そりゃ怒られるわ。
それからのことは簡単にまとめよう。
リリスを討伐した後、私と蒼灯さんは二人で迷宮からの脱出を目指した。
二人ともくたくただった。体中傷だらけで、魔力もすっからかん。私にいたっては武器もない。「これではどっちが要救助者かわからんな」というのは真堂さんの談だ。
それでもなんとか地上に戻って、探索者協会の扉をくぐった瞬間、私たちは二人揃ってぶっ倒れた。
目を覚ましたのは、それから二日後。
気づけば私は市内の大学病院に入院していて、体中あちこち包帯まみれだった。
火傷に裂傷、擦り傷打ち身のフルコース。あの時はアドレナリン全開で気が付かなかったけれど、骨も何本か折れていた。体に刻まれたダメージは相当深く、手足を少し動かすだけでもだるさを感じた。
文句なしの重傷だ。だけど、こんな真っ当な治療を受けているのは妙なことだった。
私は探索者だ。入院なんてしなくても、回復魔法を使えば怪我くらい簡単に治るはずなのに。
「魔力中毒だ、馬鹿者が」
私が目を覚ましてすぐ、病室に入ってきた男性は仏頂面でそう言った。
白衣を着た男の人だ。お医者さんにしては年若く見える。彼は、大変に不機嫌そうな顔をしていた。
「短時間でマナアンプルを三本も打った結果がそれだ。魔力中毒が抜けるまで、回復魔法の使用は認められない」
……あちゃー。さすがにダメだったかぁ。
そう言われると、体を巡る魔力に不調を感じた。体が重いし、頭もぼーっとする。慢性的に気分も悪い。ぐったりとしているのは、怪我のせいだけじゃなかったらしい。
お医者さんにそう言われてしまっては従うしかない。私はか細い声で応じた。
「すみません……」
「謝って済む話じゃない。自分がどれだけ危険なことをやったのか、今一度よく考えろ」
お医者さん、めちゃくちゃ怒っていた。
大変に険しい顔をされている。その眼光の鋭さたるや、一睨みされただけで震えてしまいそうだ。
だけど、厳しさの中に少しだけ優しさが垣間見えるような声には、なんだか聞き覚えがあるような気がした。
「……あの、どこかで会いましたか?」
そうたずねると、彼の顔はより一層険しくなった。
ただでさえ鋭い瞳が更に鋭くなって、私の体がびくりと跳ねる。
え、え、そんなにまずいこと聞いた? もしかして私、殺される?
「白石さん、白石さん」
彼と一緒に病室に入ってきた、スーツ姿の女の人がそっと私に耳打ちした。
彼女のことは知っている。私のマネージャーさんだ。この人も日療の職員で、名前は三鷹さん。
私をスカウトしたのも、インカムや腕章を用意してくれたのもこの人だ。三鷹さんには配信外で色々とお世話になっている。
「真堂さんですよ。あなたのオペレーターの」
「へ!?」
素っ頓狂な声を上げると、体の傷がじくっと痛んだ。
「こうして顔を合わせるのは初めてだったな。オペレーターの真堂司だ」
「あ、えっと、はじめまして。探索者の、白石――」
「知っている」
遮られてしまった……。
真堂さん、ものすごく不機嫌だった。なんで怒っているのかはよくわかるし、まぎれもなく私のせいなんだけど。
「白石くん。あの場で君が取った行動には大きな問題がある。わかるな?」
「……はい」
「勇敢であることは優れた救命士の条件だ。だが、無謀なことをやれとは言っていない。結果的には丸く収まったものの、君はもう少しで二次災害を引き起こすところだったんだぞ」
「すみませんでした」
「それに、オペレーターの指示を無視するなんて言語道断だ。組織には組織の決まりがある。日本赤療字社の一員として業務に就く以上、こちらの指示にはきちんと従ってくれ」
「ごめんなさい……」
心当たりがありすぎて謝るしかなかった。
だいたい全部私が悪い。だけど、あの状況だったらああするしかなかったと思う。結果として誰も死なずに済んだわけだし、情状酌量の余地とかないだろうか。
