第31話 「邂逅」

 親方から給金を受け取り、遅くなったが帰路につく。

 まだこの街には慣れていないが、学院へ向かって歩けばとりあえず屋敷に近付けるので、多分何とか帰れるだろう。

 親方達の事務所がある位置も教えて貰ったので、また定期的に顔を出したいな。

 慌ただしくも楽しい一日だった、なんて表現は総括として凡庸だが、本当にその通りの一日だったのも事実。

 

 人通りの少ない道を選んで歩きながら、辺りを見回す。

 天気は一日中変わらず、また昼夜関係なく街灯の光が辺りを照らすので、時間感覚が狂ってしまいそうだ。

 おまけに家や店からは常に光が漏れているので、夜の闇に対する恐怖は特に感じられず、また夜という時間帯の持つ神秘性も失われている。

 

「……魔術師達の街が、この世界で最も近世に近いとは。おかしな話にも思えるが、前世で科学が担っていた部分にも魔術があると考えれば……妥当、なのか?」

「––––––––前世?そこのアナタ、今前世と仰いましたね?」


 突如として、背後から声が掛かる。  

 

 人の気配は無かった。

 俺以外の足音も無かった。

 それでも確かに、透き通った声は聞こえたのだ。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 恐る恐る、自身の背後を見る。


「––––––––」

 

 そして、俺は言葉を失った。

 

「……黙られても困ります。ワタシが、質問しているのに」 


 恐らくは十代の、小柄な少女。

 黒の制服を着ているので、学院の生徒なのは間違いない。

 目を引くのは白く長いポニーテールだが、白ではなく透明と言った方が不思議としっくりくる。


 が、そんな事はどうでもいい。

 年齢だとか外見だとか、そんなものは些細な問題だ。

 

 彼女に対しての第一印象は––––––––


 うろ

 

 どう見ても完璧な存在なのに、彼女には何かが足りていなくて。

 俺にはどういう訳か、彼女が人でないと断言できる。

 ああ、むしろ。


 アレが神であると言われた方が、納得できてしまう。


「……初対面、ですよね。質問の前に、自己紹介でもしましょうよ」

「ああ、確かにそうですね。ワタシはカルディア・テロス・メイリックと云う者です。アナタは?」 

「ノベル・サルファー・プロスパシア。一介の魔術師に過ぎません」

「面白い嘘を言うんですね、アナタは。あんなに不思議な発言をしたんです、その逃げ道は使えません。それに、ワタシから見てもそのは異常ですよ?」

「はは、光栄ですね。……実は俺も用事が立て込んでまして、一旦お引き取り願えませんか?」


 俺の眼が普通でないと、ただ見ただけで分かるのか。

 

 互いに無言のまま、ただ時間が過ぎる。

 そして、沈黙を破ったのは彼女––––––––カルディアだ。

 ため息を吐いた後、自身の髪の毛を軽く千切って俺の方へ投げてきた。

 

「––––––––!護れ、”アーモリング”!」

「残念。防御に、意味はありません」


 髪の毛を核として、白いが増殖する。

 

 常軌を逸した速度で増えた水晶は防壁を貫き、俺を空中へ持ち上げ拘束する。

 まさか空中で磔にされるとは思わなかったが、呑気に楽しめる状況でもなさそうだ。

 

「……因みに、俺を殺す気は?」

「ありませんよ。ですが、こうでもしないとアナタは逃げてしまうでしょう?」

「うん、何も言い返せないですね。それでカルディアさん、貴方の用事は何でしょうか?プロスパシアへのクレームなら、俺でなく父上にお願いします」

「確かに言いたい事はありますけど、それよりも今はアナタです。前世、という言葉が引っ掛かりましたから」

「……まあ、あまり聞かない言葉かもしれませんね。そういう単語もあるという事で、この場は終わりにしませんか?」


 話を合わせながら、どうにか時間を稼ぐ。

 一応右手は動かせるので、水晶を違う物質に変えて抜け出すのは可能そうだ。


 時間があろうが、拘束から抜け出せようが、彼女から逃げる術は無いけども。


「……。アナタは前という語と世界という語を繋げて発しただけで、そんな単語はありませんよ?」

「……偶然生まれた、独り言です」

「でしたら、質問を変えます。アナタは––––––––ここではない、別の世界から来たヒトではないですか?ワタシと、同じ様に」

「あー……え、何で知ってる……というか、貴方も……?」


 頭が混乱してきた。

 俺視点だと訳分からん存在でしかない彼女も、俺と同じく地球出身?


