第20話 「(勝手に)迷いの森」
血を吐いて気絶した茶髪の少女を抱え、街を目指して走る。
走った。
それはもう全力で、体感数時間ほどは走った筈だ。
しかし一向に森を抜ける気配は無く、同じ様な景色ばかりが目に入ってくる。
––––––––つまり、迷子である。
「……今日中に森を出るのは諦めましょう。食料は一応干し肉がありますし、水は魔術で何とかなる筈です。彼女がずっと気絶したままなのは心配ですが……こればかりは、俺じゃどうにも出来ませんね」
「治癒魔術……大昔の魔導書とかには書いてあるけど、現代だと再現出来ないんだよね。うん、実に残念。医学も魔術薬学も詳しくないし、私も役に立てない。ごめん」
「別に謝る事では無いですよ、無力なのは俺も同じですから」
出来る事がないのは歯痒いが、考えても仕方がない。
……屋敷があったクロイゼルンよりはマシだが、この地域も十分夜は冷える。
何処か良さげな場所を見つけたら、焚き火でも作って休憩しよう。
* * *
それからも、俺達は歩いた。
……いくら魔力で強化していても人一人担ぐのは辛いもので、走る体力が無くなった為仕方無く歩いているだけなのだが。
日が傾き、夜が近づいてきた頃。
いい加減そろそろ腰を落ち着けたかった俺達にとって、実に都合の良い物を見つけたのだ。
「……テント?」
「と、焚き火ですね。火は消えていますが……荷物は残っていないですが、何処かの冒険者が作ったキャンプでしょうか?……もしかしたら、誰かが来てくれるかも知れません。少し、場所を借りましょうか」
「なら、今日はここで野営?ふふ、少し楽しみ」
「ええ。焚き火に火を付けておいて下さい、俺は軽く周囲を見てきますから」
テント……とは言ってもギリギリ雨風が凌げるかどうか程度の物だが、無いよりは断然あった方がマシだろう。
茶髪の少女をテントの中に下ろし、周辺の探索を始める。
* * *
「––––––––見て、ノベル。食料!」
「は?食料って何ですか食料って––––––––え、本当に何ですか!?」
「……獣?」
「それは見たら分かりますよ!?」
夕暮れ時に突如として姿を消したレクシーが次に姿を表した時、手に持っていた、ではなく引き摺っていたのは––––––––鹿。
正確には、鹿の様な何かだろうか。
ともあれ、下半身が切り落とされたソレを、レクシーは見事なドヤ顔で持ってきたのだ。
……なんで?
「……取り敢えず地面に置いて下さい。そして一応聞いておきますが、新鮮な肉ですよね?でないと、食べられませんから」
「そこは大丈夫、私が取ってきた」
「……俺、肉捌いた事はないんですよね」
「それも大丈夫、私も無い」
「……まあ、適当な大きさに切って棒に刺して焼けば問題ないでしょう!久しぶりの料理、楽しみだなあ!」
背負っていたリュックからナイフを取り出し、適当に切れ味が上がりそうなエンチャントをすれば準備は終了。
どこが可食部かはよく分からないし、最後に料理をしたのは前世の家庭科実習な気がしなくもないが……まあ、大丈夫だろう!
––––––––しかしまあ残念な事に、肉よりも優先度の高い人類が起きてしまった。
「あれ……キャンプ?おかしいな、私……ゴブリンと戦って……うう、記憶が……」
意識を取り戻した少女は、瞬きしながら周囲を見渡す。
そして立ち上がり、テントから出て––––––––
不審者の姿を、目撃した。
「……や、野盗!?」
「違いますよ!?ああ良かった、目が覚めたんですね」
「え?あ、はい……まずはその短剣をしまって頂けないかなー、と思ったり?」
「……そこは目を瞑って頂けませんか?何分、今は調理中なもので」
「はあ、調理。貴方達も冒険者なんですか?というよりですね。私、自分がどうしてここにいるのかも、実はよく分かっていなくて……」
茶髪の少女は、その青い目をぱちくりとさせながら、恥ずかしそうに頬をかく。
……え、誰?
怪物と評するに相応しい戦い方をしていた少女と同一人物とは、とても思えない。
それ程にあの戦いは異質で、それ程に目の前にいる少女は普通だった。
「俺はノベル、後ろで……角を弄っているのがレクシーです。別に冒険者ではなく、ただの旅人ですよ。貴方が森で倒れていましたから、ここまで運んできたんです」
「そうだったんですね。私、昔から体が弱くて……ご迷惑をお掛けしました」
「いえ、礼には及びませんよ。それに、このキャンプも俺達の物ではありませんから。……正直なところ、俺達はただの迷子ですし」
「迷子……森から出たいんですか?なら私、力になれると思います。こう見えて、結構この森には詳しいので!」
良かった。
少なくとも一生この森から出られない、なんて事にはならなさそうだ。
体が弱い……というのも想像はしていた話だが、だとするとあの戦い方には違和感がある。
下手に動いたら血を吐いて倒れる様な肉体で、あんな力任せの戦い方をするものだろうか。
出会ったばかりなのに詮索する気は無いが、どうしても引っ掛かってしまう。
「……よし、そんな事より食事にしましょう。待っていて下さいね、ちょっと捌いてきますから」
「ちょっと待って、流石にそれは持ち方がおかしいですよ、何で逆手なんですか!?手本を見せますから、一旦渡して下さい!」
「ははは、大丈夫ですから見ていて下さい。ええと……」
「テラス・ディーロシーです。……私の名前はいいですから、ナイフの持ち方の方を気にして欲しいなーって!何なんですか、手とか腹とか切りますよ!?」
––––––––この後、まさかあんなに怒られる事になるとは。
この時の俺は、全く想像していなかった。
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