う。

 

 グウェンは顔をしかめて、


 

「なんだその話し方。ボクを置き去りにした時はそんな風に話してなかっただろ?」


「どこかおかしいかな? 『どこもおかしくねえだろ! 俺は俺だ!』」



 魂を食われ始めているのか、ヘイグは、確実に『呪物』に人格を乗っ取られつつあった。

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