第24話 もふもふ昔話のはじまりな件
アイギナ村にも夏の空気が漂ってきた。北部と東部にある高い山から吹き下ろす風が、人も動物も爽快な気分にさせてくれる。
ログハウスには日々、色々な道具が増えてきた。カツキがルネとエーバ村長へ依頼したもので、人が丸ごと入れるほどの蓋付き石臼と樫棒、しっかりした作りの大樽や素焼きの壺も壁際にずらっと並んでいる。
もちろん、それらの中は土や肥料、種といったカツキが作り出したもので溢れている。一見して価値はなさそうだが、この世界には存在しなかったものばかりで、見る人間が見れば同量の金よりもはるかに貴重なものさえある。
たとえば、南の孤島に出張中のアスベルが送ってきた
他には変わり種として、地方の錬金術師から仕入れた硫酸を砕いた骨粉と混ぜてできた過リン酸石灰という代物もあった。これは速効性の高い化学肥料であり、ルネお抱えの錬金術師たちの研究途上の成果を、カツキの『
(まあ、それに関してはほぼルネがはしゃいでやってたんだけど)
ルネは今までのそうした研究成果を多く秘蔵している。
なぜなのか、とカツキが尋ねると、白々しくこんなことを言った。
「だって、私が成果を上げすぎると上司のルシウス大臣が目の敵にされるでしょう? だからタイミングを見計らって小出しに、それも偽名で分散したりしてたんだけど、今となってはガンガン出せるようになったから楽しくって! ほーっほっほっほ! 国のためよ、ほらカツキも頑張りなさい!」
などという茶番劇をカツキは見せられた。
伯爵でお金持ち、頭がよくて知識人で、教養もあり、顔もよく、ルシウス大臣という後ろ盾兼上司にも恵まれているルネだが、その腹の中を見せるほど迂闊ではないし、カツキに気を許しすぎてもいないだろう。
その真意は不明だし、しかも女装癖がある青年だが——今のところ、カツキを気に入っているらしく、何かと積極的に協力してくれる。魔王との交渉窓口まで見つけに国内外まで走り回っているのだから、才能を活かせる場を見つけて本当に楽しくて仕方ないのかもしれない。
今日も今日とて、カツキは石臼の中に割れた牛骨や羊骨を放り込み、樫棒で必死に砕いていた。夏は農業の繁忙期、村人に手伝ってもらうわけにはいかないため、自力でできる範囲のことをするしかなかった。
そんな中、朝っぱらから嬉しそうに走ってやってくるクリーム色の狼、いや、
「おはよーう、カツキ! 今度は何を作ってるの?」
舌を出して息をしながら、コルムは尻尾をパタパタさせてカツキの足元にじゃれつく。
カツキは鉄製の頑丈なたらいへ、石臼で引いた骨粉を柄杓で掬っていた。たらいの中には先にとろりとした液体が入っており、コルムは首を傾げる。
カツキは皮の手袋をして、鉄箸でそれらをゴリゴリ混ぜながら答えた。
「牛と羊の骨粉に硫酸を混ぜたもの」
「うぇ? りゅうさんって何?」
「ちょっと危ない錬金術でできたものだよ。いつまでも草木灰で何とかなるわけでもないし、手に入る範囲の材料でよりいい肥料を作らないと」
コルムは「ふむーん?」と半分も理解していない顔をしていたが、カツキは気にしない。
早速理解を諦めたらしいコルムは、別のものへ興味を示す。
ログハウスの奥手に造られた、小屋ほどの大きさの『コンクリート製の四角い穴』だ。
「あれ、何?」
「サイロ」
「何それ????」
分からないなら聞かなくてもいいのに、コルムは律儀に純粋な疑念をぶつけてくる。
カツキは皮の手袋を外し、のそのそとコンクリート製のサイロへ向かう。近くで見ると分かるが、サイロの深さは一メートル以上あり、中には踏み固めた牧草が敷き詰められ、その上にはラスナイトを通じて手に入れたなめした牛革がびっしりと隙間なく敷かれて、いくつもの重石が置かれていた。
それらを指差し、好奇心旺盛なコルムへカツキはきちんと説明する。
「こうやって、牧草を発酵させてるんだ」
「発酵?」
「分かりやすく言うと、腐らせてる」
「えぇ!? な、何で? 腐っちゃうとまずいんじゃ」
「そうでもない。ヨーグルトやチーズだって発酵、腐ってできるものだし」
「そうなんだ!?」
もはやコルムの反応は新鮮で、逆に面白いくらいだった。カツキは自分が無意識に微笑んでいることに気付く。
「腐るって言っても、状態を変化させる、くらいの意味だよ。それに発酵したほうが栄養価が高くなることだってあるし、長期保存できるから冬場の牛の餌にもちょうどいい。その冬までに完璧なサイレージを作らないといけないから、今試行錯誤してるってわけだ」
「へええ! すっごい! カツキは本当、物知りだね!」
「
そう、それが大きいのだ。カツキはそれをしみじみと有り難く感じている。
いきなり来たよそ者に家と土地を与え、何をやっているのかさっぱり分からないのに干渉どころか応援をしてくれる。排他的な農村では本来ありえないほど、アイギナ村の人々はのどかで呑気だった。もちろん、カツキが一日で収穫できる麦を作ったことで一目置かれているのかもしれないが、エーバ村長やコルムをはじめとした好意的な住民の手伝いがあってこそ、畑を耕したことなんてないカツキでも『
それはそうと、コルムの関心はまた違うものへと移った。ログハウスの壁際に並べられた素焼きの壺だ。膝丈ほどの並んだ壺には、そのへんで拾ってきた木材を割ったり切ったりして蓋をしてある。
「そこの壺は?」
「ああ、実験」
「実験。実験……?」
「そう、あと一週間くらい放っておいて、中を観察する」
「へぇ〜」
目をキラキラさせているコルムは、だんだん自分もやりたくなってきたようだ。
カツキを見上げて、お座りしたコルムは尻尾をブンブン振りながらこう尋ねてくる。
「ねぇねぇ、俺にも手伝えることない?」
ふむ、とカツキは少し悩んで、木陰へと移動した。コルムもそれに付き従い、木の根元に座り込んだカツキの横にぺたんと横になる。コルムを知らない人が見れば従順な飼い犬のように見えるだろうか。
休憩がてら、カツキはコルムの頭を撫でながら、おしゃべりする。
「コルム、魔物や魔王の言い伝えが知りたいんだけど、知ってるかぎりでいいから話して」
「そんなことでいいの? いいよ! ねぇねぇ、荷物運びとかでもいいよ?」
「それはまた今度」
「骨を砕くのもできるよ?」
「我慢できなくて骨持っていくだろ」
「俺は犬じゃないの! まあ、好きだけど!」
コルムは怒ってプイッと顔を背けるが、それもまた愛らしい仕草で、カツキはコルムに覆い被さるように抱きついて腹の毛をわしゃわしゃ撫でまくる。
「きゃー! カツキのばかばかー! えっち!」
「何言ってるんだ」
「もっと撫でて!」
「はいはい」
「わふー!」
興奮しきったコルムが背中を芝生にこすりつけ、お腹を出してもっと撫でろとカツキへせがむ。
もふもふの語る昔話は、何だかもふもふ視点なため、カツキにとっては新鮮すぎた。
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