第10話 ドロップアイテムは置いていく主義

 倒した魔物を無視して先に進もうとすると、ライラが驚いた声を上げる。



「え! 魔石とかドロップアイテム取っていかないんですか?」


「俺の目的は魔物を倒すことじゃねえんだよ。知ってるだろ」


「でも、もったいないです」


「もったいねえのは時間の方だ。置いてくぞ」


 

 ライラはチラチラとドロップした品の方を見ていたが、すぐについてきた。




 第一階層をしばらく進むうちにライラは完全に正気を取り戻したようで俺にすがりつくことなく、しかし離れることもなく、気を張りながらついてくる。


 彼女はDランクのはずだが、見ているところはしっかりと見ている。


 曲がり角、天井に開いた穴、おかしな仕掛けがありそうな場所。

 その全てでしっかりと立ち止まって安全を確認している。


 たいしたもんだ。

 きっといい教育者にめぐまれたんだろう、


 と思いながら俺は壁に開いた穴の側を通り、突然出てきたゴブリンの首を引っつかんで地面にたたきつけた。


 体が崩れて、ドロップ。


 ライラはそれを見て、

 


「ダメなんですよ、ちゃんと確認しなきゃ」


「確認ならした。ゴブリンのひでえ臭いがしてただろ」



 ライラは不満たらたらな顔をして頬を膨らませ、チラチラと俺のことを見ている。



「なんだ、気になるな」


「魔物除け使わないんですね」


「ダンジョンでそんなの使う奴いねえだろ。外に魔物が漏れる。まあここでなら使っても良いだろうけどな」


「……そうですけど、皆あなたは魔物よけを使って遺品を漁っていると思ってます。アタシもそう思ってましたし」


「へえ。どっから漏れた噂だろうなあ」



 大体解ってるけど。



「あの、あなたって、もしかしなくてもDランク以上の実力がありますよね」


「何言ってんだ、俺はDランクだ」



 首からぶら下がるネックレスを見せてやる。


 ライラは首を横に振って、



「そういう意味じゃありません! 変に肝が据わってますし。アタシを背負ったまま二日間走り続けて、準荒れ地を平気で渡って、そのまま危険度Sのダンジョンに入るなんて、正気じゃないか、もしくは、ものすごい実力があるかです。あなたは後者でしょう? これだけの実力があるのにどうして上のランクに進まないんですか!?」

 


 当然の質問と言えば当然だった。

 

 俺は飛び出してきたブラッドスパイダーの顔面を蹴りつけながら、



「ダンジョンに入るためにはDランク冒険者になる必要があるだろ。だから冒険者をやってるだけだ。名誉なんていらねえし、表彰されるつもりもねえ。ダンジョンに入って金が稼げればそれでいいんだよ」


「そんな……悲しいじゃないですか。『思い出してくれる人がいる限り、その存在は消えない』んですよ? 誰かの心に残る限りその人は生き続ける」


 

 俺は笑う。



「じゃあ俺は全員の心に残ってるだろうな。こんだけ嫌われてりゃ。俺は有名人なんだろ?」



 ライラは黙り込んでしまう。


 ここ笑うところなんだけど。

 笑ってくれないと悲しいんだけど。


 俺は咳払いをして、



「それになあ、Cランクから上はノルマもあるだろ。下のランクの世話をしたり、初心者研修をしたり色々面倒なんだよ。だから、Dランクから上には行かねえ。わかったか」

 


 ライラはむっすりと黙ったままだ。




 カサカサと魔物たちがどこかで動く音、水の流れる音、からからと石が落ちてくる音。


 静かだ。


 これだけ静かなら、やっぱり、グウェンたちSランク冒険者は死んでしまったんだろうなと思う。



「どこで死んだのかが問題だがな」


「グウェン・フォーサイスがですか?」


「何でさっきからフルネームなんだ?」


「有名人だからですよ。当たり前でしょう」

 


 役者とか作家をフルネームで呼ぶようなものか。



「同じ冒険者だろ。有名人って言ってもさ」


「同じですけど違う世界を生きてます。アタシより二つ年上なだけでもうSランクですよ。アタシがあと二年でSランクになれるかと言われれば無理です。Bランクすら無理かもしれません」


「人に抱きついてるようじゃ無理かもな」


「むううう」


 

 ライラはまた頬を膨らませる。





 

 三階層まではグウェンの姿もなく、魔物の姿だってそれほど多くはない。

 むしろ少ないくらいで、グウェンたちが倒したんだろうかと考えた。


 ライラはずっと気を張っていたからかすこし疲れ気味。



「疲れてるみたいだけどさ、三階層まで来たことねえのか?」


「いえ……はい。それに、ここ広くて……。あの、シオンさん、気になってたんですけど、さっきから見てるのってマップですよね? どこで手に入れたんです? 近くにギルドなんてないですし……」


「情報を買ったからな」



 俺は言ってアザリアから手渡された紙を見せた。

 マップとイーヴァが残したメモ。


 暗号で書かれているけれど、イーヴァの字が元々汚いので多分そのまま書かれていても読める奴は少ない。


 マップ自体は元々シネアルタスにあったギルドから拝借したものらしく、隅の方にギルド名が記載されている。



「さっきから情報を買う情報を買う言ってますけど、なんなんですそれ。シオンさんって一人寂しくダンジョンに潜って、遺品を漁って金儲けをする人じゃないんですか?」


「一人寂しくとか言うな。一人だけどよ。情報は情報屋から買ってんだよ。考えてもみろ。そこらのダンジョンにただ潜って、遺品集めるだけじゃそんな金になんねえだろ」


「え! そうなんですか?」


「そもそもお前、ダンジョンに潜って死んでる奴、一ヶ月に何回見た?」


「ええと……一回か、まったく見ないか……。でもシオンさんはそういうのの嗅覚が鋭いって聞きました! 死体にたかるハエみたいに!」


 

 ひでえ言われようだった。

 俺そんな陰口たたかれてるのか。


 悲し!

 


「俺の考えじゃ、一ヶ月に死んでるのは多くて三組くらいだ。まったく死なねえ月もある。しかも見つけても大抵は調子に乗った初心者の冒険者で、装備品売っても金にならねえんだよ。もし俺が遺品だけを売って生活できるなら、それはBランクとかの冒険者がバンバン死んでるって意味で、つまり、ギルドに冒険者がいなくなっちまう」


「……そうかもしれませんけど、でも、過去の冒険者の遺品だって売ってるんでしょ?」


「そこで情報だ。過去の冒険者の遺品やら、誰かの隠した財宝やら、貴重な素材やら。そういう金になりそうなものを見つけてくる奴らがいて、俺が拾遺してそいつらに売り払うんだよ。これなら、高く売れる保証がある」


「そんな人たちがいるんですね。あの……ギルドに関係してるんですか?」


「関係ねえ。だからこうして俺より先に入るグウェンみたいなのが出てきたりする。……いや、ギルドの依頼なのか、それとも別の依頼なのかは解らねえけどな」



 そこが問題だ。

 Sランク冒険者ならこんなとこまで来る依頼もあるのか?

 それとも……俺とは別の拾遺者ダイバーが関係してるのか?




 そんなことを考えていると、第三階層の最奥にたどり着く。

 エリアボスの部屋。



「……おっと、最初の難所だな。まあ難しくも何ともねえけど」



 俺は立ち止まってそれを見上げた。


 巨大な扉は、すでに開け放たれている。

 どうやらグウェンはここから先には進んだらしい。


 俺はライラを連れてその部屋に踏み込んだ。

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