「その反応……やっぱり。ワタシ以外にも居るとは思っていましたが、まさか本当に会えるなんて!ワタシの作った街はどうですか?とてもでしょう?」

「作った?本当に、貴方が何者なのか分かりませんよ……でも、現代的では無いのでは?それとも、イギリスの方は今でもこんな感じなんですかね?」

「今でも?どこからどう見ても最先端だと思いますよ?」


 まるで幼子の様に、カルディアさんは首を傾げる。

 首を傾げたいのは俺も同じなのだが、生憎と磔のままなので首が動かない。

 流石にそろそろ降りてもいいと思うのだが、どうだろうか。


「……待って。アナタ、いつの時代の人ですか?それと、国も教えて下さい」

「俺が死んだっぽいのは2023年で、国は日本。なんかレンジを使った後の記憶が無いんだが、多分火災かなんかで死んだんだろ……」

「……れんじ?それに日本……聞いた事がないですね。ワタシが死んだのは1861年で、病死だったと思います。こちらに来てから永く生きすぎたので、少し記憶が曖昧なのですよ」

「その割には、しっかり時期を覚えてるんですね」

「そういう性質の魔術ですので。既にワタシの体は水晶で出来た人形で、過去のワタシの記録と記憶を保持しているに過ぎません」


 それを聞いて、全てに合点がいった。

 いや、仕組みに関しては一切予想が付かないが、それはそれ。

 水晶で出来た人形、の時点で既によく分からないもんな。 

 見た目だけなら、どこからどう見ても人間そのものだし。


「……いい加減、降りていいですかね?」

「ワタシの水晶を壊せるのなら、どうぞお好きに。無理だと思いますけどね?」

「なんで張り合ってくるんですか!?まあ、いいですけど」


 かろうじて動かせる右手の近くに魔法陣を出現させ、左手の方から水晶に対して魔力を送り構造を確認し––––––––驚愕した。

 錬金術で干渉出来ない。

 錬金術のルールを、この水晶に当てはめる事が出来ないのだ。


「……え、何なんですかこの水晶」

「ふふふ。ワタシの考案した魔術、すごいでしょう?」

「カルディアさん、ちょっと黙って。今考えてるので少し待って下さい」


 この世にある物質は全て、魔術的な四つの属性––––––––火、風、水、土を組み合わせ、特定のパターンに配置する事で再現できる。

 その上で、既に存在している物質の属性配列を弄ることで、全く別の物質へと組み換えられる。

 それこそが錬金術の根幹であり、基本となる思想。


 だが、この水晶には属性が存在していない。

 他の属性を捩じ込む隙間も存在しない為、生半可な手段じゃ対処できない。


 錬金術の概念の外にあるもの。

 俺は一つだけ知っているし、何なら割と最近に痛い目を見た。


「ああ、そりゃあ干渉出来ない訳です。魔術自体の作りを変えないと、どうしようもありませんから。水晶の正体、見当は付きましたよ」

「へえ。アナタの結論、一応は聞いておきます」

「––––––––。モンスターの魔石に近いですが、あれよりも純度が高いですね。俺の使った広域防御魔術アーモリングを貫通したのも、純粋な魔力の塊だからですよね?魔力の障壁と魔力の塊なら、密度が高い方が勝ちますし」

「……悔しいけど、正解です。でも、破れはしないでしょう?」

「まさか。魔力の塊だと分かったなら、いくらでも手段はあります。、”イグニッション”」


 錬金術で干渉できるだけの隙間が無いのなら、作ればいいだけの話。

 ほんの一瞬だけ生まれた、水晶の綻び。


 そこに、適当な属性を流し込む––––––––!


「––––––––待て、馬鹿なんですかアナタは––––––––!?」


 碧水晶、および碧色火薬。

 これは屋敷を出る少し前に実験して知った事なのだが、アレの正体はらしい。

 

 ところで、カルディアさんの扱う水晶の正体も魔力の塊である。

 相当強固に作られていたので、イグニッションを使った程度では爆発しない。

 ……だが、そこで、よりにもよって、錬金術で。

 傷口に塩を塗り込むかの様な愚行をしたのなら、話は別だろう。


 急に目の前へ出現した水晶を見ながら脳味噌が震える感覚を味わい、爆音と共に俺の意識は暗転する。

 

 



 

 

 











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