「あのな、白石くん。少しは俺のことを信じてくれ」
ため息を一つ。苦々しい口調で真堂さんは続けた。
「俺は君のことを信じた。だったら君も、俺の言葉を信じてくれてもいいんじゃないか。信じて、信じられて、それがコミュニケーションってやつだろ」
それは……。
えっと、その。
……そうかも、しれないけど。
「……コミュニケーションは、苦手です」
言いたいことはよくわかる。私だって、蒼灯さんに対して同じことを思った。私は信じたんだから、私のことも信じてほしいって。
それでも、なんとなく素直に聞く気になれなかったのは、痛いところをつかれたからか。
それとも、この人なら、私の弱いところもちゃんとわかってくれると思ったからか。
「わかっている。これから慣れてくれたら、それでいい」
「がんばります……」
これからの私は、そういうことを頑張らないといけないのかもしれない。
話すのは苦手だけど、信じることなら私にもできるから。
「包帯が取れるまでは休むように。それが君の業務だ、わかったな」
説教はそれで終わりらしい。真堂さんはそう言い残して、病室から出ていこうとした。
「あの、真堂さん」
出ていこうとする彼を呼び止める。
今回の件は反省しているけど、それでも私の選択が間違いだったとは思わない。また今回のようなことが起きたら、きっと私は同じことをする。
そのことについては、きちんと話しておくべきだと思った。
「もしもまた、あんな状況に陥ったら、私はどうするべきですか?」
「決まっている。助けに行け」
真堂さんは即答した。
「助けに行っても、いいんですか?」
「ああ。ただし、やるならうまくやれ。今回のようなギリギリの救出劇はもうナシだ」
もしかするとそれは、用意してあった答えなのかもしれない。真堂さんは迷いなく答えた。
「俺たちは英雄じゃない。決死の作戦も、劇的な救助も、そんなものやらないほうがいいんだ。誰にも賞賛されないくらい、当たり前に人を助けろ。俺たちにとっての至上の勝利とはそういうものだ」
……ああ、なるほど。そっか、そういうことか。
ようやく理解した。私は助けに行ったことを怒られたんじゃない。無茶をしたことを怒られたんだ。
「次からは、ニュースにもならないくらいうまくやれ。できるか?」
私が本当に反省しなきゃいけないのは、苦戦したこと。
あの日私は、最初にリリスが出現した時点で倒すべきだった。あの場で何事もなく倒せていれば、蒼灯さんをあんな危険な目に遭わせることもなかった。
それがどれほど難しいことかなんて、私が一番よくわかっている。深淵の魔物とはそんなにたやすく倒せるほど甘くない。
それでも。
「やります」
私たちの掲げる理想とは、そういうものだ。
ドラマなんて必要ない。ピンチなんて馬鹿げてる。
人の命がかかってるんだ。危うげなく、当たり前のように救ったほうがいいに決まってるじゃないか。
私はもっと強くならないといけない。英雄になんかならないくらいに。
「君を信じる」
相変わらずの仏頂面で真堂さんは頷いた。
「真堂さん。ありがとうございました」
「馬鹿言え、頑張ったのは君だ。俺が礼を言われる筋合いなんてあるか」
真堂さんは、今度こそ病室から出ていった。
不思議な感覚だ。しっかり怒られたはずなのに、体がうずいて仕方ない。
言いようのない衝動が湧き上がる。今まで感じたことのない熱さが、この胸にたしかに宿っていた。
「怒られちゃいましたね、白石さん」
病室に残った三鷹さんは、にこにこと微笑む。
「あの人、あなたが目を覚ましたって聞いて、会議ほっぽりだしてここに来たんですよ。どれだけ心配してたんだって感じですよね」
「心配、してたんですか?」
「そりゃしますよ。連日お見舞いに来てたくらいですから」
「……あの顔で?」
「ふふっ」
三鷹さんは吹き出したように笑う。
