第21話 マルグレートとアルベリヒ
マルグレートはメイドのマリーナが淹れた紅茶を飲みつつ、愛娘ユーファネートの変わりようを考えていた。わがままでも元気ならばそれでいい。そして結婚してくれれば。そう思い育ててきた。
産まれた時には呼吸が止まっており、回復魔法で一命を取り留めたユーファネート。産婆からは「何か障害が出てもおかしくない」とまで言われており、少しばかり過保護にし過ぎたかもしれない。
ユーファネートが10歳を過ぎた頃には、周囲が止められないわがままになっていた。ある日。届いた報告書を見て、マルグレートはめまいを起こしそうになった。
「なぜ、こんなことに?」
内容はユーファネートの現状と
それをどう解釈したのか、ユーファネートは使用人達へわがままを言い始める。最初は両親が居ないので寂しかろうと思った使用人達だが、徐々に酷くなり始め、気に入らない事があると物まで投げるなど暴力を振い始める。
さらには「言う事を聞かないと辞めさちゃうから」と権力をちらつかせ始めた。そう報告書には書かれていた。
そのような事が続けば、使用人達も関わりたくない。担当となった者以外は遠巻きになり、少しでも被害を減らそうとするのは当然であった。なんとかして欲しい。そう書かれた報告書を読み終え、マルグレートはため息を漏らす。
「アルの対応が悪いのよ」
マルグレートは夫アルベリヒの愛情表現が物を与える事になっているのが原因だと考えていた。娘が欲しいと言えばなんでも買い与える。まさか薔薇が好きだと聞いて主要産業の小麦畑を潰して薔薇を育て始めるとは思わなかった。
そんな領主は古今東西探してもいなかった。
そんなあり得ない領主であり父のアルベリヒを見て、ユーファネートが「私が何か言えば叶う」と勘違いしても無理はない。今後の教育方針をどうしようかと悩んでいた時に早馬で連絡が届く。
ユーファネートが高熱で倒れたのである。慌てて社交イベントをキャンセルし戻ったマルグレートとアルベリヒだったが、ベッドで寝ていた愛娘は劇的に変化をしていた。
「高熱で倒れて変わるなんてね」
「マルグレート? どうかしたのかい?」
「いえ、なんでもないわ」
目の前の紅茶を眺め物思いに
「
「ユーファなら大丈夫だろう」
「アル」
「はい。ごめんなさい。反省してます。ユーファに関することは最初にマルグレートに相談してから行動します」
体の芯まで冷え上がる目線を受けたアルベリヒが平身低頭する。そんな夫の姿にマルグレートは苦笑しながらも、娘のわがままが過去となり笑い話になるのを心底願った。
そんな高熱から復活したユーファネートのわがままは鳴りを
屋敷に作った温室での畑仕事を一緒にするのは止めて欲しいが……。
また屋敷の者だけでなく領民からも「お嬢様が変わった」と思われているようだ。今までは外出することすらなかったのが、積極的に領都へ繰り出し領民を交えて話をしていると報告を受けている。
令嬢としては褒められた行動ではないが、ユーファネートの提案内容は有益なものが多く、外出の制限は出来なくなっていた。
散々悩んだマルグレートが出した結論はユーファネート専用部隊を作り、陰から護衛する事であった。今まさに報告をしているメイドのマリーナもそうであり、一時期はユーファネートと揉めていたが、許され専属部隊の1人となりスケジュール管理も担当している。
「ユーファネート様はダンスレッスン中でございます。この後は昼食後に魔術師ギルドへ行かれる予定です。また夕食の時間まで領民との懇親会へ参加をされます」
「懇親会に参加? 明日でいいから内容をまとめて報告しなさい。あとユーファネートが考案した新作お菓子も持ってきてちょうだい」
「かしこまりました」
娘のスケジュールを確認したマルグレートはマリーナに指示を出し、持って来させたお菓子に視線を移す。
小さなクッキーである。これまでのような砂糖を大量に使用した甘さの塊ではなく、素材の味を引き立てたクッキーをユーファネートは提案をしてきた。腹持ちもいいと人気が出ており、公爵公認であり貴族へも好調に売れている。
「まさかクッキーを缶に詰めて、付加価値を出すなんてね。宝石箱をイメージしてる高級路線は貴族への評判もいいし、一般庶民だけでなく冒険者にも人気になるのは意外だったわ」
令嬢としては問題あるが、素晴らしい発見を数多くしている。しばらくは様子見で問題ないわね。マルグレートはアルベリヒと話しながらそう結論付けた。
「あとはレオンハルト殿下との婚約をどうするかね」
こっそりと出ていったアルベリヒに気づかないほど、マルグーレトは皇太子妃となる教育が全く進んでいない状況に頭を悩ませていた。
◇□◇□◇□
「ユーファがいつ帰ってくるか知らないかい?」
「さあ? 今日は昼から魔術師ギルドへ行って、その後は領民と懇親会をすると聞きましたよ」
アルベリヒは愛する娘がいつ戻るのかと周囲に聞き回っていたが、訓練前の腹ごなしに食堂へやってきたギュンターにも尋ねていた。王都の仕事をキャンセルしたので、娘との触れ合い時間を増やしたいアルベリヒからすれば当然の質問であった。
「ほう。それほどユーファは領民を大事にしてくれているのか」
息子の返事にアルベリヒは感心する。我が家に舞い降りた天使の行動に感動しているようでもあった。次の瞬間、なにか閃いたのか、勢いよく立ち上がると執事に命じる。
「懇親会が長引いて夕食が遅れるとユーファネートがかわいそうだね。すぐに食べれる物を用意してくれ。私が自ら持って懇親会場へ――」
「お父様が行けば領民が恐縮するので止めてください」
名案とばかりにテンションが上がっているアルベリヒに、眉をひそめ苦言を呈するるギュンター。正論パンチに怯むアルベリヒだったが、立ち直ると用意されたバケットを片手に食堂から出ようとする。
「あ、そういえばユーファが最近言ってなー。『アポなしで押しかける人は大嫌い』って」
「な……んだ……と? じゃあ、私はどうすればいいんだい?」
心無い一撃を喰らったアルベリヒが崩れ落ちながら、すがるような目を向けてくる。ギュンダーは苦笑しながら「待てばいいのでは?」と言い放って、何やらブツブツと言っている父親を残して訓練へ向かった。
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