口唇

筑紫榛名@12/1文学フリマ東京え-36

(一)

 それは思いのほか急だった。喧嘩をしていたハズなのに、突然キスをされた。そして僕の口の中に舌が入ってきた。

 僕は相手の体を押しのけて、唇を離した。

「急に……、急になにするのさ。……兄さん」

「初めてじゃないだろ」

「そうじゃないよ。そういうことじゃないよ。僕たち、今、喧嘩してたよね。それなのに……」

「それなのに、なぜかって? そんなの決まっているだろう」

 兄は僕の両肩をつかんだ。そして言った。

「お前を……、お前のことを愛しているからさ」

 大学生の兄のアパートの外では、雨の音がしていた。

 窓のひさしからしたたり落ちて、下の階の窓のひさしに当たる音が、一定の間隔を刻んでいた。

「ウソだ」

 雨のリズムを遮るように、僕は腹の底から言葉をなんとか絞り出した


(続く)

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