「そうです。あのぶすーっとした顔で来てました。あれで律儀なんですから、笑っちゃいますよね」
「そこまでは言ってないです……」
「私、白石さんのセンス、結構好きですよ」
ボケたつもりはなかったんだけど……。
何にせよ心配をかけてしまったらしい。それは本当に申し訳ない。
「白石さん、白石さん。実を言うと、今回の件は日療の中でも問題になりました。なんでかわかります?」
「……私が、命令を無視したからですか?」
「半分正解です」
やっぱり、命令無視はまずかったか……。
もしかしたらこれくらいの説教じゃ済まないのかもしれない。大人たちに呼び出されて、怖い部屋でちゃんと怒られたりするのかも。
「そもそもですね、日療にとってあなたの起用は実験的な要素を含んでいました。日本赤療字社の責務は重く、職員の行動には大きな責任が伴います。その重責を一般の探索者に背負わせてもいいものなのか、それを見極めるために、あなたの行動は一つ一つが注目されていました」
「え、え、そうだったんですか?」
「黙っていてすみません。お伝えしたら、余計なプレッシャーがかかってしまいそうだったので」
三鷹さんはにこにこと笑っていたけれど、めちゃくちゃ人が悪かった。
最初はこの人、「いつも通りに配信して、時々救助活動にご協力いただけるだけで十分ですよー」くらいしか言ってなかったのに。私、そんなに大事なことをさせられていたのか。
「ともあれ、そんな時に起きたのがあの命令違反です。それはもう大問題になりましたとも。上層部から、探索者の起用をやめるべきだという意見が出るくらいには」
「もしかして、私、クビですか?」
「ああいえ、そういう意味ではないですよ。今の仕組みが上手くいかないのであれば、他の方法を試すべきだという話です。あなたに責任を問う意味合いはありません」
「……えと、上手くいってないんですか?」
「成果は確実に出ています。事実、私たちは何人もの救助に成功してきました。それでも、万全に回っているとは言い難いですが……」
何か悪いことがあっただろうか。完璧ではなかったかもしれないけれど、それでも救助活動自体は成功させてきたはずだ。
三鷹さんは考え込むような仕草をする。
「迷宮内での救助活動は未だ黎明期にあります。制度もバックアップ体制もまだまだ不十分です。あなたに多くの負担をかけてしまっている現状は、我々も問題であると認識しています」
「負担なんて、ないですよ?」
「ないわけないでしょうに」
「……?」
「……まあ、その話は追々するとして」
負担ってなんのことだろう。私としてはあんまりピンと来ない話だった。
気にはなったけれど、三鷹さんはそれ以上触れずに話題を変えた。
「探索者の起用についてですが、結論から言うともう少し様子を見ることになりました。上層部は難しい顔してましたけどね、真堂さんが直談判してなんとかしてくれたんです」
「え、真堂さんが……?」
「あれはすごかったですねー。普段からあんな感じの人ですけど、あの時は気迫が違いました。偉い人を相手に一歩も引かず、真正面からあなたのことを庇い通したんですよ」
あの人が、私を……?
そう言われるとなんとも言えない気持ちになってくる。嬉しいというか、気恥ずかしいというか。
「真堂さんって」
きっと、真堂さんは私に期待してくれている。あれだけ厳しいことを言ったのも、期待の裏返しなのかもしれない。
こういうことってなんて言うんだっけ。ええと、確か……。
「……もしかして、ツンデレですか?」
「ふくっ」
三鷹さんは吹き出した。
腹を抱えてひいひいと笑う。たっぷり十秒は笑い転げて、笑い涙を拭きながら答えた。
「私、白石さんのセンス、やっぱり好きです」
……言葉選び、間違えたかも。
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