一歩ずつ、一歩ずつ

 私の給料は歩合制だ。

 基本給に加えて、救助件数ごとに報酬と特殊勤務手当がつく。つまり助ければ助けるほど稼げる――と言うわけではない。

 危険な仕事をしている分、ちゃんとしたお給料が出ているのだけど、あくまでも世間一般の基準においての話だ。さすがに探索者としての稼ぎには及ばない。身も蓋もない話をすると、人を助けるより探索したほうがずっとずっとお金になる。

 と言っても、そんなことは最初から承知の上だし。元々お金がほしくて受けた仕事でもないし。待遇面について文句を言うつもりなんて最初からなかった。

 そんなわけで、これまで給料日というものを意識したことはなかったんだけど。


「わ、ちょっと、ひぇ……!?」


 自宅に届いた給与明細を見て、私はベッドの上でひっくり返った。

 普段よりも明らかに高い給与。補填された数千万の経費。そして更に、今月から新たに追加された配信収入。

 経費を除いた金額だけでも、先月の数倍になる月給が振り込まれていた。


「こ、これ、本当にいいの……?」


 中でも一番気になるのは、配信収入の項目だ。

 おそらくは配信を通じて得られた数字がそのまま記載されているだろう項目。それを見ると、三鷹さんの顔が目に浮かぶような気がした。

 このお金はただの数字じゃなくて、私を支援してくれているリスナーたちの思いが籠もったものだ。

 それを思うと、なんというか、ちょっとだけ。


「うぇ……。具合、悪くなってきた……」


 ちょっとどころか、結構普通にプレッシャーだった。

 私を舐めないでほしい。ここで満面の笑みを浮かべてありがとうと言えるような度胸はないし、かと言って期待を無視できるほど太い神経も持っていない。

 期待とは、世界で一番優しい暴力だ。それを受け止めるには、私には多くのものが足りていない。


「に゛ぁ゛ー……」


 にっちもさっちもいかなくなって、ベッドの上でごろごろ転がる。

 こうなるから収益化なんて嫌だったんだけど、今さら引っ込めるわけにもいかず。


「……がんばろ」


 何をがんばればいいかは、なんとなくわかっている。

 あの日、三鷹さんにこう言われた。私を支援したいと思っている人たちがいることを、知っておくようにと。

 たぶん、一歩目は、そこからだ。



 *****



 #9 うおー


「はじめます」


 つぶやく。今日の配信だ。

 今日のロケーションは迷宮三層。大海迷宮パールブルーの海辺を、さくさくと歩いていた。


:おはようお嬢

:今日は気合入ってんね

:お、久々の三層だ


 この層は魔物が強く、半端な武器では処理が難しい。決して倒せないというわけではないけれど、探索効率の悪さから積極的には来なくなってしまっていた。

 適当にぷらぷらしていると、出くわしたのはいつかのヤドカリ。際立った防刃能力を持つ、剣士泣かせの魔物だ。

 試し切りにはちょうどいいか。


:出たなヤドカリ

:蒼灯さんの仇だ

:念入りに殺せ

:根絶やしにしろ


 蒼灯さん、死んでないけど……。

 あの人は今日も元気いっぱいだ。今朝もトークアプリで少し話したけど、最近は二層で神鳥の巣を探しているらしい。アドバイスを求められたので、軽くヒントを出しておいた。


 まあ、それはいいや。それよりも今はヤドカリだ。

 左手に風研ぎと風走りのシリンダーを構え、魔力を通す。剣と両足に風をまとって、たたっと二歩踏み込んだ。

 急加速からの、先制の一閃。


:わぁ

:良い切れ味してんね

:今日もキレッキレだ


 振り抜いた刃はヤドカリの関節をすっぱりと切り分ける。さくさくと剣を振ると、その回数だけヤドカリの体はバラバラになっていった。

 思った通りに刃が通る。風研ぎの馴染みもいい。変なクセもない。

 関節を斬っても刃こぼれしないし、無理をさせた感触もない。悪くない剣だ。


:てか、今日は片手剣なんだね

:短剣はやめたの?

:やっぱお嬢は片手剣よ

:もしかして新しいやつか?


「これ」


 ヤドカリの死体から魔石を回収して、ドローンに剣をさらす。昨日買ってきたばかりの剣だ。

 オーダーメイドではないけれど安物でもない。頑丈で扱いやすい、熟練探索者にとっては定番と言える一振りだ。


:いい剣だね

:二千万くらいのやつかこれ

:久々にちゃんとした剣使ってる

:悪くないんじゃない?


「みんなの、サブスクライブ代で、買いました」


:俺らの剣じゃねーか!

:変態とおじさんの剣かぁ

:大丈夫かそれ

:急に不安になってきたけど

:お前らに罪はあっても剣に罪はないから……

:健全なリスナーのことも忘れないでください


 実際のところ七割くらいは経費で落ちるんだけど、それはそれ。こういうのは気持ちの問題だ。

 この配信にはリスナーがいる。昔から観てくれていたリスナーや、最近になって来てくれたリスナーがいる。私の活動を支援しようとしてくれている人たちがいるし、もしかするとファンってやつも本当にいるのかもしれない。

 当たり前のことかもしれないけれど、それはこれまで私が目を背けてきたものだった。

 この剣は、そんな彼らから貰ったものだ。少なくとも、私はそう思っている。


:これならしばらく持ちそうだな

:この子は長生きしてくれるといいね

:いつかは壊れる定めなのか……

:剣って消耗品なんだよね

:せっかくだし名前つけよ名前


 名前ならもう決まっている。

 リスナーのみんなからもらった、大事な名前だ。


「……オジョウカリバー、四十二世?」


:いや草

:その名前気に入ってたんか

:ついに公認された

:だからもっと語呂のいい言葉ないんか

:それにしてもカウント進んだなー

:あんだけ折りまくってたらそりゃね

:短剣なんてほぼ使い捨てだったし

:一日五本くらい折ってたよな

:この剣は果たして何日持つか

:剣が折れても、俺らのことは忘れないでくれよな


「ん」


 大丈夫。忘れたりなんかしない。

 配信者らしいことなんて何一つできないし、期待にも応えられないかもしれないけれど、せめて受け取った気持ちは大切にしよう。

 それくらいなら、私にもできるから。


:あ、機嫌いい

:よかったねお嬢

:にこにこしてら

:今日はわかりやすいな

:お嬢検定の合格者増えちまうよ

:あの、映像にはお嬢の後ろ頭しか映ってないんですけど

:何が見えてるんだこいつら……


 じゃ、今日もがんばろっか。

 相変わらず私は配信者に向いていないし、収益化なんてプレッシャーでしかない。それでも、少しずつ向き合ってみようと思う。

 受け取った気持ち。私にできること。思い描いた理想。したたかな打算。どこかの誰かの幸せ。私たちの正義。

 一つ一つ考えながら、一歩ずつでも進んでいきたい。

 最近、配信が、ちょっと楽しい。

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