第24話 三本角と大の字

「――ん……やばっ。思ったよりしっかり寝ちゃったかも」


 すでに辺りを夜の帳が包み込む時間になっていた。

 もう少し経てば完全な夜を迎え、昼間の眩く神々しい明かりから夜の淡く神秘的な光に包まれるはずだ。


「……?」


 ぼくは上体を起こすと薄暗い中で目を凝らす。

 寝ぼけた頭が警鐘を鳴らそうとしていることが分かる。そして寝起きの静かだったはずの鼓動が、とても大きくぼくの体内を揺らした。


「……あ……れ?」 


 起き抜けの目を見開き、それでもまだ疑いを持っていた。

 手の平で揉むように両目を擦りる。が自分の勘違いであることを願いながら。

 ゆっくりと夜の世界へ目を向ける。

 そして渇いた喉にゴクリと仮初めの潤いを流すと、意を決して繭に視線を送った。



「……穴が……開いてる……?」


 その事実を受け入れた瞬間。

 思考を挟むことなく足が地を蹴っていた――


 目覚めたばかりの緩やかな鼓動は一気に跳ね上がり、無意識のうちに息が乱れている。

 繭に近付き膝を落とすと全体に視線を向けた。


「破れてるのは一ヶ所……」


 ――

 魔獣にあけられたのか。それとも目覚めたのか。

 額から止め処なく流れる汗を拭い、周囲を見渡すが違和感を感じるような変化はない。


 焦るな――

 そう、自分に言い聞かせるように脳裏に刻み込む。


 ぼくは探知ができない。

 夜の明かりだけでは見通しもいいとは言えない。


 なら――


「違う! 落ち着け……落ち着け!」


 視野が狭くなりすぎていることにやっと気が付いた。

 ぼくができないならできるやつに協力してもらえばいい。

 そう、ポチなら匂いで追跡することができるかもしれない。

 足跡に残った……――


「足……足跡を見つければいいんだ!」


 すぐさましゃがみ込むと、手の平に魔力の火を灯す。

 こういうときも便利だから、小さな火でも思ってる以上に使い道が多いかもしれない。

 違う……今はそういう吞気な思考に逃げてる場合じゃないッ!


 ぼく以外の足跡がいくつあるかが問題だ。

 魔獣が来たならそれ相応の跡が残るはずだ。ご丁寧に痕跡を消すなんて発想は本能にない……いや……あるな。


 動物でさえ敵の追跡から逃れるために、自分の足跡を踏みながら後退する――なんて芸当をやってのけるんだ。

 そんな狡猾さは魔獣に備わっていて当然だと考えるべきだ。


 じっくりと繭の穴の下を見るととても小さい足跡を見つけた。


 土のめり込み具合からしても、やはり前の姿通りではなさそうだ。

 一匹にしてはやけに多い気がするけど、目覚めたばかりで辺りを警戒するために、うろついたのだろう。そう、考えていた。



「で、でも……こうやって足跡があるってことは目覚めたってことだよな……」


 地べたに四つん這いのまま、大きく息を吐き出す。

 そこで改めて追跡を試みるが、ほら穴を出ると草地のため足跡を見つけることが困難だ。

 その証拠にここへ駆け寄る際に踏んだ足跡も、寝ていた草が起きてしまい正直分からない。


「ここからはポチの鼻に頼るしかないかな……魔力液に浸かってたから多少は匂いも染み込んでいる……はず」


 独力で生き抜ける力を持っているならそれに越したことはない。

 逆に言えばそれを確認しないことには気持ちが落ち着かない。


 立ち上がり、すぐそこの寝床へ足を運ぶ。

 せっかくの熟睡を妨げることは忍びないが、状況が状況だ。ここは頼らせてもらうしかない。そう決心して寝床の中へ首を突っ込む。


「……ポ……ん?」


 ぼくのお腹から滑り落ちたままなのか。仰向けで大の字という豪快な寝相を繰り出しているポチ。


 そして。


「……ん~?」


 隣にはポチと同等の小さな生き物が、うつ伏せ、かつ大の字の状態で寝息をたてていた。

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