※このあとめちゃくちゃ看護師さんに怒られた

「あとこれ。部屋にあったので、持ってきました」


 山田はボストンバッグから白い服を取り出す。

 綺麗に畳まれたそれは、私の部屋に大事にしまっておいたはずのもの。

 協会からヒーラーに支給される服であり、白石楓のトレードマーク。

 そして、つまらない意地を張って袖を通しそびれた、私の白衣だ。


「今の七瀬さんには、必要なものなんじゃないですか?」


 差し出されたそれに、少し迷う。

 回復魔法から逃げ続けた私に、これを着る資格はあるのだろうか。

 ちゃんと私は、ヒーラーとしてやっていけるのだろうか。


「……そうかもね」


 受け取って、膝に置く。

 覚悟ができたかと言われると嘘になる。何もかも割り切るには、もう少し時間が必要だ。

 だけど、一歩ずつでも前に進むって決めたから。


「次、迷宮に潜る時はこれ着るよ」

「七瀬さんなら、似合うと思いますよ」

「だといいな」


:へへへへ

:いやあ、なんつーかね

:やっとかよって感じですけども

:見たかったもんがようやく見れた気がする

:まあ頑張れよ七瀬


 ……うっさいよ。

 リスナーは配信者に似るものだ。こいつらがこんなに面倒くさいのも、もしかしたら私のせいなのかもしれない。

 でもまあ、最近のこいつらは、前ほど嫌ってわけじゃなかった。


「てか山田。今は、七瀬さんなんだな」

「なんですか。主様って呼んでほしいんですか」

「そういうわけじゃないけど。そろそろ説明がほしいなって」

「まあ、それもそうですね」


 あの時、山田は明らかに様子がおかしかった。

 変な呼び方したり、妙に献身的だったり、私のことを守ろうとしたり。普段から変なやつだけど、あの時はなんというか、劇場版って感じだった。


「騎士の魔法。誓約魔法の一種なんですが、知ってます?」

「いや、初めて聞いたけど」

「対象との間に誓約を結ぶことで、様々な効果を及ぼす魔法です。主な効果としては、魔力の共有や、身体能力の向上、ダメージの肩代わりなど。誓約内容は主への忠誠と守護です」


:あー、やっぱり

:誓約に縛られてたってことね

:中々重めの誓約だな……

:え、そうなの?

:まあ忠誠が強要されるって思えば、確かに?

:いやそっちじゃない

:エグいのは守護の方

:守護の誓約がある限り、山田は何があっても七瀬を守らなきゃいけない


「えーっと……。誓約魔法っての自体よく知らないんだけど、その誓約って破ったらどうなんの?」

「誓約によりますが、この魔法だと代償は命ですね」

「……つまり、もし、私が死んだら?」

「林檎も死にます」

「キャンセルで」

「できません」

「マジかよ……」


:!?

:代償命マジ?

:しかも取り消し不可かよ

:誓約魔法でもかなりキツいぞこれ

:普通の誓約魔法なら、もっと代償もゆるいんだけどな……

:その分効果もかなり高そうだけど


「ついでに言うと、誓約の掛け持ちや変更もダメです。私の主は、生涯七瀬さんただ一人だけですよ」

「なんでお前、そんな重たい魔法使ったんだよ……」

「本当に、なんででしょうね」


 山田はどこか達観した顔をしていた。


「私もこんな魔法、嫌いだったんです。使うつもりなんてこれっぽっちもなかった。誰かのために尽くして、奉じて、殉じる魔法なんて、そんなの普通に嫌じゃないっすか」


 私は私で、自分の回復魔法が嫌いだったけど。

 もしかすると、自分の才能を呪っていたのは、私だけじゃなかったのかもしれない。


「誰かを照らす光になるなんてまっぴらごめんでした。本当は自分が輝きたかった。でもあの時、ずぶ濡れで必死になってる七瀬さん見てたら、それでもいいかなって思っちゃったんですよねぇ」

「なんだよ、同情かよ」

「いいえ。憧れですよ」


 山田は迷いなく言い切る。

 迷いなく言い切った自身を、少しだけ誇るように。


「納得しちゃったんです。本物ってのは、こういうことなのかなって。この輝きを側で見ていられるなら、そういう生き方でもいいのかなって、思いました」


 彼女が口にした憧れは、私のそれとは少し違う。

 山田林檎は、憧れた輝きに手を伸ばすのではなく、その側で支えることを選んだ。


「だから七瀬さん。もう、回復魔法が嫌いなんて言わないでくださいよ。私は、それを使うあなたに憧れたんですから」


 それでもその選択は、何に恥じるものでもなくて。


「山田お前、いい女だな」

「そうです、林檎はいい女なんです。最初に言ったじゃないですか、尽くすタイプの美少女だって」

「美少女は余計だよ」


:あれ、もしかして山田ってかわいい……?

:尽くすタイプの美少女(真)

:そんな伏線ドヤ顔で回収するな

:今のところ、自称美少女とストーキングまがいの行為と強引な百合営業以外に欠点がない

:だいぶ欠点だらけじゃねーか

:騙されるな、こいつは山田だぞ

:七瀬さん、さすがにこれは責任取ったほうがいいんじゃないですかねぇ

:なあ七瀬、百合営業のこと前向きに考えてみてくれないか?

:ガチで見たくなってるやつもいます


 ベッドのリクライニングに背を預ける。

 少しの間、私たちはそうしていた。コメント欄のアホどもが何かやかましいことを騒いでいたけれど、目を通す気にもなれなかった。


「……ん」


 山田がもってきてくれた自分のスマホをいじる。

 長い間放置していたせいか、結構な量の通知が溜まっていた。その大半はどうでもいいような内容だったけれど、一つだけ気になるものがある。

 仕事用のアドレスに届いた、一通のメール。

 届いたのは私がキャンプに出かけた翌日だ。ちょうど、入れ違いになってしまったらしい。


「あ」


 中身に目を通した瞬間、体がびくっと跳ねた。


「や、山田……。す、スカウトが、来てたんだけど……」

「え、どこですか。どこの事務所ですか?」


 二度見する。

 三度見して、四度見して、五度見か六度見くらいして。それからようやく、見間違いじゃないってことを確信した。


「……日本、赤療字社」

「マジっすか、大当たりじゃないですか!」

「バカお前、当たりとか言うな!」

「いいじゃないすか、どうせ誰も聞いちゃいませんし。日療ですよ、あの日療! あそこの求人、最近めちゃ待遇いいって聞きますよ! 人助けていっぱい褒められてお金も稼げる、最高の職場じゃないっすか!」


 受け取ったそれは望外のもので、思わず動転して口に出してしまった。

 配信外でやればよかった、と思ったのも後の祭り。


「……すまん、山田」


 配信用のスマホをいじって、ドローンカメラのステルスモードをオフにする。

 キャンプ場ではステルスモードにするのがマナーだったので、そのままになっていたのだ。


「今、配信中」

「え」


 山田は振り向いて、空中にあらわれたカメラを見る。


:気づいてなかったんかい

:ちーっす山田

:ばっちり音入ってましたよ

:現金すぎて草

:山田さん、日本赤療字社のことそんな風に思ってたんですね。失望しました。今後もファン続けます。


 彼女もまた、目の前に浮くカメラを二度見か三度見して、五度見か六度見くらいして、それからやっと現実を受け入れた。


「ぎにゃーっ!」


 いや、まあ、その。

 黙って配信していた私が悪いんだけど、それでも言わせてほしい。

 多分こいつ、そのうち炎上すると思うんだ。

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