第七話 会議

 ウルクには……常備軍というものが存在しない。

 それゆえに権力機構も十全に発達しているとは言えず、軍隊として明確な階級も存在しない。だが前回のアラッタの攻略の反省の結果として命令系統を整えるべきだと報告があった。

 そのために現場の軍単位における最上位の職業として将軍が据えられることになった。

 そして直近で最も大きな成果を上げたのはアラッタを攻略した司令官、トエラーだった。

 故にトエラーが将軍に王によって任命された。

 その時の彼の心中はこうだ。


(お、俺が将軍? いや、そもそも将軍ってなんだ!? 大体意味は分かるよ!? 要するに軍の一番上だよな!?)

 このようなことを考えながらも王命を伝えに来た役人にこう答えた。

「謹んで拝命いたします。国王陛下の期待に応えるため、粉骨砕身する覚悟です」

(いやしかし、それでも天の牡牛だろ!? 確かウルクを壊滅させかけたあの、牡牛だろう!? そんな奴に俺が勝てるのか!?)

  狼狽するのも無理はない。

 何しろ彼は本来城壁を警護する役職である。

 一介の警邏の兵が一軍を預かり、この百年以上直面していなかった災厄に戦いを挑もうというのだから人生というものは何が起こるかわからない。

 トエラーの心の中は恐怖でいっぱいだったが。

(やれるやれないじゃない! この危機に立ち向かわないでどうする! 俺が頑張れば傷つかずにすむ人たちがいるんだ!見合わない仕事でもやり切らなくては!)

 これらの思考は彼の厳めしい顔つきに隠され、表に出ることはなかった。

 内心の恐怖を押し殺しながら事務的な対応を行うという能力はトエラーの天性の才能だったと言える。

 幸か不幸か彼のわきを固める人間は職務に熱心だったため、彼が適当に頷き、演説するだけで滞りなく遠征の準備は進められた。




 指揮系統が整えられたとはいえ洗練された組織とはいいがたい。大まかに百人ほどの集団を一つの単位にし、それを任命されたものが指揮するという形をとることになった。

 当然ながら急造の集団であるため、顔見知りは少ない。そのため同じ部隊に配属された代表者と顔合わせをすることになったのだが。


「ああ? なんでガキがここにいやがる?」

 集合場所である冒険者ギルドの一室に向かったエタはいきなりそんな台詞を浴びせられた。

 見た目もひ弱で人の上に立つには明らかに年若いエタは侮られることが少なくなく、こういう発言も珍しくはない。

 さすがに初対面、それもこれから協力しなければならない相手にそんなことを言われるのは予想外だった。

 普段ならこういう時、ラバサルがとりなしてくれるのだが、ここに来たのはエタ一人だ。

 このギルドの別室では他の天の牡牛討伐への参加者が顔合わせを行っていることもあり、参加者は一人までとあらかじめ周知されていた。

「僕は杉取引企業シュメールの社長、ラバサルの代理で、エタリッツと申します」

 いきなり話しかけてきた黒い肌の男性と、同室にいる女性、日焼けしているが妙に不健康そうな男性にも自己紹介する。

「ち、社畜かよ」

 冒険者が会社員によく使う罵倒をエタは涼やかな顔で受け流す。

 もう慣れたものだ。

「アタブさん。これから一緒に戦う仲間にそのようなことを言ってはいけませんよ。わたくしはラマトです」

 たおやかな女性がエタに向かって挨拶する。

 ふと、その名前をどこかで聞いた気がした。

「ごほ……俺はカロッサだ」

 やはりあまり顔色の良くない男性もまた名乗った。

「社畜に女にひょろい男。戦の神の信徒である俺がこんな奴らと組むことになるなんて……エンリル様は何をお考えなんだか」

 ぶつくさと文句を言うアタブを見て本当に大丈夫なのかなあ、と他人事のような感想が浮かんだエタだった。

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